BOYS AGE presents カセットテープを聴け! 第20回:ポリス『シンクロニシティ』

日本より海外の方が遥かに知名度があるのもあって完全に気持ちが腐り始めている気鋭の音楽家ボーイズ・エイジが、カセット・リリースされた作品のみを選び、プロの音楽評論家にレヴューで対決を挑むトンデモ企画!


今回のお題は、ポリスのラスト・アルバム『シンクロニシティ』。1983年の作品です。本作は、彼らが元来持っていたプロッグ体質と、その後のスティングのソロで露わになるワールド・ミュージック志向が垣間見られる作品。そして、全米チャートで8週連続1位を獲得した代表曲“見つめていたい”が収録されている作品でもありますね。ちなみに、「どんな細かいしぐさも見つめている/君は僕のもの」という、甘ったるく、しかし受け取りようによってはゾッとするリリックを持つこの曲は、ストーカー・ソングとも、ビッグ・ブラザー的な監視社会批判とも言われています。 

ポリス『シンクロニシティ』(購入@中目黒 waltz


ボーイズ・エイジ Kazと対決する音楽評論家は、二回目の登場となる沢田太陽!


さあ、果たして今回の勝者は?!

>>>先攻 

レヴュー①:音楽評論家 沢田太陽の場合

今回紹介するポリスの『シンクロニシティ』だが、もしかしたら、長いロック史の中においても、これほど「リリース時の評価」と「現在のソレ」との差が開いた作品はないかもしれない。


1983年夏。このアルバムが出た時、僕はまだ中学2年生で既に洋楽ファンになってほんの数年の状態だったが、そんな青いガキだった子供にさえ、このアルバムが「洋楽ロック好きなら聴かねばならない1枚」であることくらいはわかっていた。なにせ、本国イギリスだけにとどまらず、全米アルバム・チャートでも17週間1位。シングル“見つめていたい”は、あの年の夏、日本も含め、世界中のどこでも鳴り響いたアンセムだったものだ。


子供だったので、そこまで深く考えていなかったが、印象としては、ロックの中でもデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』と共に(U2の『WAR(闘)』も)、ロックになんらかの知的とかアートっぽさを感じたいなら聴いておけ、といった印象だった。


ただ、それから30年以上経った現在、このアルバムを「ロック史を代表する1枚」として通過しようとする30代以下のロック・リスナーというのは果たしてどれくらいいるのか、と考えた場合、それは疑問の残るところ。これは国際的に見てもそうだ。僕が生活しているブラジルも含め欧米圏の、若い世代も聴くロック系ラジオ局で、ザ・スミスやキュアー、クラッシュのクラシック・アンセムはきわめてよく流れるが、そこにポリスが入ることはほとんど皆無。彼らの曲を聴きたければ、クラシック・ロック局かアダルト・コンテンポラリー局が普通だ。日本でも、ブリットポップやオルタナ世代以降に向けたロック名盤入門選の類いでもそれと同様の傾向が伺える。


こうした事情が生まれたのは、ポリス自体が「パンク/ニューウェイヴのブームに乗じて出て来たバンド」との認識が強いためだろう。彼らは元々が腕の立つプロのミュージシャンであり、スティング自身も、パンク/ニューウェイヴのサウンドを利用して台頭して来たことを認めている。こういうタイプだとさすがに「フラストレーションを抱えた同胞に訴えかける」タイプにはなりにくく、それゆえに「代表曲は耳馴染みでもハートに訴えて来なかった」と言う人は多かったのかもしれない。なので、特に世代が下れば下るほど、ポリスの最高傑作は、一番パンクっぽかった1st『アウトランドス・ダムール』を挙げる声も大きくなっていた。僕自身、ある時期まではそんなつもりでもいた。


だが、今改めて振り返るに、そういう特定の「史観」だけに縛られなくても良いのではないか、という気も僕はしている。たしかに、パンクに一番近い感触の音を出している彼らはクラッシュやジャムなんかと並べて聴いたときはカッコいい。だが、いざ「ポリス」というバンドの本来の性質と業績そのものを吟味した場合、初期の彼らの姿が、彼らが本来目指したかったものなのか、と問われると、僕はそうじゃないと思うのだ。


