KANDYTOWNやyahyel、D.A.N.など、今若手の音楽シーンは盛り上がりを見せている。彼らは作詞作曲にはじまりMV制作、プロモーションなど音楽以外の表現も自らプロデュースし、自分たちの周辺のクリエイターとチームになって自身の世界観を創り上げてしまう。
今回インタビューしたシンガーソングライター、向井太一もまた、彼らと同世代のミュージシャンであり、同じように同世代のクリエイターと積極的にコラボレーションしてシーンを盛り上げようとする立役者のひとりである。
どんなときも身の周りには音楽があった
福岡県出身、現在24歳。2010年に上京し、ジャズとファンクをベースとしたバンドにボーカルとして加入。その後2013年よりソロ活動をスタート。現在はクラブミュージックをベースとした楽曲を展開している向井太一。ルーツはブラックミュージックだというが、どんな環境で育ち、ミュージシャンとして活動するに至ったのだろうか。
「両親が大の音楽好きで、小さい頃から身の回りには音楽があふれていました。でも子どもの頃は特に歌手になりたかったワケでもなくて(笑)。コックさんになりたい時期もあったし、絵描きになりたくて漫画を描いたりしていた時期もありますし、結構飽き性だったんですよね。
音楽の道を決意したのは中学3年生のとき。進路選択の際に自分がどうなりたいかを見つめ直して、音楽が一番好きだということに気付いたんです。だから音楽専門の高校への進学を決意しました」
―曲づくりを始めたのもその頃ですか?
「いえ、本格的に作詞作曲をはじめたのはここ2年くらいなんです。しばらくは作詞だけで、作曲はだれかと一緒にという感じでした。音楽を共作するなかで自分のやりたいことが少しずつ見えてきて、そこから空いた時間で作詞作曲を気ままにやってというわりとなんとなくな感じで進んでいきましたね。
前回のEP『Pool』の制作ではじめて自分で全曲作詞作曲したんですけど、その制作を通じて、自分の表現したい音楽を作るには、自分で作った方が早いというごくシンプルな結論に至ったんです(笑)」
―影響を受けたアーティストはいますか?
「昔はR&BやHIPHOPばかり聴いていて、ブラックミュージックが大好きだったんですけど、歌手では宇多田ヒカルさんに一番影響を受けています。それは今も昔も変わらないですね。彼女の歌を聴いたとき、歌詞にすごく引き込まれたんです。そこから邦楽の良さや必要性を考えるようになりました。
僕は洋楽を聴く場合、音やリズムなどに重きを置いて聴くことが多いんですけど、邦楽を聴くときって、音やリズムではなく歌詞からまず聴いていることに気づいたんです。その気づきがあってからというもの、それまで以上に曲作りでは歌詞を大切にするようになりました」
背中を押すのではなく、人に寄り添う音楽を作りたい
クラブミュージックをベースに、アンビエントやエレクトロニカの要素も取り入れられたトラック。そこに向井の歌声が絡むことで、電子音楽の無機質さと人間の生々しさの両面を併せ持つような楽曲になっているように感じられる。
―音楽を通してリスナーにどういったことを伝えたいですか?
「正直なところ明確に伝えたいものごとがあるわけではないんです。だれかに対して歌っているという意識よりも自分自身が感じたことをそのまま歌に乗せている曲が多い。そういった僕自身の個人的な体験や想いを歌にすることで、聴いてくれた人たちにも共感してもらえたらと思っています」
―どちらかというと少しネガティブであったり、しっとりした歌詞の内容が多いように感じるのですが。
「自分のなかでネガティブな気持ちの方が、表現したいと思う感情に変化しやすいんですよね。ハッピーな気持ちのときは、あらゆることに対して寛容になってしまう。それより怒りとか悔しさの方が、自分を突き動かす原動力になることが多いです。
あと、同時に最近はクラブミュージック寄りの、電子的な音色をよく使うので、逆に歌詞は人間くさい部分や生々しいところを出したかったという狙いはあります。
そういう生々しい人間の肌感はやっぱりネガティブな歌詞のほうが色濃く伝わりやすいと、前回のEPを作ったときに思ったんです」
―では向井さんにとって音楽とはどういった存在ですか?
