Kozue Sato

Writer, Editor, Party Hacker. Based in Toronto since 2014.

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「東京非行少女」だったCOMA-CHIによる10周年の意思表示

DMC JAPAN優勝者インタビュー | 02 現役大学生ターンテーブリスト、DJ YUTO

2015年のDMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPSのシングル部門では、2位を獲得したDJ YUTO。2016年の今年も東北予選を勝ち抜き、JAPAN FINALに登場。繊細なテクニックを披露し、見事に今年の日本チャンピオンの座を勝ち獲った。22歳という若さで、世界の舞台へと立ち向かう彼は、あのDJ KENTAROが主催しているスクール「World DJ Academy」の一期生だという。  まだ大学生の彼は、謙虚で寡黙なタイプ。DJ KENTAROの弟子に当たるということ以外は情報も少なく、少しミステリアスな存在でもあった。しかし、その芯の強い眼差しからは、地道にコツコツと努力してきたことがうかがえる。DMCへの挑戦から、わずか2年でチャンピオンの座に辿り着いたこれまでの経緯について話を聞いてみると、実は初めてターンテーブルを触ったのは、中学生の頃にさかのぼるという。 「中学2年生の頃に、兄貴にターンテーブルをもらいました。お正月に“お年玉”って言って。ターンテーブル2台とDJミキサー、さらにバトルブレイクスも付いた“バトルDJセット”みたいな感じで」彼の8歳年上の兄は、DJ YUDAIという名前でバトルDJとして活動していたそうだ。10代の頃にTEEN'S DJ CHAMPIONSHIPSで優勝するなど「けっこうガチでやっていた」のだそう。 「兄がバトルDJをやっていなかったら、僕もやっていなかったですね」 

DMC JAPANバトル部門優勝者 DJ FUMMY、世界への挑戦を語る

DJバトルにある程度の知見がある人は、DJ FUMMYの名前をすでに知っていると思う。10代より数々の大会に出演して入賞し、2013年にはDMC JAPAN FINALのシングル部門で優勝、ロンドンの世界大会を経験している。 
大阪はPLANT RECORDSに所属するDJ FUMMYは、Kireekらとレーベルメイトであり、17歳のころから毎年DMCに参加し続けている。今年はバトル部門に初エントリーし、見事優勝の座を勝ち獲った。当日は自由に伸び伸びと、楽しそうにプレイしていたDJ FUMMYだが、実は「今年は出ないでおこうと思っていた」と胸の内を語った。 
「DMCは年に1回の恒例行事みたいになっているんですが、今年はもうやりたいことが自分のなかから出てこないような状態で。でも、エントリー締め切りの日にテンションが上がって、出ることに決めたんです。その時点でルーティンは1個しかできていなかった」 “ルーティン”とは、シングル部門なら6分間、バトル部門なら1~1分半のセットのことを指し、さらにバトル部門はルーティンが6個必要になってくる。 
「ギリギリまで動けない状態で、当日までの1週間で、残りの5個を作ったんですよ。エントリーしたからには出なあかん!という感じ。しかも、本格的にスイッチが入ったのが、大会の前日でした。遅いねんって話なんですけど」ーターンテーブルの神の声が聞こえたとか?  「神の声だったのか、お酒の力だったのか(笑)。今まではシングル部門にエントリーしていたので、新しいことや変なことをやることにフォーカスして挑んでいて。でも、バトル部門ではシンプルでスタンダードなターンテーブリズムの方が受けるかなと。自分でもそれが一番好きですし。だから、いけるかなと思ったんですよね」

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音と音の格闘技、DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS 2016レポート

2台のターンテーブルと、DJミキサー。レコードの上に針を乗せて前後に擦ると、独特のノイズが鳴る。もう片方のターンテーブルでは、いい感じのビートをかけてみよう。ヒップホップやベースミュージック、気分を高めてくれる音がいい。ビートに合わせてレコードを擦ると、ビートとビート、ノイズとノイズが混ざり合って、新しい音楽が聴こえてくるだろう。自由自在にレコードの音を操るターンテーブリストたちにとって、2台のターンテーブルとDJミキサーは、単に音楽をかける道具ではない。それはあたかもギターやピアノのような楽器として存在している。年に一度、ターンテーブリストたちは、ロンドンで行われる「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS」の舞台を目指す。独創的なビートとノイズを奏でる、世界一のプレイヤーを決める大会だ。30年以上も続くDMCでは、これまでに日本人のチャンピオンが多数誕生している。2002年にはDJ KENTAROが日本人で初のチャンピオンとなり、その時に獲得したハイスコアは未だに破られていない。その10年後、2012年にはDJ IZOHが世界一に。また、バトル部門では2004年にDJ AKAKABE、2006年にDJ COMAが、チーム部門ではDJ HI-CとDJ YASAから成るKireekが、2007年から2011年まで5連覇という快挙を成し遂げている。日本のターンテーブリストたちは侍のごとく、世界の強豪を斬り倒してきたのだ。今年も、「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS」に送り出す日本代表のプレイヤーを決めるための「DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS」が、G-SHOCKのサポートの元、8月27日に渋谷WOMBで行われた。当日は宇川直宏が主宰するライブストリーミングサイト「DOMMUNE」でも中継が行われ、ソーシャルメディアのタイムライン上でも盛り上がりを見せていたので、リアルタイムで目にした人も多いかと思う。全国から凄腕のプレイヤーが集結した、ドラマティックな一日の様子をレポートしていこう。