ポリスというバンドは、スティングの大胆不敵でクールな佇まいと、アンディ・サマーズによるフランジャーのかかったギターのフレージング、スチュワート・コープランドの柔らかいスナップとタメが生むグルーヴのトライアングルこそが最大の武器だ。そして、その唯一無二の妙技で80年代の新たなアリーナ・ロックのスタイルを同時に作り出したバンドでもある。


実際、ポリスのサウンド手法を取り入れて大きくなったバンドは英米圏はもちろん、南米や東欧圏の当時のバンドにまで多い(そのことは南米で生活してみて、実際に影響を受けたバンドを耳にして改めて感じたことだ)。パンク/ニューウェイヴのバンドとしては「ただの一角」にしか過ぎないかもしれないが、「テクニカルなアリーナ・ロックの新しい基準」を作り出した意味では彼らはきわめてオリジナルでありオンリー・ワンだった。このことはもっと素直に評価しても良いのではないかと思うのだ。


この『シンクロニシティ』に関しては、前作の『ゴースト・イン・ザ・マシーン』から顕著に入りはじめたキーボードやホーンの影響で、トリオの醍醐味が若干ぶれはじめる危うさもありはする。だが、その壊れそうな部分を、スティングのソングライティングの広がりが補って余りあるものに出来ている点ではやはり捨てがたい作品。3ピースのバンドというアイデンティティが崩れかけている緊張感と、3人のアンサンブルとソングライティングの充実度が同時にマックスに達したからこそ、本作は彼らのもっとも著名にして、同時に最後の作品にもなったのであろう。そして、スティングが「トライアングルの魔法」を取り戻すことは、後の30余年、無いのだけれども。


このアルバムが爆発的に売れた、ということは、ロックがポップ・ミュージックの良い手本であった良き時代の象徴でもあるような気がする。これがマイケル・ジャクソンの『スリラー』と1位の座を4ヶ月も争い続ける。そんな時代が実際あったのだ。そのことは、説教臭い老婆心に聞こえるかもしれないが、EDMやポップ・アイドルのチャート独占が当たり前で久しい中を生きている、今の若い音楽リスナーにも知ってほしい事実でもある。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】 

★★★★ 

とてもよく出来ました。先生はこの太陽くんの作文、内容以上にそのスタイルをとても興味深く読みました。実にファッショネイティング! 


このアルバムのリリース当時の受容における定性的、定量的データの裏付けと、さりげない楽理分析によって論旨の根拠を担保しつつも、むしろその軸にあるのは、もっとも良質な形の印象批評です。


客観的な事実を押さえながらも、文書全体のフロウをドライヴさせていくのは、あくまで太陽くんの主観的な視点と記憶。ゼロ年代の菊池成孔による優れた批評スタイルに注目が当たって以降、音楽評論においては、特に印象批評は人気がありませんが、今回の太陽くんの作文はいまだそうしたスタイルに可能性があることに気付かせてくれます。


小林秀雄というよりは、片岡義男と植草甚一の間にあるどこか。そんなエッセイ的なスタイル。もしかすると、こうしたスタイルはこの2010年代における新たな発明かもしれない。思わずそんな風に感じてしまうほど、先生はとても興味深く読ませていただきました。よりエッセイとしての意識を強く持って書いたものも読んでみたいかな。先生、ロラン・バルトの音楽についてのエッセイとか大好きなんですよ。


内容に関しては、ポリスの位置付けの変遷についても面白く読みました。10代の頃、リアルタイムで活動するバンドの中ではレッド・ツェッペリンとジェフ・ベック以上にポリスを毛嫌いしていた先生ですが、それでも3年に一度はポリスを聴き直します。


最後にポリスを聴いた時に先生が感じたのは、このアルバムが彼らにとっての最高傑作だけれども、もっとも好きなアルバムと言えば、やはり1stだ、という大して面白味のないものでした。太陽くんの作文を読んだのを機に、また聴き直してみようかな。いい刺激をありがとう。これからも頑張ってね! 