「僕の人間性はこうですよと名刺代わりに渡せるものだと思います。音楽は人と人をつなぐ役割を担っていると思うんです。僕が今こうして歌うことができるのも、音楽を通して出会った人たちがいるからです。大切な人との出会いはすべて音楽がきっかけで、今までもこれからも、それは感じ続けることだと思います」
がむしゃらに走り続けた1年間
ここ半年のあいだに、彼は2週間~1ヶ月ごとというコンスタントなペースで計7曲の音源を発表した。SoundcloudやYouTube上で楽曲をフル配信し、さらにMV制作に第一線で活躍する若手クリエイターを起用しコラボレーションして発表している。楽曲を販売するわけでもなく、無料で配信しつづける意味とは。
「音源発表に関しては、今の事務所に入ってからいろんな方と関わる機会が増えて、とにかく自分の可能性をどんどん広げたかったんです。ボーダーを外して、もっと自分の音楽の世界観をより広く出していくことが目的なので、無料で配信することでいざ盤で出したときに売れなくなるなどのデメリットはあまり考えてないですね。どちらかというとアーティスト向井太一の地盤をどんどん強くしていこうっていう気持ちが強いです。
Soundcloudって海外ではもう当たり前だし、そこから音楽を発信していく人も多い。僕はデジタルで音楽を配信するということに特に否定的ではなくて、レコードがCDに変わって、CDがデジタルに変わってっていうのは時代の進化を考えれば当然のことだと思うんですよね」
―コンスタントに楽曲を配信して、さまざまなクリエイターとコラボレーションを続けることで、自分自身や周囲の状況にどんな変化があったと分析しますか?
「一番は、僕の名前が広く知られたことですかね。あとは『こういう曲もやるんだ』っていうリスナー側のイメージが変化して、向井太一っていうアーティストとしての幅が広がった感触はありました。コンスタントに楽曲を制作することで頭のなかでイメージしているものをどんどん出せるようにもなりました。
いろんな人とのコラボレーションを通して関係性が広がるにつれて、自分の力だけじゃできなかったことがどんどん実現されていった手応えもあります。その実感が自信につながってきていると思いますね」
―楽曲の発表もそうですが、7月にLAツアーを行うなどライブも精力的に行っている印象を受けますが、日本と海外でのリアクションに違いはありましたか?
「みんなサウンドで音楽を捉えているなというのを強く感じました。それは僕が日本語でライブしたせいもあるんですけど、さっき言った邦楽を聴く際に歌詞を重点的に聴くというのとはもう真逆の体験でした。ビートを聴いてノッてくれる人はノッてくれるし、声をかけてくれる人もいたし。『音楽は世界共通の言語だ』ではないですけど、言語の壁を超えて人とつながれる感覚を身をもって体験できましたね」
「あとはライブが怖くなくなりました(笑)。海外という異国の地での場数を経験したら、もうなにも怖くないし、緊張しながらも歌うことを楽しめたっていうことが収穫ですね。今まではライブをしていてもいろんなことを考えながら歌っていて。でも今は自分自身が歌うことを楽しもうっていう気持ちでライブができるようになれたのは変化ですね」
新しい世界を見せ続けられるように
止まることなく広がりを見せる向井太一。ライブも数多くこなし、今まさに激流の渦中にいるかのようだが、今後の活動をどのように見据えているのだろうか。
「やはり自分の名前をもっと知ってもらわないといけない。そのためにも全国ツアーをしたいですね。それと今はクラブミュージックに重点を置いていますが、生音もやりたいと考えていますし、そういう変化の予感は自分のなかでも楽しみな部分ではあります。
この一年でたくさんの方々と一緒に楽曲制作をしてきたことで化学反応が生まれていい作品ができた。しかも新しい自分にも出会えた。今後もより多くの人との関わりのなかから作品を生み出していきたいし、僕の音楽を聴いてくれる人に新しい世界をどんどん見せていけたらと思っています」
シンガーソングライターとしての活動に限らず、メンズファッション誌「Men's FUDGE」のウェブサイトでのコラム執筆やモデルなどもこなす多彩な彼の今後の活躍から目が離せない。
また、11月16日には「SLOW DOWN」を含む7曲が収録されたEPが発売される。全楽曲の歌詞を向井が手掛け、starRoやyahyelをむかえて共同制作された今作は、これまでの集大成ともいえるオルタナティブな一枚となっている。発売を記念し、11月16日には代官山UNITでEPのレコ発イベントが行われるとのことなので、そちらもぜひ合わせてチェックしていただきたい。
photographer : Kazuma Yamano /山野一真
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