BOYS AGE presents カセットテープを聴け! 第12回:レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』

日本より海外の方が遥かに知名度があるのもあって完全に気持ちが腐り始めている気鋭の音楽家ボーイズ・エイジが、カセット・リリースされた作品のみを選び、プロの音楽評論家にレヴューで対決を挑むトンデモ企画!

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』(購入@中目黒 waltz


今回のレビュー対象作品は、先日のレディオヘッド『OKコンピューター』以来となる、みんな大好きな大名盤登場。最新作も「意外と良い」と話題になっているようですが、やはりレッド・ホット・チリ・ペッパーズといえばコレを挙げる人がほとんどではないでしょうか?


そしてボーイズ・エイジ Kazと対決する音楽評論家は天井潤之介!


さて、この名盤レビュー勝負の結果は!?

>>>先攻

レヴュー①:音楽評論家 天井潤之介の場合


レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。と一口に言っても彼ら、結成から30年以上の間に出入りを繰り返したメンバー編成によって、バンドの面構えがその都度異なることはよく知られた通り。もっとも、出入りを繰り返したのは主にリード・ギターに限ってだったわけだけど、しかし、そうした面構えの変化がまた音楽の方向性を左右――と言えるほど大ごとではないかもしれないけど――してきたことも、また事実。


で、この5枚目の『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』が制作された当時はというと、アンソニー・キーディス、フリー、チャド・スミスの3人に、現在は脱退したジョン・フルシアンテをリード・ギターに置いたラインナップ。一口で言えば、ファンキーでロッキン。かつ、ブルージーでフォーキー。つまり、最強のチリ・ペッパーズ。前作の『母乳』と並んで、バンドの最初のピークを記録したアルバム、と言っていいだろう。


ウィキペディアでは、「ファンク・ロック」や「ファンク・メタル」、「ラップ・ロック」とタグ付けされているチリ・ペッパーズ。さもありなん。「ミクスチャー・ロック」とも和訳されたギラギラしてオラついたところは、彼ら最大のストロング・ポイントであることに異論はない。しかし、同じくタグ付けされたプライマスやフェイス・ノー・モアやブラインド・メロンやジェーンズ・アディクションやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとは異なり、当時のチリ・ペッパーズが最強、というか最高たるゆえん。それはむしろ、そうしたファンクネスやヘヴィネスの合間に顔を覗かせるメロウネスやスウィートネス。で、そうした部分をあのグループで体現していたのが他でもないフルシアンテであり、そのメロウネスやスウィートネスとは、本作のツアー中に姿を消したフルシアンテが7年後の『カリフォルニケイション』で復帰するまでしばらくの間、チリ・ペッパーズから失われた最大のチャーミング・ポイントだった。


あるいは、こうした見方もできるかもしれない。そのメロウネスやスウィートネスとは、フルシアンテを失ったチリ・ペッパーズも呑み込むかたちで90年代をのし上がっていった「ラップ・メタル」や「ヘヴィ・ロック」が先鋭化しいく過程で切り捨てた、こう言ってよければ――アメリカン・ロックの豊饒さでもある、と。もしくは、サニー・デイ・リアル・エステイトやゲット・アップ・キッズやジミー・イート・ワールドやグリーン・デイといった同時代のエモやポップ・パンクの一部が、そのメロウネスやスウィートネスの受け皿となった、と見るべきか。ともあれ、本作はそうしたいろいろな意味であの時代を象徴する一枚、だと言える。


前置きが長くなったが、なので当時の、というか限りなくオール・タイム・ベストなチリ・ペッパーズの最高たるゆえんを味わいたければ、“ブレイキング・ザ・ガール”や“アイ・クッド・ハヴ・ライド”といった生ギターが彩るミディアム・ナンバーにまずは耳を傾けることを勧めたい。そして、フルシアンテのママも合唱隊として参加した“アンダー・ザ・ブリッジ”の美しいゴスペル・フィール。


