⑦愛される=状態ではなく、愛する=行動と意志を描くことが『逃げ恥』の核心

やっぱりドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を観ていて、こんな風に思ったりしませんか? 社会的な生き物であるニンゲンというのは、雇用と結婚という二つのシステムの間で引き裂かれているんだな、って。

「社会的な役割を果たし、食べるために働くこと」と、「心の平安を感じ、子孫を残すために家庭を持つこと」ーーこの二つを両立することは往々にして矛盾を孕んでいます。しかも、今の世の中、そのどちらかの一方を満たすだけでも大変な時代になってしまいました。世界的にも。

ドラマ『逃げ恥』のキャラクターで言うなら、百合ちゃんは前者を何よりも優先し、後者を半ば諦めかけています。平匡は前者についてはようやく居場所をみつけたものの、後者についてはずっと考えないようにしてきました。みくりに至っては、どちらも手の届かない場所にいるという設定です。

恋愛をモチーフに、そのコミカルな演出で人気を博している『逃げ恥』ですが、このドラマは間違いなくそうした社会的なテーマを2016年の今から描こうとしています。

しかも、何故、人類が発明した「雇用」と「結婚」という二つの契約システムが機能不全を起こしてしまったのか、それに対しての処方箋はあるのかーー『逃げ恥』は、そうした命題に対するヒントを探ろうとしている。我々はそう考えています。

ドラマ『逃げ恥』を巡る以下の会話は、少しずつそうした核心に迫ろうとしています。良かったら、以下のリンクから、これまでの会話の流れにも目を通しつつ、読み進んで下さい。


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田中「ドラマ『逃げ恥』がどんな風に終わって欲しいか? う~ん、難しいなあ」

小林「視聴者の誰もがそれを考えてるわけじゃないですか」

田中「いや、俺としてはただ単に『なんだ、結局、普通に二人が結ばれて、有り体のハッピー・エンドかよー』ってのだけは避けて欲しいってだけ」

小林「いきなりハードル上げてますね」

田中「それだけ『逃げ恥』には期待があるってことですよ」

小林「だって、大半の視聴者はみくりと平匡の二人がきちんと結ばれさえすれば、大満足でしょう?」

田中「そうなの?」

小林「そりゃ、そうでしょう。あ、でも、実際そんな結末になったら、それまでのプロットがすべて台無しか」

田中「少なくとも、このドラマの一番のテーマである『雇用』って問題にケリをつけてもらわないとさ」

小林「じゃないと、結婚こそが幸せのゴールってことになっちゃいますからね」

田中「でもさ、やっぱ結婚っていうシステムそのものが世の中のいろんな人を抑圧したり、不幸にしたりしてるとか思ったりしない?」

小林「思いますよ。結婚っていうシステムが、結婚をしていない人に対する重圧を与えている部分は大きいから」

田中「ある程度の年齢になっても結婚してないってだけで社会的に認められなかったり」

小林「それ以前に、『もしかして自分は結婚出来ないんじゃないか?』っていう重圧に押しつぶされたりする人だっていますからね」

田中「現実というよりは、不安に押しつぶされちゃう。そんな不条理で馬鹿馬鹿しい話ないじゃん」

小林「でも、たいがい人が気持ちを病むのって、自分自身の不安に押しつぶされる結果ですからね」

田中「ほら、俺が2013年のベスト・ソングだって言ってたジョン・グラントの“GMF”って曲あったでしょ?」

小林「確かPV自体もその年のベスト・ヴィデオだって言ってて、見るたびに号泣するって言ってましたよね?」

田中「一人でいること、要は、孤独の実相をあれほど見事なニュアンスで切り取った曲はないと思うの」

小林「というと?」

田中「ジョン・グラント本人が演じてるPVの主人公は、自分が暮らすコミュニティの中でも本当にたくさんの友人を持ってて、おそらく仕事や社会的役割にも恵まれているんですよ。でも、同じ場所に暮らすたった一人のステディがいないことで、絶対に消えることがない孤独感に苛まれている」

小林「なるほど」

田中「読者の皆さん、是非見て下さい。絶対泣くから」


John Grant / GMF


小林「まあ、『逃げ恥』で言うと、百合ちゃん的な立場ですよね。ずっと自分の信念に従ってたったひとりで生きてきた」

田中「でも、ステディな関係の相手だけがいないっていう」

小林「読者向けに説明しておくと、ジョン・グラントってゲイのシンガーなんです」

田中「そこもポイントでさ、LGBTの結婚が認められるようになりつつあることは、マイノリティの権利っていう意味からすると、ホント素晴らしい社会的な変化なんだけど、同時に、その権利を手に入れたことによって、もしかするとプラスαの抑圧がLGBTにも加わってくる可能性もあるってことでしょ」

