⑭大衆の知性と良心と聡明さにさりげなく語りかけるのが『逃げ恥』のスタンス

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小林「星野源が理想的な愛国主義者だとか、いきなり何言ってんですか?」

田中「ツイッターでバズッてたBBCのイヴニング・ニュースの動画あるじゃん。見た?」

小林「BBCとNHKを比較してBBCの方が偉いっていう、自称リベラルぶった発言するのはやめてくださいよ」

田中「いや、BBCニュース・ナイトって番組にブレグジット(※編註 : ”イギリスのEU離脱”を指す造語)賛成派の視聴者から、『番組の終わりに国歌をかけろ』ってリクエストが来たんだよ。要するに、“ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン”をかけろっつって」

小林「でも、その代わりに、番組はセックス・ピストルズの“ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン”のヴィデオを最後に流したんでしたっけ」


God Save The Queen playout / BBC Newsnight

田中「セックス・ピストルズにしろ、ブルース・スプリングスティーンにしろ、キャプテン・アメリカにしろ、真の愛国者はいつだって自国の政権や文化に対して批判的なんですよ。で、やっぱり星野源も真の愛国者だと俺は思う」

小林「むちゃくちゃだな!」

田中「極論だったね」

小林「僕が星野源だったら激怒しますよ。ブルース・スプリングスティーンの“ボーン・イン・USA”がドナルド・レーガンに利用された時みたいな迷惑な話だな」


Bruce Springsteen / Born in the U.S.A.


田中「でもさ、源ちゃんが全国的に大ブレイクした前作『YELLOW DANCER』って、そのタイトルにしても、この日本っていう文化磁場に向けて、黒人音楽をローカライズしようって作品だったわけでしょ」

小林「タイトルと音楽性から考えるにそういうことですよね」

田中「つまり、欧米からの拭いきれない影響を含めたアイデンティティこそが敗戦後の日本に暮らす日本人のアイデンティティなんだ、っていう命題にきちんと向き合った作品なわけじゃん」

小林「まあ、確かに、日本と言えば、大太鼓、尺八、ふんどし、っていう都合のいいように恣意的に起点を設定する反動性に比べれば、遥かに知的だし、現実を見据えてますよね」

田中「だって、どうやら今のこの国の政権からしたら、『サザエさん』こそがあるべき家族の姿なんでしょ」

小林「また崩壊家庭自慢ですか」

田中「でも、今の世の中で、そんな過去のカビの生えた理想的なモデルを引っ張り出してきたって仕方ないわけじゃん」

小林「でも、タナソウさん、普段から『過去からの引用なくしては、新しいものは作れない』って言ってるじゃないですか」

田中「過去の引用と剽窃は違うって話ですよ」

小林「過去のモデルを引用しつつ、そこに現代的な解釈を加えないと、ただの反動主義にすぎない、レトロだ、と」

田中「でも、『逃げ恥』の場合、例えば、エヴァの引用とかにしても、ただのパロディじゃないじゃん。ちゃんとリスペクトと批判の両方があるわけじゃん」

小林「批評なんだ、と」

田中「すべての設定、脚本、演出、美術がどれを取っても、きちんと批評的なんですよ」

小林「しかも、『逃げ恥』っていうドラマにしろ、この星野源の“恋”って曲にしろ、一言も政治的なメッセージは発していないにもかかわらず、『サザエさん』的な前時代の価値観とは正反対のオプションを提示してるわけですもんね」

田中「まさにそうなんですよ。このドラマやこの曲が素晴らしいのはアンチとかカウンターじゃないんだよ。ここ、本当に大事なのよ。いくつものオプション、いくつもの可能性をさりげなく提示することで、すべてを受け手に委ねてる。そこが偉いわけよ」

小林「なるほど。オバマ時代以降もっとも称揚されてきて、トランプの登場以降もっとも脅かされつつあるのは、多様性っていうコンセプトですからね」

田中「それが今回の大統領選にしても、民主党ヒラリー対共和党トランプっていう二項対立に押し込まれることで、多様性っていう概念がどこかにぶっ飛んじゃったところがあるわけじゃん」

