今さら訊けない「BABYMETALが全世界でブレイクした理由」について

BABYMETALのアルバム『Metal Resistance』が全米チャート40位にランクインする快挙!ーーというニュースが日本中を駆け巡ったのが2016年春のこと。これは、2016年の全世界的なポップ・ミュージックにおけるさまざまな変化を浮き彫りにする、かなり画期的な事件だったのは言うまでもありません。

単に「全米のマーケットで日本のアーティストが坂本九の“スキヤキ”以来の成功を収めた!」といった単線的な出来事ではなかった。

しかし、その後、特にこの島国の中で副次的に巻き起こったのは、彼女たちの快挙についての「是非」を巡る、どこかファナティックな議論でした。いや、議論というよりは、彼女たちの是非を巡る、極端な二つの意見の衝突だったと言えるかもしれません。

特にそうした意見の衝突の主たる現場が、SNSという3つ以上の視点を並列させることが機能的に困難で、すべての言説を賛か、否かに二分してしまうアーキテクチュアだったこともあって、さらなるファナティックで無益な意見の衝突に火を注ぐことになった。

その熾烈さゆえに、特にBABYMETALに興味を持っていなかった人たちからすると、「いや、これはBABYMETALにはかかわらない方がいいかもしれない」という磁場を作ってしまった。これはとても残念な事態です。

だからこそ、大方の騒ぎが沈静化したこの時期に、改めて「BABYMETALの音楽性と状況について少し俯瞰的に見てみちゃどうだろう?」というアイデアがこの記事の発端です。

この12月には、彼女たちBABYMETALがサポート・アクトに抜擢された、英国5都市7会場でのレッド・ホット・チリ・ペッパーズがアリーナ・ツアーも行なわれます。彼女たちの真価について考えるには絶好なタイミングなのではないか。

そこで、以下の記事は対談形式。つまり、ひとつの正解を提示するのではなく、いくつかの異なる文脈を提示することで、対話のプラットフォームを用意することを意図したものです。それゆえ、二人のパネラーは、前述のどちらの立場でもない人間を用意しました。

方や、音源、ライヴのみならず、BABYMETALというバンドが生まれてきた背景やキャリアをある程度はきちんと追いかけてきたAMP編集長の照沼健太。方や、これまでBABYMETALにはとりたてて興味を持ってはいないものの、2016年の全世界的なポップ・シーンを考える上でもBABYMETALという存在は不可欠だと考えるザ・サイン・マガジンのクリエイティブディレクター田中宗一郎。

対話の骨子としては、国内でのBABYMETALにまつわる現象というよりは、まず全世界的な現象として位置付けよう、現象面についても社会学的な側面、ビジネス的な側面だけでなく、音楽的な側面からも吟味してみよう、といたところです。

このふたつの視点の対比から、何かしら読者の皆さんに新たなパースペクティヴを提供することが出来れば、この記事は成功したことになるでしょう。

結果として以下の対談記事は、BABYMETALにまつわる内容でありながら、そこから派生して、2010年代の全世界的なポップ・ミュージックの潮流(の一側面)を俯瞰するものにもなっているはずです。

つまり、この記事の主たるターゲットは、特にBABYMETALに興味を持っていなかった方、もしくは、「いや、これはBABYMETALにはかかわらない方がいいかもしれない」と一度でも感じたことのある読者の皆さんです。それではどうぞお楽しみ下さい。


田中宗一郎(以下、田中):昨日の夜、照沼くんに教えてもらった3曲とプラスα、ちゃんと聴いてきたよ。

照沼健太(以下、照沼):で、どうだったんですか?

田中:とにかくいろんな意味でとても興味深かった。

照沼:意味深な言い方ですね(笑)。

田中:いやいや。文字通り、すごく興味深かった。2016年の全世界的なポップ音楽の状況について考えたりする上でも、最適なモチーフのひとつだと思いました。

照沼:十二分に語るに足るアーティストだ、と。

田中:なので、事前に打ち合わせた通り、会話の中盤から個々の楽曲についても個別にしっかりと見ていきたい。

照沼:そうしましょう。もしかしたら、「BABYMETALなんてパチモンだよ!」と言われるんじゃないか?と思ってたので、安心しました。

田中:ただ、そうなると、俺と照沼くんの立場が大きく対立することにならないから、記事としては、そんなにテンションは高くならないかもしれないけど。

照沼:まあ、そんなに意識的にプロレスをやらなくてもいいんじゃないですかね、今回は。

田中:じゃあ、まずは記事の主旨を明確にさせるためにもそれぞれの立場をハッキリさせておきましょう。

照沼:ごく簡単に言うと、僕がここ何年かBABYMETALをわりとしっかりと追いかけてきたファン。タナソーさんがごく一般の人たちっていうか、「へー、BABYMETALって日本でも海外でもめちゃくちゃ盛り上がってるんだ?」という程度の人。ってことですよね?