小林「う~ん、まあ確かに」

田中「またそこでも新たな格差が生まれつつあるって考えることも出来るわけじゃん。もちろん、LGBTの結婚が認められることについては大賛成なんだけど」

小林「さすが崩壊家庭の出身だけあって、結婚や家族っていうシステムに対しての不信感半端ないっすね」

田中「何それ? 俺の視点は私怨から来てるとでも言うわけ?」

小林「だって、是枝裕和の映画『海街diary』観た時も、『別な家族見つけてんじゃねえ、ふざけんな』って激怒してたじゃないですか」


『海街diary』予告篇


田中「いや、あの映画に関しては、線香花火のシーンとか、桜並木を抜けていくシーンとか、言いたいことは山ほどあるんだけど、そもそも、俺、原作の漫画大好きなんですよ」

小林「あー確か、日本の漫画家の中じゃ、吉田秋生がフェイヴァリットの5本の指に必ず入るって言ってましたもんね」

田中「吉田秋生の漫画って、子供時代に親がいなかったり、親から性的ないたずらを受けたり、親に愛されなかった登場人物ばかりなんだけど」

小林「なんか聞きたくなかったような(笑)」

田中「でも、彼らはその『愛されなかった』っていう欠落をほかの何かで埋めたりしないんですよ。その欠落って、他の誰かとか何かに絶対に置き換えられないわけじゃんか」

小林「そうでしょうね」

田中「だからこそ、吉田秋生の漫画のキャラクターたちっていうのは、その欠落を抱えたまま、愛されることを求めるんじゃなくて、自分から他の誰かを愛すること、コミットすることでそれを越えていくのよ。でも、あの映画はそういう解釈じゃないじゃん!」

小林「興奮しないで下さいよ」

田中「愛されることは重要じゃないのよ。そんなことよりも遥かに重要なのは、他の誰かを愛すること。吉田秋生の漫画って、誰かをひたすら愛することこそが自分の支えなんだってことに気がつくことで、成長していくドラマなんですよ」

小林「まあ、そこの線引きは曖昧ですけどね。今のタナソウさんの言い方だと、文学的なレトリックに過ぎないっていう見方もあるだろうし」

田中「でも、別の家族を見つけちゃいけないんだよ!」

小林「そこも微妙ですけどね。映画版の『海街diary』にしても『新しい形の家族を描こうとしているんだ』っていう見方の方がむしろ大半なような気がするし」

田中「まあ、そこのポイントは、本当にデリケートな問題なんだけどさ。でも、表現にとって一番大事なのはニュアンスだからさ」

小林「また世間から『こじらせてる』って言われちゃいますよ。どうでもいいじゃないですか、そんなの」

田中「でもさ、愛されるっていうのは状態や状況のことなわけだけど、愛するっていうのは意志と行動を指すわけでしょ?」

小林「おー、なるほど。つまり、愛する/愛されるというのは対になる概念ではないんだ、と」

田中「そうそう」

小林「確かに、愛するっていうのは感情の問題だと思われがちだけど、むしろ行動で示されるものなわけですからね」

田中「で、平匡にしてもそうだけど、人は愛されるだけでは成長はしないわけですよ」

小林「きちんと愛することを覚えてこそ成長するんだ、と」

田中「実際、『逃げ恥』はそれを描こうとしてるじゃん。星野源の“恋”っていうテーマ・ソングにしても、きちんとそういった問題を踏まえて、その先を見ようとしていると思う」

小林「これで是枝監督の次作映画のテーマ・ソングを星野源がやったら最高だな(笑)」

田中「十二分にありえるね。しかし、ホント性格悪いな」

小林「いやいや、タナソウさんの立場を守ってあげてるんですよ」

田中「でも、愛する相手なのか、愛してくれる相手なのかっていう違いは置いといたとしても、やっぱ一人はつらいよね」

小林「殊勝なこと言いましたね(笑)」

田中「俺、子供時代はみなしごだったけど、10代の終わりから一人だったこと、ほとんどないからさ」

小林「不幸自慢なんだか、モテ自慢なんだか(笑)」

田中「あ、そうだ。でもさ、ひとつ疑問があるんだけど」

小林「何ですか?」

田中「『逃げ恥』に夢中になってる人たちってさ、平匡の35歳童貞、独身のプロっていう設定をどの程度、社会的な問題だって意識してると思う?」

小林「う~ん、そこはどうですかね。単に、現代的な萌え設定っていう風にしか思ってない人もいるかもしれない」

田中「だってさ、先進諸国全般において資本主義が発達して、新自由主義的価値観が優勢を極めたことで、世の中が経済的な勝者と弱者に二分されたわけじゃん」

小林「いきなりぶっ込んで来ましたね」

田中「そういう時代を『逃げ恥』は描こうとしてるわけでしょ?」

小林「う~ん、『エンターテイメントに政治を持ち込むな』って言われそうですけど。でも、いいですよ、話して下さい」


<続く>

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