BOYS AGE presents カセットテープを聴け! 第八回:ニーナ・ハーゲン『アングストロス』

日本より海外の方が遥かに知名度があるのもあって、完全に気持ちが腐り始めている気鋭の音楽家ボーイズ・エイジが、カセット・リリースされた作品のみを選び、プロの音楽評論家にレヴューで対決を挑むトンデモ企画!

ニーナ・ハーゲン『アングストロス』(購入@中目黒 waltz


今回のレビュー対象作品はニーナ・ハーゲン! 

そしてボーイズ・エイジ、KAZと対決する音楽評論家は、第一回第四回に続く3度目の登場である天井潤之介。


これまでの戦績は天井の2勝だが、KAZはどう迎え撃つのか!?

>>>先攻

レヴュー①:音楽評論家 天井潤之介の場合


ニーナ・ハーゲンをあらたまって聴くということ。それがもし10年程前であるなら、折からのポストパンクやニューウェイヴのリヴァイヴァルを受けた好事家向けの基礎教養として、一考の価値あり。しかし、この2016年にその論点や楽しみをどこに見出すかとなると、直ちにはわかりかねる。カジュアルに聴くには手に余り、シリアスに聴くには捕捉し難い、というのが正味の話。


アンダーグラウンドとポップを横断し、かき回した玉石混淆のエポックにあって、曲者揃いの女性アーティストたちの中でも、とりわけ耳目を集めたハーゲンの、ヴィジュアルとか数奇な(?)半生。それについては他所に当たってもらうとして、しかし数多くのフォロワーを生み根強い人気を得たにもかかわらず、たとえばアリ・アップやスージー・スーやデボラ・ハリーと比べると「イロモノ」めいたイメージが拭えない所以はなにか。思い当たるとすれば、作品を重ねる過程で気まぐれに趣向を変えた音楽スタイル、だろうか。


ロック・バンドのオートモービル時代をへて、デビュー初期(ニーナ・ハーゲン・バンド名義)のキッチュなパンク・サウンドに始まり、レゲエとの邂逅からのディスコへの傾倒、さらにはヒップホップへの関心、そして90年代にはオルタナ風情のギター・ロック……等々。多少粒立てて書いたところもあるが、俗に言うノイエ・ドイチェ・ヴェレ(=ドイツ版ニュー・ウェイヴ)の一群の中でも、メジャー志向で商業主義的な性格を強めた後期の流れに属するハーゲンは、たとえばノイバウテンやDAFといったインダストリアル系やパレ・シャンブルグあたりとは異なり、その音楽性はよくも悪くも移り気で無節操。加えて、オペラからヨーデルまで操るシアトリカルなヴォーカル・パフォーマンスも相まって、同時代のリーナ・ラヴィッチやダニエル・ダックスらと並ぶと、ハーゲンの場合どこかキャラクターありきのデフォルメされたイメージが先立ったのは事実だ。


そして、そこがもちろん他でもない、ハーゲンの魅力でありダイナミクス。英題を『Fearless』という本作は、ソロ名義としては2枚目となるアルバムで、言ってもロックやパンク・バンド然としていたそれまでのスタイルとは趣を変え、いわゆるダンス・ミュージック的な志向を前面に打ち出した一枚。手がけたのは、この3年前にブロンディの“コール・ミー”をヒットさせたジョルジオ・モロダー。それこそ、同時代のリジー・メルシエ・デクルーやクリスティーナらを抱えたニューヨーク/パリの〈ZE〉にも象徴的だったように、ざっくりと言ってパンク~アンダーグラウンドからダンス・フロアへ――という、当時の大きな流れに上手いことノった、と言ったら聞こえは悪いか。だが、まあともかく、ハーゲンの歌い回し独特のアクセントやグルーヴと、ディスコやファンク・ビートは相性がよく、いわば素材勝負なところがなきにしもあらずだったそれまでの作品とは違って、プロデュースが行き届いていて、かつとてもカジュアル。モロダーの右腕としてドナ・サマーのレコードで叩いていたキース・フォージーも共同プロデューサーとして参加していて、そのあたりのテイストがモロに出ている“ワズ・エス・イスト”や“アイ・ラヴ・ポール”は本作の白眉だろう。かと思えば、“ツァラー”や“ニュースフラッシュ”など諧謔的なテクノ・ポップにも臆面なく(=Fearless)興じてしまう隠しきれぬスキゾなタチもまた、ハーゲンらしいというか、ご愛嬌。