小林「池上彰も、自分も含めリベラルが見誤っていたのは、トランプのあまりにもとんでもなさに目が眩んで、今なぜ、あのトランプをそんなにも支持する人たちが大勢いるのか? に考えが及ばなかったことだって言ってましたからね」

田中「だから、『逃げ恥』というドラマは、結婚っていう契約システムを西野カナの“Dear Bride”みたいに盲目的に肯定するのでもなく、それを真っ向から否定するのでもなく、結婚や恋愛の様々な形を提示して、視聴者それぞれが自分がどんな恋愛観、どんな結婚観を持っているのか?ーーそれを今一度考え直すように、そうした思考にさりげなく導こうとしている」

小林「いやいやいや、みんなそんな面倒くさい見方をしていないですよ。ただひたすら、星野源とガッキーが結ばれるのかどうかにヤキモキしながら、『情熱大陸』や『エヴァ』の引用にくすぐられてるだけなんじゃないですか」

田中「あなたは大衆の知性と良心と聡明さを見くびってますよ」

小林「いきなり僕をファシスト扱いですか」

田中「だって、『逃げ恥』をイメージだけで判断して、このドラマが国民的にヒットしてることを憂えてるような、むしろ知性を欠いた、自分が知的だって思ってる連中はさ、そもそも大衆の知性と良心と聡明さを信じてないファシストみたいなもんじゃん」

小林「まあね。自分が知的だ、リベラルだって思ってる連中ほどタチの悪いものはないですからね」

田中「俺なんて本物の馬鹿で、この20年、ずっと反知性主義でやってきたわけじゃん。でも、大衆の知性と良心と聡明さだけは疑ったこと一度もないもんよ」

小林「だからこそ、何かにつけて批判的になる、と」

田中「でも、『逃げ恥』にしろ、星野源の“恋”にしろ、俺なんかと比べても仕方ないくらい、大衆の知性と良心と聡明さを信じて、そのど真ん中にボールを投げようとしてるわけですよ」

小林「これぞポップの中のポップだ、と」

田中「その通り」

小林「なんか気が付けばベタ褒めですけど、さっきは星野源の“恋”のテンポが速いとか、いきなりいちゃもんつけてたじゃないですか」

田中「だって速くね? BPM160だよ」

小林「それで言えば、さっきのファレルの“ハッピー”とか、テイラー・スウィフトの“シェイク・イット・アップ”と同じじゃないですか。グルーヴこそ違えど」

田中「だからこそ、そこがこの曲の評価の分かれるポイントだと思うんだよね」

小林「ポジティヴに見れば、欧米の黒人音楽からの影響を日本向けにローカライズすることで、日本のポップ音楽というアイデンティティを再定義しようとしているとも取れる」

田中「ネガティヴな見方をすれば、気が付けばBPM200越えは当たり前になった邦楽ロック・フェス・シーンにおもねったとも言えるわけじゃん。結果的にそうなっただけだとしてもね」

小林「確かに」

田中「君が言わせたんだからね」

小林「でも、どっちでもよくないですか。これはこれでオリジナルだと思うし」

田中「うん。実際はそのどちらでもあるんだろうし、ハイクオリティであることと、それを不特定多数の人々に届けようとする戦略性の二つが絶妙に融合しているところが星野源的価値観なんだと思うしね」

小林「つまり、何一つ否定することなく、あらゆる立場にいる人たちに語りかけようとしているっていう」

田中「あら、珍しく素直ですね」

小林「多分そういうことを言いたいんだろうなって思ったんで。たまには褒めとかないとスネるじゃないですか」

田中「でも実際、彼はそういう部分に対し、すごく意識的だと思うでしょ?」

小林「思いますよ。実際、この“恋”って曲も、特定の人物に共感するんじゃなく、いろんな立場のいろんなタイプの恋愛に当てはまるように書いた、って本人も高橋芳朗さんのインタヴューで話してましたからね」

田中「要は、ポスト・オバマ時代をきちんと想定したラヴ・ソングってことでしょ。ヒラリーでもなく、トランプでもなく、その対立項から漏れてくるすべてのマイノリティが存在することを祝福する曲ってことじゃない」

