⑤『逃げ恥』は「雇用」と「結婚」という契約システムを再定義するドラマ

おそらくドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』を観ていて、誰もが思うのが、主人公の二人だけでなく、すべてのキャラクターが魅力的だということ。誰もが少しだけ懸命なんですよね、自分自身の小さな幸せをしっかりと抱きしめるために。

ただ、幸せというのは、往々にして社会的なものです。富みや財産、それ以上に心を通わせる相手との「場所」を持っているかどうか。そして、そうした幸せの度合いを計るために一般的に使われるのが、収入の額と家族の形。ですよね? 

その幸せの度合いを、誰もがわかりやすいように可視化するために発明されたのが、「雇用」と「結婚」というシステム。という考え方も出来ます。そして、『逃げ恥』の登場人物の中で、その二つのシステムの両方からもっとも遠い場所にいるキャラクターが森山みくりです。

つまり、とても乱暴に言うと、もっとも幸せから遠い場所にいる森山みくりが、今の社会が用意した「雇用」と「結婚」というシステムと懸命に折り合いをつけようとするドラマ、それが『逃げ恥』。

では、ここからは、すぐに妄想に逃げ込み、雇用を前提とした契約結婚という素っ頓狂なアイデアを始めとして、やることなすことすべて突拍子もない、しかも結婚に関してはかなり無頓着。そんな森山みくりというキャラクターがどこから生まれたのか? それを見ていきたいと思います。

良かったら、以下のリンクから、これまでの会話の流れにも目を通して下さい。


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田中「もう一度、確認になるんだけど、『逃げ恥』というドラマが描こうとしているのは、恋愛というより、むしろ結婚という制度、システムだよね?」

小林「ですね。結婚というシステムを再定義しようとしてる」

田中「で、それ以上に、雇用っていう制度、システムを描こうとしてる。今、その二つの制度、システムがおかしなことになっている時代だからこそ、それを再定義しようとしてる。だよね?」

小林「実は恋愛ドラマじゃないんですよね。ラヴ・コメディっていう形式を使ってるだけで」

田中「ムズキュンな演出でシュガーコーティングしてはあるけど、実際は今の格差社会の問題だったり、それに右往左往させられる個人のアイデンティティの問題を扱ってるわけじゃん」

小林「あ、そうか。つまり、みくりの結婚願望の希薄さというのは、『雇用』っていうドラマの最重要テーマを浮かびあがらせるためのキャラ設定なんじゃないか? ってことだ」

田中「そう、そういうこと」

小林「みくりが立っているのは、少なくとも西野カナが“Dear Bride”で描いた価値観とは別物ですからね」

田中「でも、実際のところ、今、みくりほど結婚願望が希薄な女の子って、世の中にどの程度いるんだろう?」

小林「かなりレアなんじゃないですかね。女性の社会進出というのは20年前と比べれば、格段に進んだとは言え、『幸せな結婚をしたい!』『娘や孫に幸せな結婚をしてほしい!』『仕事よりも家庭に入って可愛い孫を産んで欲しい!』っていうのが日本のいまだ隆盛を極める価値観だって気もするし」

田中「みくりみたいな女の子って決して少なくないと思うんだけど。勿論、恋愛もしたいし、出来れば幸せな結婚もしたいとは思うけど、何よりも仕事を通して、社会の中での自分の役割と居場所をみつけたいっていう。ごく当たり前っていうか」

小林「これも印象でしかないですけど、雇用の問題が表面化するにつれて、むしろそういうキャリア志向の女性って減ってるような気もしますが」

田中「稼ぎのいいオトコをみつけて、家庭に入る方がむしろ安泰だ、みたいな?」

小林「だって、言っちゃえば、若い世代のセレブ・カルチャー・ブームとかもそうじゃないですか。いまだ世間は男社会だっていうのに、そんな叩き上げの現場で必死に闘うよりは、若さと容姿を売りにした方が現実的だ、みたいな」

田中「う~ん、でも、確かに若い女子とかも『二十歳すぎたら、ババア』とか平気で言うしな」

小林「女性アイドルとか、グラビア仕事のタレントとかも、若さしか求められてないところありますしね」

田中「産業と社会がそうさせてるってことだよね」

小林「その結果、若さを称揚し、幼さがむしろ重宝される、どうにも厄介な価値観がまた流布されるっていう」

田中「日本のアイドル文化とか、まさにそうか」

小林「タナソウさんみたいな『加賀まりこ、最高!』って人はかなり貴重ですよ」

田中「でも、ほら、海外だとアリアナ・グランデみたいなポップ・シンガーにしても、年齢を重ねるにつれて、ようやく少しずつ評価されたりするわけじゃん」

小林「日本は総じてロリコン社会だから」

田中「まあね」

小林「だって、タナソウさんが『AKB48の小嶋陽菜は日本のニッキー・ミナージュだ』って言ったら、オタクの人たち、いきなり引いてましたからね」

田中「そうなの?」

小林「そうですよ。『コジハルはエロじゃないんだ!』みたいな」

田中「何言ってんだ、ニッキーはエロじゃなくてキュートなんだよ! にゃんにゃんの可愛さと同じですよ、そこは」


Nicki Minaj / The Night Is Still Young

田中「てか、年齢ごとのチャームがあるってだけの話だと思うんだけど。だって、俺、AKB48の島崎遥香とか、ヘイリー・スタインフェルドとかも大好きじゃん」

小林「父親が自分よりも若い19歳に夢中だなんて、娘さんも大変ですな(笑)」

田中「まあね」


Hailee Steinfeld, Grey / Starving ft. Zedd

小林「でも、まあ、全般として女性には生きがたい国ですよ、この国は」

田中「うーん。そう考えると、みくりみたいなタイプって、そう多くはないってことなのかなー」

小林「じゃないですか。『逃げ恥』でも描かれてますけど、出産のタイミングで仕事を諦めざるをえなかったりとか、いろんな社会的なハードルが邪魔をしますからね」

田中「その点、男はホント甘やかされてるし、ホント何も考えてないからなー」

小林「特にあなたはね」

田中「でもさ、敢えてゲスの極み発言をするとさ、男にとって結婚願望を持たない女性ほど最高なものないじゃん?」

小林「世間の皆さまからフルボッコ必須発言でした。読者の皆さん、失礼しました」

田中「いたら、すぐに口説くけど」

小林「あなたの話は聞いてません。ホントにゲスだな!」

田中「でも、口説いても落ちないタイプだよな、みくりって」

小林「だから、みくりのキャラ設定って、そういうタナソウさんみたいな前近代的でマッチョな男性性をくすぐるファンタジーとして機能しているところもあるんじゃないですか?」

田中「どういうこと?」

小林「だって、世間的には間違いなく誰もがかわいいと思うだろうルックスなのに、結婚願望もなく、しかも無邪気に『平匡さんが一番好き』なんてポロリと呟いちゃうんですよ」

田中「まあ、男性視聴者の大半は完全にやられますわな」

小林「でも、女性の視聴者からして、みくりって共感の対象なんですかね? 『そんなに可愛いんだから、さっさと永久就職しちまえよ!』とかってことにはならないんですかね?」

田中「正直わかんないよね」

小林「どうなんだろう?」

田中「特に俺たち男の立場からは、なかなか想像が及ばないところがあるじゃん」

小林「ですよね。でも、共感の対象ってことからすれば、男女問わず、むしろ平匡の方なのかな、と」

田中「だよね。それ、俺も気になったから、知人の34歳キャリアの女の子に尋ねてみたのよ。『女性からして、みくりって共感の対象になんの?』つて」

小林「え、それは聞きたいかも」


<続く>

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