ちなみに、その白眉の“ワズ・エス・イスト”を共同で書いたのはレッド・ホット・チリ・ペッパーズのアンソニー・キーディスとフリー。経緯は知らないが、チリ・ペッパーズとしてはギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルによるプロデュースのデビュー・アルバム(にして迷作)を直前に控えたタイミングであり、これもまたポストパンク/ニューウェイヴという時代が生んだひとつの縁だったのかもしれない(別の作品ではジョン・フルシアンテがギターと作曲で参加している)。そして、2000年代以降もコンスタントに作品を出し続けているハーゲンは、かつて時代を共にした顔触れの中でも数少ない「現役」のミュージシャンなのである。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】

★★★★

とてもよく出来ました。潤之介くんの作文は日に日によくなっていますね。おそらくその一番の理由は、潤之介くんがモチーフに対して、いくつかの異なるパースペクティヴからアプローチすることに以前よりも遥かに意識的になっているからだと思います。それゆえ、潤之介くんの作文を読むと、ニーナ・ハーゲンのアルバムがとても立体的に浮かび上がってきます。


ただひとつ、今回の減点対象になったのは、潤之介くんのスケベ心のなさ。「何があってもこの文章で不特定多数のお友達を掴んでやろう!」という気概に欠ける点です。先生なら、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの二人が本作のソングライティングに加わっている逸話から作文を始めたと思います。


もちろん、そうすることで、文章全体の流れや論旨の展開は変えざるをえません。しかし、そうしたリスクを負うことなしには不特定多数のお友達に語りかけることはかなわないのです。でも、そういう潤之介くんの上品なところも先生は嫌いではありません。頑張ったね!


>>>後攻

レヴュー②:Boys AgeのKazの場合

ニーナ・ハーゲンのエレクトロ色強い2ndアルバムが今回のテープ。旧東ドイツ出身の個性派女性シンガーだね。一国が東西に二分された時代か。ベルリンの壁も今は昔だよ。偉そうに言ってるけどこの人のこと全然サッパリ知らなかったんだよ。タナソー氏がプッシュしてたんだね。レーベルの注文やプロデューサーたちの仕事のおかげだと思うけど、今のエレクトロポップ系ディーヴァらに近い印象、かな。時代が時代なだけに古臭くは感じるけど、先駆けらしいよ。男塾でなく。『HE-MAN』っていう何故かゲイの匂いをプッシュしまくったアメリカのアニメに出てくる魔女みたいなキャラに歌い方(というかもはや語りなんだけど)がとても似てる。


マジレスすると、今は本当に性差別の問題がデリケートらしいね。悪いインターネットじゃ、ゲイってカミングアウトしたら酷く罵られて交友を断絶された、なんて話もチラホラ。その中には「そういう目で見てたのか、襲おうとしてたんだな」みたいな野獣扱いの悪口も散見。個人的な見解では、それはもうゲイとかレズとか男女関係なくただの強姦魔です。まあ、俺は男だから見えるところで髭面の男同士がイチャコラチュッチュくしてたら気持ちわ……見えるところなら普通のカップルでもブチ転がすわ、リア充死すべし慈悲はない。うん、性別は大した問題じゃないと思うよ。実際のところね、だって意中でもなんでもない人に擦り寄られたら、結局のところ扱いに困るし気まずくなるもんだよ。結果が同じならそれ性別関係ないでしょ。中には「本能に背いた生物として欠陥品」みたいなドギツイ罵りも見るけど、そもそも人間の進化は生物本能を人間的理性で超越しようとするところが神髄だと思ってるし、生理的嫌悪感から排除にかかるその行動もどうかな、本能の奴隷かね、って感じ。そもそも、自分が完全体だと思うなんて思い上がりだよね。自分の不完全さを誰もが見つめ直すべきだよ。


話が大いにそれた。我ながら、よく『HE-MAN』からこうも話を展開させられるものだ。ニーナの歌い方はもう絶対に人を選ぶ。アタクシ、音楽においては演奏に重きをおくタイプだし、歌も旋律を重視するので、平坦でカスみたいなシンガー・ソングライターとかよりはずっと、ずーっとずーーっとマシだけど、ちょっと荒れ狂いすぎかなって思いました。というか、バック・トラックと歌がイマイチ上手くはまってないような。でもカッコ良いです。これ音源じゃなくてライヴ型の人ですな。聴けばわかる。ハマる人はハマる。 なぜかフリートウッド・マックの『イングリッシュ・ローズ』のアルバム・アートが脳裏をかすめたけど、この2004年のライヴはとても良い声。しかしこのアルバムとは関係のないジャズなので、よし、『Fallout4』やろう(PS4のコントローラーってなんでLRトリガーがあんなに誤爆する糞なんだろう)。