小林「なんかベタ褒めですね、珍しい」

田中「だって、間違いなく、今のJ-POPにおけるトップランナーは彼じゃんか」

小林「ただ海外には、彼よりも偉大なことをしている作家は100人はくだらない、それこそ山ほどいるんだ、と」

田中「それ、俺が言ったんじゃないからね」

小林「先に言っておいてあげました」

田中「でもさ、彼が2010年代における日本人のアイデンティティを模索し、再定義しようとしてるっていう視点についてはどう思う?」

小林「まあ、多分、これを読んでる読者の大半が思ってると思うんですけど、大げさだなと」

田中「悪かったね」

小林「きっと『このおっさん、こじらせてる。そんな余計なこと考えずに、ただ好きって言えないのかよ』っていう見方が一般的なんじゃないですか」

田中「我が国民の知性と良心と聡明さを見くびるんじゃない!」

小林「あんた、国王ですか」

田中「昨日、エリザベス女王をモチーフにしたネットフリックスのドラマ『ザ・クラウン』を見たところだから」

小林「感化され過ぎでしょ」

田中「まあね」

小林「でも確かに、星野源本人も今回の曲のタイトルを“恋”にした理由は、そもそも英語には『恋』という言葉、概念がなくて、英語に翻訳しようとするとloveになっちゃう。だからこそ、日本にしかない表現――『恋』を使ったんだ、って言ってましたし。やっぱり意識的なんじゃないですかね」

田中「でも、ホントすごいなって思うのは、この“恋”っていう曲の歌詞、ドラマのテーマ設定やメッセージ性と見事にクロスオーヴァ―してるじゃん」

小林「完璧に脚本を読み込んで書いてますよね。ここまで必然性のあるドラマの主題歌ってないんじゃないかな」

田中「あれは? “前々々世”とか?」

小林「また世間の気持ちを逆なでするようなことを発言するための枕をぶっ込んでくるのはやめてください」

田中「まあ、この世知辛い世の中に、世の中に明るい話題を振りまいてるんだしね」

小林「でも、このドラマの結末って、どうなるんだと思います?」

田中「小林くんは、海野つなみの原作マンガ読んだんでしょ? もう完結してるの?」

小林「いや、まだです。このままだと、ドラマが原作を追い抜いちゃうんじゃないですかね?」

田中「ってことは、ジョージ・マーティン原作の〈HBO〉制作のダーク・ファンタジー・ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』と同じだ」

小林「またそれ? そろそろ話終わらせたいんだから、自分の興味ある話題に脱線するのはやめてください」

田中「実は『ゲーム・オブ・スローンズ』もさ、イギリスが統一される前の時代をモチーフにした、魔法や龍が出てくるトールキンの『指輪物語/ロード・ブ・ザ・リング』の亜流と思われてるけど、あれも6つの王家をモチーフにした家族についてのドラマなんですよ」

小林「ああ、家族こそが不幸と惨劇の温床だっていう、いかにも崩壊家庭出身者が好みそうな題材ですね」

田中「でも、2人は結婚するのかな?」

小林「ああ、雇用関係じゃなくて、恋愛を前提とした結婚に至るか、ってことですか?」

田中「でも、結婚してほしくないじゃん」

小林「いやいやいや、視聴者の99パーセントは2人に結ばれてほしいと思ってますよ」

田中「つまんねー」

小林「さすが社会不適合者」

田中「きっと二人は雇用と結婚という二大契約システムを超えていく道の入口にきちんと着地すると思うよ」

小林「で、きっと少しビターな結末だ、と」

田中「わかんないけどねー。でも、最終回を迎えることで、ようやくこれまで話してきたようなことが一気に露になるんだと思うな」

小林「じゃないと、大恥かきますね、タナソウさん」

田中「俺は間違うことに恐れを抱いたことなんてないもん」

小林「はいはい、わかりましたよ」

田中「とにかく最終回、期待しましょう。きっと見事などんでん返しがあるに決まってるから」

小林「ふふふ、泣きを見るのは誰ですかね」

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