>>>後攻 

レヴュー②:Boys AgeのKazの場合

ポリスの『シンクロニシティ』ね。うちのドラムのマスターが中学生のころか高校のころ北浦和のディスクユニオンで買って、自転車のカゴに入らないからハンドルに下げて持ち帰ろうとして、風圧で揺らいだそれが引っかかってそこに膝蹴りを浴びせてひん曲げてしまった、みたいなエピソードを話してた気がする。俺の中ではザ・スミスとなぜかこんがらがるんだけどポリスは確かスティングだったよな。俺にとっては、感覚的にしっくりこなくて聴けないバンドだった、そういう印象かな。悪いとは思わん。むしろかっこいい曲やマッシュアップとかがあって、ベン・E・キングとなんかやってたような。それはすげー良かった記憶がある。でも全体の印象はそんなもんか。俺にとってはそうだった。あんたにとってはどうだろうな。


俺はこの企画でロクに議題の音源に触れないけど、他の連中も連中だよな。だって、ほとんど俺と同様カセットテープに触れないだろ。『カセットテープを聴け』ってタイトルなのに誰もカセット聴けって言わないんだものな。


この企画でわかったのは、アマチュア(俺)もプロフェッショナル(ほか大勢)も誰もカセットテープで聴く意義や魅力を伝えられな……いや、伝えようともしなかったな。やはりこの企画は誰もが勘違いして迷走を果たしたということか。詳しい数値は言えないが、反応がとてもよかったのはレッチリやレディオヘッドの回だったらしい。推察するに読者は、「レディオヘッドのカセットに関する記事」に興味があったんじゃなくて、「タナソー氏が関わっているカセット関係の企画に偶々タイムリーなレディオヘッドの話題が上がったから食いついた」に過ぎないんじゃないか? そうすると、やはりこの企画はもう終わらせてもっと有意義な企画にしてほしい。


データの個人輸入でも無ければ買えない良質な音楽を紹介するとか。そういう個人ブログめいた内容の方がずっといいんじゃあないか、って思うよ。まず音楽をちゃんと「聴け」、だ。あるいは「具体的に抽象化しろ」とか「見て、触って、食べて、感じろ」というべきか。上手く言えないから流してくれ。


カセットテープを今使う意義は、やっぱりないよ。朝飯はパンか米か健康補助食品かっていうぐらいのフツーの選択肢の中で少数派ってだけだ。糞だるい巻き戻しや先送り、ひっくり返さないと残りの収録曲も聴けない、そういうメンドくささや音がそれでも好き、っていうのや、ハイレゾのようなより高音質なサウンドを選ぶように、カセットのあのカセットにしかない霞みがかった感じ、月にかかる雲を美しいと思うか否かっていうような、そういう好みの話になっちまう。……なんだ、俺の大嫌いな音質音圧の論争と、結局やってることは同じじゃないか。


 政治家やタレントの不祥事を烈しく糾弾しておきながら、自分は周りの人間のことを少しも省みないのと同じように、結局俺もまた糞カスだったってことだな。


いやむしろ、みんなはカセットテープをどうしたいんだ。クールだとかカルチャーだとか流行だとか、俺にはさっぱりわかんない。例えばゲームをプレイしたいってなった時、そのゲームはこのゲーム機でしかプレイできません、でもどうしてもやりたい。ってなったら経済的理由や環境の問題をクリアすればそのゲーム機を買うだろ。それと同じだろ。カセットテープで聴きたくなったからカセットで買う。聴く。それ以上の何を求めているんだ。カセットテープに未だ見ぬ深淵があるとでも思ってるのか。違う。カセットテープ他、音楽を手軽に聴ける技術を開発したものへの感謝はあるが、深淵はいつも記録媒体ではなく中身である音楽の先にある。……多分これがダメなんだろうな。多くの人は、そもそも音楽にそんなもの求めてないんだろう。カッコいいとか、良い曲とか、そんなもんだろう。わかりやすいのが一番だよな。ドラムのビートにある、4つ打ちってわかりやすいよな。人を強制的に動かすもの。