ってなもんで今やってる『Blood Borne』の話をするか。〈フロム・ソフトウェア〉が開発した安いステーキ屋の肉を三枚重ねにしてビッグマックに挟んだような歯応えのRPGなんだけど、ゲームとしても面白いがサウンドトラックにストーリー、世界観が素晴らしい。人間が獣になってしまう19世紀英国風の街を舞台に、ヴァン・ヘルシング、あるいはジェヴォーダンの獣、クトゥルフ神話などに影響されたアートワークの世界を狩人となって進み、病の原因を突き止めることを目的としたゲーム。操作は簡単、マップも明瞭、ただし敵一人一人が恐ろしく強い。わたしアクション・ゲームは苦手なので最初のステージで6時間ぐらいボコられ続けましたけど、ようやく最初のボスを倒した時プラトーンごっこしましたよ。ゲームで声上げたの十数年ぶりだよ。そして一周クリアして、他のプレイヤーと戦ったり出来るということで、新しく別のキャラクターを作って遊んでる。初めてのときよりサクサク進む! 繰り返される死闘の中で得た経験と試行錯誤からの確かな成長の実感! これは名作ですな。同社の『DARK SOULS』(最新作『3』は今年3月に出た)は中世暗黒時代をモデルにしてるけど私はゴシック色が強い『Blood Borne』が好きなんだよ。あと、攻略サイトなんて見ないほうが楽しい。 

話を戻すなら、生理的嫌悪感や本能に支配されてるうちは、どいつもこいつも私も君も、不完全な獣でしかないんだよ。オチもついたし、では。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】

★★★★

とてもよく出来ました。ここ2回ほど先生が敢えてカズくんが知らない作文の題材を選んでいるのに、カズくんはしっかりお勉強した上で作文に臨んでくれました。好奇心さえあれば、ネットにアクセスするだけで大方の情報は手に入れることが出来る時代になったというのに、もはや知ってることにしかアクセスしなくなってしまった多くの人々とは大違いです。まあ、カズくんの場合、この作文を書けば、ギャラも出ますからね。原稿料、安いけど。


とは言え、今回もカズくんは書かなくていいことまでたくさん書いている。偉いなあ、ホント。しかも、作文全体の「生理的嫌悪感や本能に支配されがちな自分自身の不完全さを見直すこと」というテーマに沿って、きちんと他のモチーフを配置しています。それもお見事。


ポップ音楽評論の面白さはそのモチーフ以外のことも自由に書いてしまえることです。しかも、そこにそっと何かしらの秘密のメッセージを忍ばせることも出来る。カズくんほど意識的に音楽評論の可能性を拡げようとしている書き手を先生は知りません。〈AMP〉編集長の照沼くんという書かなくてもいいことばかり書きたがる例外もいるにはいますが。


もちろん、世の中には「そんなものいらん! アーティストのバイオグラフィが知りたい!」とか退屈なことしか言えない、アートをサブカル扱いし、読み手に対するサービス以外のことが音楽評論に盛り込まれていると途端に怒り出す間抜けどもで溢れているわけですが、そうしたトロールからの謗りというリスクを犯しながら、カズくんの作文はきちんと読み手をエンターテインするものになっています。


蓮實重彦先生の記者会見を厨二病とか言い出す間抜けがライターの肩書きを持っている退廃的な世界では、カズくんは本当に貴重な存在です。きっとこの作文を読めば、クラス一番の嫌われ者のカズくんが実はとても優しい心の持ち主だということにみんなも気付いてくれるかもね。でも、そう言われると、「俺はお前たちみたいな本能の奴隷じゃないだけ」とか、また嫌われるようなことを言っちゃうかもしれないね。でも、そういう態度を取ると、「ロックだ!」とか、「パンクだ!」とか的外れなことを言い出す、また別な間抜けが湧いてくるから気をつけてね!


勝敗:引き分け


というわけで、初の引き分け! 前回のようなトラブル時に引き分けを出さずに、ここで初の展開を持ってくる先生に★5つです。


…なんて、書かなくてもいいことばかり書いちゃいそうなのでこの辺で。


次回もみんなで読んでね!

〈バーガー・レコーズ〉はじめ、世界中のレーベルから年間に何枚もアルバムをリリースしてしまう多作な作家。この連載のトップ画像もKAZが手掛けている。ボーイズ・エイジの最新作『The Red』はLAのレーベル〈デンジャー・コレクティヴ〉から。詳しいディスコグラフィは上記のサイトをチェック。

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