田中:うん。テレビやネットから飛び込んできたことぐらいしか基本的な情報は持ってない。ここへ来る道すがら、英語のWikipediaだけはざっと目を通しておきました。

照沼:実際の楽曲に関しても、ほぼ聴いたことなかったんですか?

田中:テレビでは何曲か観たことがある。NHKだったか、特番的なものもチラ観したことはあるはず。でも、主体的に聴いたのは、今回がほぼ初めて。照沼くんに「最低限聴いておくべき3曲」を選んでもらって、Apple Musicでそれを含む人気曲を3~4回聴いた程度。

照沼:とはいえ、このタナソウさんが持ってきたメモを見る限り、かなりしっかり聴いてますよね。

田中:すぐに何か書かなきゃなんない新譜があって、試聴会でしか聴けない場合とかにやってる作業と、ほぼ同じ感じだね。

照沼:なるほど。ほぼ初めてBABYMETALを聴いた欧米の音楽評論家をシュミレートしたってところですね。

田中:じゃあ、一応、照沼くんのファン歴というか、彼女たちに興味を持ち始めたきっかけから話して下さい。

照沼:僕は2014年の春頃に原宿〈Big Love〉の仲さんが話題にしていたから、代表曲「ギミチョコ」を聴いたのが最初ですね。


BABYMETAL - ギミチョコ!!- Gimme chocolate!!


田中:仲くん経由なの? それは意外。彼は当時、どんな風に言ってたの?

照沼:BABYMETAL自体にそんなに興味はないけど、外人にウケるように意識的に作られている感じがするし、そこには少しカルチャーも感じる。というスタンスでしたね。

田中:なるほど。仲くんって、ずっとインディペンデントな作家やシーンをサポートしてきた人だし、パブリックイメージとしてはストイックでハードコアだよね。でも、と同時に、ポップ・ミュージック全般におけるルックスやアイデアを含めた戦略性をすごく尊重する人だもんね。

照沼:そうですね。とくに日本人が海外に進出することについては、戦略性というものを強く意識されていると思います。

田中:で、照沼くんはライヴも何回か観てるんでしょ?

照沼:2014年のサマーソニックでライブを初めて観たんですけど、音源ではピンと来なかった曲でも、生バンドの演奏だとものすごく良くて、結構やられましたね。

田中:具体的にはどういうところに?

照沼:単純なところで言うと、バンドの演奏が上手いというのもありますし、BABYMETALの3人のパフォーマンスも良い。そしてオーディエンスの熱狂も、まさしくメタルとアイドルそれぞれの盛り上がりを混ぜたような感じで、とにかくトータルの熱量が凄かったですね。

田中:なるほど。

照沼:それでFacebookで「BABYMETAL良い」って言ってたら、知り合いにお誘いをいただいて、ロンドンのブリクストン・アカデミーでのライブを観に行ったんです。それがもう本当に最高で、自分の中ではあれがピークですね。

田中:てことは、音源もライヴも含めて、ここ2年はしっかり追ってきたってことだよね。

照沼:ですね。じゃあ、タナソーさんが初めてきちんとBABYMETALを聴いてみた感想を教えて下さい。

田中:ここ最近の曲はとにかくプロフェッショナルな仕上がりで、これには正直、驚いた。でも、それ以上に、楽曲のヴァリエーションの幅だよね。

照沼:そう、そうなんですよ。

田中:どの曲もメタルなのは間違いないんだけど、「厳密に言うと、どの曲も別ジャンルなんじゃないか?」っていう。

照沼:いや、ホントそこは見事ですよね。

田中:だから、最初に頭に浮かんだのは、現行のメタルとクラブ・ミュージックの共通点かな。「なるほど。それで全世界的にウケたんだ!」っていう。

照沼:というと?

田中:現行のメタル音楽もクラブ音楽も、どちらもすさまじい数のサブジャンルがあるじゃない?

