音と音の格闘技、DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS 2016レポート

Kozue Sato

Writer, Editor, Party Hacker. Based in Toronto since 2014.

2台のターンテーブルと、DJミキサー。レコードの上に針を乗せて前後に擦ると、独特のノイズが鳴る。もう片方のターンテーブルでは、いい感じのビートをかけてみよう。ヒップホップやベースミュージック、気分を高めてくれる音がいい。ビートに合わせてレコードを擦ると、ビートとビート、ノイズとノイズが混ざり合って、新しい音楽が聴こえてくるだろう。

自由自在にレコードの音を操るターンテーブリストたちにとって、2台のターンテーブルとDJミキサーは、単に音楽をかける道具ではない。それはあたかもギターやピアノのような楽器として存在している。

年に一度、ターンテーブリストたちは、ロンドンで行われる「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS」の舞台を目指す。独創的なビートとノイズを奏でる、世界一のプレイヤーを決める大会だ。30年以上も続くDMCでは、これまでに日本人のチャンピオンが多数誕生している。2002年にはDJ KENTAROが日本人で初のチャンピオンとなり、その時に獲得したハイスコアは未だに破られていない。その10年後、2012年にはDJ IZOHが世界一に。また、バトル部門では2004年にDJ AKAKABE、2006年にDJ COMAが、チーム部門ではDJ HI-CとDJ YASAから成るKireekが、2007年から2011年まで5連覇という快挙を成し遂げている。

日本のターンテーブリストたちは侍のごとく、世界の強豪を斬り倒してきたのだ。


今年も、「DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS」に送り出す日本代表のプレイヤーを決めるための「DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS」が、G-SHOCKのサポートの元、8月27日に渋谷WOMBで行われた。当日は宇川直宏が主宰するライブストリーミングサイト「DOMMUNE」でも中継が行われ、ソーシャルメディアのタイムライン上でも盛り上がりを見せていたので、リアルタイムで目にした人も多いかと思う。

全国から凄腕のプレイヤーが集結した、ドラマティックな一日の様子をレポートしていこう。 


DMCのバトル部門はまさに音と音の格闘技

2016年のDMCのプログラムは、シングル部門とバトル部門の2部構成で行われた。昨年の日本代表であるDJ SHOTAのパフォーマンスから始まり、まずはバトル部門からスタートする。バトル部門は1対1で相手を挑発しながらスキルを披露するトーナメント戦で、審査員のジャッジに加え、観客の歓声もポイントとなる。テレビ朝日『フリースタイルダンジョン』で有名になったMCバトルが「言葉の格闘技」ならば、DJバトルは「音の格闘技」なのだ。

緊張感が漂うなかで、DJ HIGAとDJ BUNTAのバトルから始まった。ここは、日本一の座を何度も勝ち取り、世界の舞台にも出場経験があるアナログ使いのDJ BUNTAが、余裕のテクニックを見せつけて勝利。

昨年のシングル部門の日本チャンピオンであるDJ FUMMYが登場。DJ MURAMATSUとジャッジが困難なほど互角のいい勝負を繰り広げた結果、DJ FUMMYが勝利を決めた。

アンダーグラウンドなビートと繊細なスクラッチ&ジャグリングで、玄人好みのパフォーマンスを魅せた札幌のDJ MAMURUに対し、小学生DJのDJ RENAが攻撃的なビートと迫力のテクニックで立ち向かい勝利。

DJ NORIHITOとDJ YUSUKEのバトルでは、後攻のDJ YUSUKEにまさかの機材トラブルが発生。会場が緊張感に包まれるなか、世界の舞台での経験を糧に安定のプレイを続けたDJ NORIHITOが勝利。こういったアクシデントもDMCの世界ならではだろう。


その後、準決勝ではスキルも盛り上げ方も、激しさが増していく。DJ FUMMYとDJ BUNTAが、これまた互角な戦いを繰り広げた後にDJ FUMMYが勝利し、DJ RENAとDJ NORIHITOの対決では、DJ NORIHITOが手加減なしに技を斬り付けて勝利。決勝戦に残ったのは、DJ NORIHITOとDJ FUMMYだ。 

決勝では選曲、テクニック、お客さんの興奮も最高潮に。声ネタやトリックで挑発しまくるDJ FUMMYと、ヒップホップクラシックやボディトリックでフロアを盛り上げ観客を味方に付けるDJ NORIHITO。お客さんの声も判定のポイントになるのだが、両者に対してはち切れんばかりの歓声が上がる。ジャッジの結果、DJ FUMMYが勝利し、世界の舞台に進出することが決定。

バトル部門終了後には、2007年の世界チャンピオンDJ Rafikがによるパフォーマンスが始まった。Native InstrumentsのMaschineを織り交ぜたライブプレイでは、まさに世界一な高速テクニックを魅せる。これから始まるシングル部門向けて、しばし耳のチューニングだ。


シングル部門で戦う日本代表のプレイヤーをいざ選出

シングル部門でJAPAN CHAMPION SHIPに出場するのは、全国のブロックで勝ち残った合計10名。シングル部門ではひとり6分間のパフォーマンスが行われる。まるで格闘家のごとく、日々磨いてきたスキルをここで披露し、世界の舞台への出場権を勝ち取るのだ。