たとえるなら、ジミ・ヘンドリックスの焦燥感を滲ませたブルース。ファンカデリックの『マゴット・ブレイン』が垣間見せるフォーキーなレイドバック。あるいは、ジョニー・キャッシュのたそがれたアメリカーナ。そうした、連綿と受け継がれ、しかし、ある時からか決定的に、ゆっくりと失われていって感じられたアメリカン・ロックの情景のようなものが、ここにはある。勿論、ムキムキとしたリフでバキバキと締め上げる“ギブ・イット・アウェイ”や“サック・マイ・キス”といった十八番のファンクネスやヘヴィネスがあってこそ、それはいっそう際立つものである。ことは言わずもがな。


フルシアンテのいないチリ・ペッパーズ。その味気なさは、二度目の脱退によりふたたびフルシアンテ抜きで制作された5年前のアルバム『アイム・ウィズ・ユー』の、言ってしまえばリック・ルービンの勝手知ったプロデュースだけが救いの、スクウェアなモダン・ロックが物語っていた通り。心機一転、来るニュー・アルバムのプロデューサーに迎えたデンジャー・マウスの起用は、吉と出るか、それとも――現時点で公開済みの新曲は、ギターの存在感がめっきり薄くて不安なのだけど。まあ、かと言ってフルシアンテもフルシアンテで近年はギターよりもシンセにすっかりのめり込んでしまっている始末なので、正直なんだかなー、という感じなのだけど。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】

★★★★

とてもよく出来ました。こんな軽やかでカジュアルな潤之介くんの作文を読んだのは久しぶりかもしれません。


この作文の軽やかさの最大の理由は、潤之介の視点のカメラの軽やかな移動にあります。クラスの皆さんも改めて潤之介の作文を読んでみて欲しい。潤之介くんは時にはウィキペディアに書いてあることを利用したり、主観と客観の間を移動にしたり、時間軸を固定したり、俯瞰的に時間の流れを見てみたり、次々とカメラの位置を動かしていくんですね。


潤之介くんの作文の特徴のひとつは、良くも悪くも情報量が多いことです。そうした特徴は、固有名詞や時代的な文脈に対する知識と理解を持った読み手にはプラスに機能するものの、そうではないクラスの皆さんを記号の迷宮の中で途方に暮れさせてしまうような効果も併せ持っています。


でも、今回の潤之介の作文は、その辺りのバランスが絶妙です。いやいや、これでも記号の数が多すぎて、わかんなくなっちゃうよ! とのたまう間抜けなお友だちはGoogle先生に訊いて下さい。


それにしても、最後の段落で、現行のチリ・ペッパーズに対して、あくまでさらりと潤之介くんの主観からのネガティヴな視点を露わにすることで終わるというフロウもなかなか意地悪でいいんじゃないでしょうか。でも、やりすぎないでね!


>>>後攻

レヴュー②: Boys AgeのKazの場合

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下レッチリ。あるいはチリペ(笑))、今年新譜出すんだってね。最後に聴いたのは確か、前作の1stシングルだったかな。アニメの方はまだ『ドリラドリラ……』してないのかな? 『ラブ・デラックス』は終わった?


地元のライブハウスにもたまにいたな、ラップ・メタル系バンド。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンかチリ・ペッパーズのバッタモンだったけど。いっそゼブラヘッドみたいなバンドが聴きたいんだが、これは俺の趣味だ。なんか好きなんだよね。キレがあるからかな。こう考えると、西海岸的な頭からヤシの木生えたロックは昔から好きだったのかもな。


レッチリで思い出すのは……漫画家のハロルド作石が自作『BECK』で異様に神格化してたことかな。まああの作者はメタルをコケにしててスタジアム・ロックを神々しく描くから……レッチリのサウンドってメタル色強いと思うんだけど。物語の後半で、ペッパーズのベーシストのフリーにクリソツのキャラが、『グランド・セフト・オート5』のフランクリンをアフロにしたようなヤツにボコらせてたんだけど、好きって言っておきながら本当は嫌いなのか、あるいは『564愛』みたいなサムシングだったのか。映画版は肝心の主人公の歌が聴こえない(作中で主人公はすげー声の超天才ヴォーカリストという設定なんだが)というカスみたいな展開だったな。まあしょうがない、監督は実写化作品を選べない。予算も少なかったろうから、オアシス(やはり作者が好きなバンド)みたいな曲を劇中歌にしてたな。多分、ほぼオアシスな感じだったと思う。


