この『逃げ恥』対談記事もここからの二回で取り敢えず終了です。『逃げ恥』放送第一話と第二話を観て、これは面白い! と感じ、第三話と第四話を観るに至り、これはマジでとんでもない! と感じたところから始まったこの短期集中連載。ここからは少しだけ寄り道をしながら、全体のまとめとエピローグです。
さあ、『逃げ恥』の最終回、いかがでしたか? これまで我々が語ってきたことがどの程度信憑性があると感じられる結末だったでしょうか。でも、いいんですよ、こんな面倒臭いことは考えなくても。ポップ表現のもっとも重要なポイントは、世知辛い現実は何もかも忘れて、ファンタジーの中に逃避することでもありますから。
ただ『逃げ恥』という作品の素晴らしい点は、それを誰よりもわかった上で、語りかけるべきことを語りかけようとしている。無理やり押し付けるのではなく。つまり、大衆の良心と知性と聡明さをどこまでも信じているところにあるわけです。
これまでの対話、お時間が許すなら、パート1から。もしお暇でないなら、パート9辺りからでも読んで下さい。特に、世の中で流行ってるかもしんないけど、『逃げ恥』とか興味ないわ、という方にこそ読んでいただきたいです。
もし良かったら、まずは以下のリンクからこれまでの会話にも目を通して下さい。
田中「みくりと平匡の二人に最終的にはどうなって欲しいか?」
小林「そう。彼ら二人に何を望んでいるのか?」
田中「素敵な大人になって欲しいってだけ」
小林「大人になれない人が言う台詞じゃないですけどね」
田中「やっぱ第三者を愛することを学ぶことを通してのみ、人は自分自身の感情や欲望を乗りこなす術を手に入れるんだからさ」
小林「愛されることでは学ばない、と」
田中「で、少なくとも『逃げ恥』の結末は、少しばかりビターかもしれないけど、二人それぞれの成長を感じさせるものになると思うんだよね」
小林「なんですかねー」
田中「わかんないけどね」
小林「それにしても、平匡の居間の本棚に〈スヌーザー〉が置いてあるのは笑えましたね。要するに、オタクやサブカルのひとつの象徴としてってことでしょ」
津崎宅のリビングの本棚にsnoozer が!これは"津崎"の趣味なのか、はたまた"星野源"の趣味なのか#逃げ恥 pic.twitter.com/Mf0aWXYc3L
— Shishamo (@of_indie_pop) October 26, 2016
田中「いやいやいや、そこはお洒落アイテムなんじゃないの」
小林「やっぱり自分のことをわかってない人って、世の中にたくさんいるんですね」
田中「平匡はちゃんとフレッド・ペリーとか着てんじゃん」
小林「まあね」
田中「それに、俺はどんなジャンルに対しても超オタクかもしれないけど、サブカルじゃないしさ。ポップだもんよ」
小林「でも、大した意味ないんじゃないですか。騒いでるのはタナソウさんと元〈スヌーザー〉読者だけですよ」
田中「いやいや、〈スヌーザー〉が何を表象しているかは別にして、あれはきちんとした演出の一部だって」
小林「まあ、何年も前に終わった雑誌ですからね」
田中「〈スヌーザー〉以外の書籍にしても、SEが必要とするだろう本がきちんと並べてあるわけだから」
小林「なるほど。恣意的なチョイスではない、と」
田中「ほら、クリストファー・ノーランの『インターステラー』とか見た? ほんの一瞬しか映らない形で本棚から何冊も本がこぼれ落ちるシーンがあるんだけど、トマス・ピンチョンの『重力の虹』から始まって、それぞれの本がきちんと意味を持ってるんですよ」
小林「そんな風に細かいディティールにも目を配っているのが欧米の映画やドラマの進んだところですからね」
田中「そういう意味じゃ、平匡の部屋にあるのが〈クイック・ジャパン〉とかじゃなくて、〈スヌーザー〉だったのはやっぱイケてると思ったな、『逃げ恥』の美術スタッフ」
小林「(笑)承認欲求のない、ひたすら自尊感情の高い男だったんじゃないんですか?」
田中「ご褒美やプレゼントは誰だって嬉しいよ。もらえるものはなんだってもらう、タダなら」
小林「しかし、話が長いな! しかも話が面倒くさいし。しかも自分大好きだし」
田中「他人をイラっとさせるために生まれたからね」
小林「じゃあ、ドラマ主題歌の“恋”についても、全国の星野源ファンがイラっとすることを言ってくださいよ」
田中「テンポが速い」
小林「ああー」
田中「PVがダンス・ヴィデオなのがあざとい」
星野源 / 恋
小林「いやいやいや、だって、前作からのメガ・ヒット“SUN”にしたってダンス・ヴィデオだし、ドラマのエンディングでこの曲のダンスを踊るガッキーが超かわいいってことからドラマ自体がバズったところもあるわけだし。『恋ダンス』でしたっけ?」
「恋ダンス」フルver.+最終回予告
田中「その『恋ダンス』っていうキャッチコピーからして、バラエティ番組とかに使うために最初から用意されてた感じがマジあざといじゃん」
小林「でも、タナソウさんみたいな穿った見方をする人じゃなければそう感じない、さりげない戦略性が星野源の売りでもあるわけじゃないですか」
田中「いや、確かにその通り」
小林「彼って、いいモノを作り出すだけじゃなく、それをさらにどう伝えていくか? っていうことに常に意識的ですよね」
田中「しかも、戦略ありきじゃなくて、そもそもの楽曲や音楽性がしっかりしてるからこそ、少しも嫌味に映らないっていう」
小林「ですね」
田中「だって、これで曲がどうにもならなかったら、わざわざ重箱の隅を突くようなこと言わないもんよ」