審査員として会場に集まったのは、DJ Rafik、DJ IZOH、DJ HI-C、DJ YASA、DJ CO-MA、DJ SHOTAといった、DMCの舞台を知り尽くした歴代のチャンピオンたちだ。さらにDJ KENTAROがDOMMUNEの中継を見ながら、スロバキアからSkype経由でジャッジに参加。審査員たちは、世界の強豪に匹敵するプレイヤーを、たった1名だけ選ばなければならない。

シングル部門の先陣を切るのは、沖縄代表のDJ JIN-TRICK。ノリのいいファンキーでハッピーなビートからスタートし、あらゆるトリックを決めて盛り上げてくれた。 

2番手は北海道代表のGRANDMASTER SASAKI。グルーヴィーで疾走感のあるビートと技で、迫力のルーティンを披露した。

九州代表のDJ SYUNSUKEは、2年連続でのJAPAN FINALへの出場。ヒップホップやブレイクビーツから始まり、徐々に高速ビートに乗せて6分間を走り抜けた。

中四国からの刺客はDJ Bahn。低音爆音のベースミュージックに、高速で音を刻む華麗なミキサー使いがとてつもなくクールだった。 

東海代表の小学生DJ、DJ RENA。大ネタで観客を引き付けながら、まさに神童と呼ぶべき技を魅せ、会場は大いに湧いた。

ダブステップやドラムンベースの爆音に、スクラッチやジャグリングの技で、華やかなパフォーマンスを魅せた関西2位のDJ SEIGO。 

東北代表のDJ YUTOは、今っぽいビートミュージックを基盤としながら、緻密でオリジナルな技とともに機材を軽々と使いこなす様に圧倒。 

関東2位のDJ PACHI-YELLOW。DMCの舞台で挑戦し続ける彼は、選曲もベースミュージックからヒップホップ、エレクトロまで幅広く、声ネタ使いも極上で大いに楽しませてくれた。

関西代表のDJ NOLLIは2011年以来、2度目のJAPAN FINALへの出場。テクニックと選曲のセンス、両方のバランスが取れたプレイだった。

キャッチーなパフォーマンスで、ぐいぐいと観客を引き付けて大歓声を浴びた、関東代表のDJ 松永。DMCヘの出場7年ぶりにして、一気に優勝候補に駆け上がった。


シングル部門が終了し、ジャッジの結果が出るまでの間は、DJ IZOH feat. DJ blu & 宮島塾長という、ドリームチームでのパフォーマンスを拝聴。トップターンテーブリストたちの凄まじいテクニックが混ざり合った、アツいセッションが繰り広げられた。

いよいよジャッジの結果が発表される。まずは3位が、34ポイントを獲得したDJ SYUNSUKE。優勝候補と思われたDJ 松永は40ポイントで準優勝に。そして、見事に日本チャンピオンに選ばれたのは、満点の70ポイントを獲得したDJ YUTOだ。

思わず感極まるDJ YUTO。この日の舞台を目指して練習を重ねた努力が、実を結んだ姿は本当に美しかった。 

次世代のプレイヤーが世界の舞台へ

現場を終始盛り上げてくれたのが、MCのダースレイダーだった。シーンに対する愛情がたっぷりの喋りは、会場の観客とDOMMUNEでストリーミングしている視聴者を1秒足りとも飽きさせず、DMCの大会を何倍も魅力的なものにしてくれた。

DMCでは、ターンテーブルやミキサーなどの機材のコンディションが命となる。Technics SH-EX1200Native Instruments Traktor Kontrol Z2Rane Sixty-TwoPioneer DJM-S9が指定のミキサーだが、プレイヤーによって使用機材は異なる。転換の短い時間で、機材を知り尽くした技術者たちがセッティングを行うのだが、彼らの働きがなければ大会は進行できなかっただろう。

遡ること3年前の2012年には、DMC JAPANが開催されないという自体に陥った。その年の世界大会には、前年のファイナリストだったDJ IZOHが挑み、見事に世界チャンピオンの座を獲得したのだ。それをきっかけに、ターンテーブリストや機材メーカー、同シーンを愛してやまない面々が手を取り合い、組織を再編成。2013年からシングル部門のみ敢行するという形で復活を果たした。2015年はクラウドファンディングを駆使した資金集めにも挑戦。このようなステップを踏んで、2016年は晴れてバトル部門も復活。運営チームの努力が実って、次世代のプレイヤーが世界へ巣立つという素晴らしい光景が見られたのは感動的だった。

プレイヤーと運営チーム、スタッフとスポンサー、そしてお客さんによるターンテーブリズムに対する強い思いで成り立っていることを感じた2016年のDMC JAPAN。先人たちの姿を見ながら、ターンテーブルで遊ぶことにどっぷり浸かり、日本一となったDJ YUTOとDJ FUMMYのインタビューを、追って公開していきたい。 

photography : 下城英悟 / Eigo Shimojo

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