……酔っ払ったことをほざいてる、と感じるだろうが、あんたらは音楽をどうしたいんだ。毎年のように最注目のバンド、だとかが出てくるな。海の向こうはさておき、日本のバンドの話に限らせてもらうが、俺はほとんど何も感じない。脅威も喜びも、何一つ感じない。歪んだアスファルトにできた水溜りのように底が浅くて、明日には進化の袋小路に達するんだろうな、ぐらいの感想しか抱けない。仮に最上級の褒め言葉が海外のバンドと遜色ないクオリティ、だとか言ったとして、それはアドバンテージじゃないだろ。わざわざ選ぶ理由がない。遜色ないなら、最初から素直に海外のバンドを聴く。俺たちが無理矢理捻じ込められてるインディ・シーンを、もしかしたらJ-POPなんかよりはるかに音楽的、なんて考えてる人もいるかもしれないが、何も違いはない。何も、一つとして、違いはない。どれもこれも同じだ。


こんなものを生み出せるのは地球上にこいつしか居ない、そう思わせる力を持ってる奴があまりにも少なすぎる。たかがコピペのわら半紙風情がサイコーだぜってオラついてパリピってるとひどくムカつくよ。音楽への果てしない冒涜だ。そういう奴らに比べたら、いや、比べるのも無礼な話だが、ポリスは十二分に神域だよ。何かを貶めて何かを持ち上げるってのは好きじゃないが、けれどもそうもしたくなるほどに、情けなくて涙が出るな。上下左右の景色が9割野糞に塗れててなんであんたらは我慢してるんだ。根本的なところで音楽に興味がないからだろうな。決めつけるなって思うよな。だったらガッツを見せてみろよ。……なんでこんな話になったんだ。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】

★★★★★

非常によく出来ました。これまでもカズくんの作文は、赤裸々かつエモーショナルな魂の叫びとしての側面を帯びることが多々ありましたが、今回は特にリアルでした。カズくん自身が抱えている主に日本の音楽シーンから供給される作品、あるいは、それを伝えるメディアのあり方に対する幻滅と失望。何よりも多くの人々が本当に音楽を必要としているのか? という疑問が生々しく伝わってくる作文でした。


いや、まさに先生も同じ風に感じているんだよ、などという本音らしきものを吐露する言葉は何の慰めにもならないどころか、まるで世間から食み出したもの同士の慰め合いという醜悪な様相を呈してしまうでしょう。実際、先生はこうした劣悪な状況に対して、カズくんのように正直に素直に唾や毒を吐くのではなく、そこに適度な嘘をオブラートとしてからめて、涼しい顔をしているという世渡り上手ですからね。


このカセット企画についても、SILLY編集部から与えられた「カセット・レヴュー」というお題に対し、それを真っ向から拒絶するのではなく、プロの評論家と音楽家であるカズくんの作文を比較対照するという企画をオンすることで、現在すっかり混沌としてしまった音楽評論のスタイルを改めて整理し直し、その可能性を読者に提示するという、自らの意図に沿うようにモディファイしたものでした。そう、カズくんと違って、世渡り上手でずる賢いんです、先生は。


それにしても、このカズくんの叫びは果たして何人の人の耳に届き、果たして何人の人の心に響くのでしょうか。先生にはわかりません。いずれにせよ、新作楽しみにしています。これからも頑張ってね! 


勝者:Kaz


ということで、この勝負は久々にカズくんが勝利! カズくんの魂の叫びと先生のずる賢さ、皆さんには届いたでしょうか? さて先日、卒業式が発表された本校ですが、そろそろ本当に最終回も間近? 最後はどうなる、「カセットテープを聴け」?! 次回もお楽しみに! 

〈バーガー・レコーズ〉はじめ、世界中のレーベルから年間に何枚もアルバムをリリースしてしまう多作な作家。この連載のトップ画像もKAZが手掛けている。ボーイズ・エイジの最新作『The Red』はLAのレーベル〈デンジャー・コレクティヴ〉から。詳しいディスコグラフィは上記のサイトをチェック。

過去の『カセットテープを聴け!』はこちらから!

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