小林「でも、やっぱり言っちゃいましたね」
田中「てか、君が訊くから仕方なく答えただけじゃんか!」
小林「いずれにしろ、ダンス・ヴィデオを作るっていうのはファレルの“ハッピー”から始まって、今年の“ジュジュ・オン・ザット・ビート”に至るまで、ここ数年のヴァイラル・ヒットのための鉄板戦略ですからね」
Pharrell Williams / Happy
田中「でもさ、AKB48みたいに、何年か前の“恋するフォーチュンクッキー”がファレルの真似で当たったものだから、ネタに詰まるとヴァイラル狙いのダンスPVばっか作ってるのなんて目も当てられないじゃん」
小林「そうなんだ(笑)」
AKB48 / 恋するフォーチュンクッキー
田中「最新曲にしたってさ、俺が愛する島崎遥香の卒業ソングだっていうのに、なんだあの曲!」
小林「確か、“ハイテンション”とかって曲でしたっけ?」
田中「あんなロー・テンションのぽんこつキャラがセンターを務める曲にハイ・テンションもクソもねーだろ」
小林「そこは意外性ってやつですよ。そういう狙いなんじゃないですか」
AKB48 / ハイテンション
田中「例のピコ太郎騒ぎとかもさ、ムカつくんだよ」
小林「さすが期待に応えた発言しますね。いいじゃないですか、この世知辛い日本に明るい話題を振りまいてくれたんだから」
田中「俺が一番ムカつくのは、ピコ太郎本人やあの曲じゃなくて、それに対するメディアの反応ですよ」
小林「まあ、愛国ポルノ的ではありますよね」
田中「それにさ、ファレルの“ハッピー”にしても、代表的なヴァイラル・ソングであるバウアーの“ハーレム・シェイク”にしたって、“ジュジュ・オン・ザット・ビート”にしたって、きっかけがPVのダンスでヴァイラル化したんだとしても、楽曲が持つ音楽性を一般化することにも繋がったわけじゃんか」
小林「まあ、確かにファレルの“ハッピー”があったからこそ、あのBPM160の高速モータウン・ビートが一般化して、それをパクったテイラー・スウィフトの“シェイク・イット・アップ”みたいな曲が生まれたりしたわけですからね」
Taylor Swift / Shake It Up
田中「それをまた日本でもJUJUとかがパクッて、見事に滑ったりしたわけじゃん」
小林「滑ったかどうかは知りませんけど」
JUJU / PLAYBACK
小林「まあ、ピコ太郎の場合、あの曲のおかげで80年代的なエレ・ポップが復興する兆しとか、微塵もありませんからね」
田中「ヴァイラルの仕方にしたって、あの曲をメタルとかバラッドとかトロピカル・ハウスとかに置き換えるヴァージョンが次々と世界中で生まれて、っていう流れでしょ」
小林「ですね」
田中「でも、それじゃ、音楽っていうよりはネタじゃんか」
小林「音楽や曲がネタ化される時のタナソウさんの激高ぶりにはもう飽きました。いいじゃないですか、この世知辛い世の中に明るい話題を振りまいてくれたんだから。みんな現実から逃避したいんですよ」
田中「でもさ、バウアーの“ハーレム・シェイク”のおかげで、トラップがアトランタ文脈だけじゃなく、EDMの文脈やポップの世界でも流用されることになったわけじゃん。良くも悪くも」
小林「今やトラップからの影響がないアルバムを探すのなんて難しいくらいですからね」
Baauer / Harlem Shake
田中「“ジュジュ・オン・ザット・ビート”にしたって、そうじゃんか」
小林「同じくダンス・ヴィデオでヴァイラル化したサイレントの“ウォッチ・ミー”もそうですけど、あそこからBPM60や70のビートを好きな風に刻んでいろんな踊りが出来るっていうことを欧米のお茶の間にも浸透させたところはありますからね」
Silentó / Watch Me (Whip/Nae Nae)
田中「それに“ジュジュ・オン・ザット・ビート”の場合、夢もあるじゃん」
小林「無名のデトロイトの十代の2人組が作った曲に合わせて踊ったヴィデオがヴァイラル化したせいで、いきなり三週間でビルボード11位まで到達したわけですからね。だって6000万回ストリーミング再生ですからね」
田中「で、無名の十代がレーベル契約を取り付けたっていう」
小林「しかも、レーベルは72時間でこの曲が使ってるサンプルの許諾を取って、2人が契約書にサインしてから一週間もかからないうちにリリースしたんですよね。まあ、確かに夢がある」
Zay Hilfigerrr & Zayion McCall / Juju On That Beat
田中「でも、どうせピコ太郎が次の曲をリリースしても、もう一発屋扱いに決まってんじゃん」
小林「ゴールデン・ボンバーみたいに何年経っても、TVじゃ同じ曲をやらざるをえない、と」
田中「せめて本人にきちんとお金が落ちてりゃいいけど」
小林「まあ、“ジュジュ・オン・ザット・ビート”の場合、ロイヤリティ以前に、多額のアドバンスはゲットしてますからね」
田中「なかなか日本では起こらない話じゃん」
小林「また嫌日発言ですか」
田中「いやいや、俺は愛国主義者だから、生半可な愛国ポルノが一番癇に障るっていう話ですよ」
小林「そういえば、長渕剛や椎名林檎の向こうを張って、ビリビリに破けた日の丸を使ったTシャツ作りたい、って言ってましたもんね」
田中「美しき国ニッポン!」
小林「苦しいなあ」
田中「でもさ、俺からするとさ、星野源って理想的な愛国主義者だと思うんだけど」
小林「はあ?」
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