照沼:メタルの場合だと、スラッシュ・メタル、スピード・メタル、デス・メタル、ブラック・メタル、ラップ・メタルとか、際限なくサブ・ジャンルが存在してますよね。


59 Metal Genres To Discover!


田中:そうそう。何年もかけてメタル全体をきちんと掘ってる人じゃないと、全体がまったく把握できないくらい。

照沼:クラブ・ミュージックに至ってはさらに微細な違いで細分化していますし。

田中:で、メタルの場合、欧米のチャートの上位に頻繁に顔を出すようなことはない。勿論、メタリカみたいな大御所の例外はあるわけだけど。ただ、常にそれぞれのサブ・ジャンルごとに供給と需要の関係が成り立っていて、しっかりとしたカルチャーを形成してる。

照沼:でも、一般のリスナーが掘っていくにはちょっと敷居が高いというか。

田中:でも、照沼くんや俺が追いかけてる欧米のインディにしたって、もはやそこは大して変わらないと思うんだよね。

照沼:確かに。まあ、学生時代の友達とマーチャング・チャーチとか、コミュニオンズの話をしようとしても通じませんからね。


Marching Church


田中:そこは2010年代のポップ音楽全体における特徴だよね。一般的に認知されてるインディ・バンドとか、ロック・バンドって、レディオヘッドとか、チリ・ペッパーズみたいな90年代以前から活動してるバンドくらいでしょ。もはや大文字のポップやヒップホップ以外は、そのトレンドが一般的に共有されていないっていう。

照沼:まあ、言葉にすると今さらですけど、分断化してますよね。

田中:で、今のクラブ・ミュージックは、認知というか、商業的な側面からすると、完全にEDM一人勝だじゃない?

照沼:まあ、そうですよね。「EDMの次のトレンドはトロピカル・ハウスだ」、「いや、次は、エモやオルタナティヴ寄りのライヴバンドの手法を取り込んだエレクトロニック音楽が来る」とか、いろいろと言われてますけど、そんなにガツンと来てる感じはしない。

田中:で、そもそもEDMが覇権を握ったのも、世紀をまたぐ辺りから、クラブ・ミュージック全体が細かいジャンルごとにどこまでも細分化したことで、マス・アピールに対する求心力が失われていったのも理由のひとつなわけじゃない?

照沼:確かに。そのジャンル自体も、以前だったら、わりと定型があったんだけど、今じゃ細かいジャンルが入り乱れているし。


22 Electronic Music Genres


田中:スタイルが更新されるスピードもとんでもないでしょ?

照沼:ですね。特にネット発のクラブ・ミュージックの変化のスピードと、形式とトレンドの細分化は凄まじいですよね。

田中:しかも、以前だったら、ハウスはbpm120半ばでベース・ラインがグルーヴ全体の基調になってるとか、テクノはbpm140前後でハットとキックの組み合わせでヴァリエーションがあるとか、形式とジャンルの壁がクリアだったんだけど、もはやそういうシンプルな話じゃなくなってきた。

照沼:で、そこに、最大公約数としてEDMが出てきた?

田中:やっぱりEDMってすごくわかりやすいじゃん。形式的に。

照沼:一定の公式に乗っ取って作られてる。

田中:イントロがあって、スネア・ロールやフィルに繋がるビルトがあって、曲の中心になる激しいドロップがあって、逆に曲を落ち着かせるブレイクがある。そんな風にすごく機能的にフォーミュラ化されている。

照沼:そうなると、聴く側も、どこを聴けばいいのかととか、どう反応すればいいかとか、やっぱり判断しやすいですよね。

田中:あと、EDMって、ミニマル・テクノとか、以前のクラブ・トラックと違って、曲単位で完結してる。DJがミックスして、別のグルーヴを作るとかってことが前提にないから。

照沼:だから、構成からすると、クラブ・ミュージックでもあると同時に、ポップ・ソングでもあるっていう。だからこそ、世界的に爆発したってことですよね。ホントEDMのひとり勝ち状態。

田中:ただ、クラブ・ミュージックというのはアンダーグラウンドの世界では常に更新されていて、新しい形式を生み出し続けてる。決して多くの人々に共有されてるわけではないけど、常にエキサイティングなわけだよね。

照沼:そこはメタルとも同じですよね。

田中:そうそう。で、BABYMETALの全世界的なブレイクって、そこが背景にあったんじゃないかなと思って。

照沼:というと?


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