オアシスか、このレヴューで扱わないで済むといいなあ。いや、すまないが、ギャラガー兄弟、まあノエル兄の方はソロで化けたからいいとして、弟のリーダー保育園出身ぽい顔の方、嫌いなんだ。まあいまは進歩したかもしれんがね、ヤツがビーディ・アイというバンドを結成して1st出した時、これまで兄貴をさんざdisっといておきながら結局兄貴の超劣化コピーしか出来てなかった様がね。それまでも、兄貴の曲の上で胡座かいてただけだと思ってはいたが。今よりずっと俺の才能がカスだった頃ですら、「なんでコイツこの程度の才能で名人ヅラしてるの?」って……やめよ、打ち切り待ったなしだ。ロケットで突き抜けちゃう。君がファンだったらすまんね。今の方は知らんし、ものを知らない間抜けの戯言と切って捨ててくれ(でもあいつらは俺もそうだが言われてしょうがないと思う。口悪いから)。けど文句言う割にビーディ・アイ1stの最初のシングルはそこそこいい出来だったと思う。けど兄貴がその時点では遥か先をいってた記憶が。 昔、ジャック・ホワイトっていうジョニー・デップが、「ニルヴァーナにおいて他二人はカートの足を引っ張ってた」的なことを言ってた気がするんだけど、今ならワカルー。リアムに足を引っ張られてた、って俺は感じるから。個人的な意見ね。


まあ、どちらにせよ、音楽は「良し悪しじゃなく好きか嫌いか」に過ぎないから、あんま真に受けないでくれ。


そういえばレッド・ホット・チリ・ペッパーズの話だっけ? 『ロンゲスト・ヤード』って映画のリメイク版に曲が使われてて、そのタイミングがなかなかいい。まあノーマン・グリーンバウムって人の曲の方がパーフェクトだったから霞んだけど、あの登場人物が全員いけ好かないSFモンスター映画、なんだっけか、『エヴォリューション』じゃなくて……そう、『パラサイト』だ。イライジャウッドa.k.a.フロド様a.k.a.イトシイ人が主演の(そして役立たずの)。あれでピンク・フロイドの“アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール”のカヴァーが流れたんだけどそのタイミングと同じくらいにはクールだったよっ。


実を言うと彼らも別に好きじゃないんだ。いや、昔は〈ロックの殿堂〉とか『ロッキング・オン』のランキングとかを参考に聴いてはいたんだけど、そんなに聴かなかったんだよね。ちゃんと聴いた時はガレージ・ロック・リヴァイヴァル中期~終焉期だったんだけど、 んー、俺は音楽において、ヴォーカル他楽器の生み出す「歌」を何より重視するんだけど、多分彼らのメロディや言葉のリズム感覚か生理的に苦手なんだよ。


レッチリは、なんだかんだ独走してるバンドだから(上下でなく平行という意味で、というか俺自身はポップ・ミュージックのアマデウスだろ常考)。次元が違くて、スーパーサイヤ人ゴッドになるまでビルスの気が感じられなかった悟空みたいに一切理解不能か(まあこれは力量差の話だから不適切か)、あるいは、黒板をひっかく音って、大丈夫な人とそうでない人がいるけど、俺はそうでなかった人間(?)だったか。その程度だと思うよ。 なんか、ここまで完全に俺のくだらん身の上話だな。とにかく、彼らとはチューニングが合わなかったんだよ。俺の無線、セーブ機能付いてないし。


あ、最後に今回のレヴュー作品についてBOYS AGEのドラムスこと小林くん当時15歳(スリップノットとそのレーベルのアーティストを聴き漁ってた頃らしい)の感想は、 「え? 全然良くないよ(原文ママ)」。 いやもっと悪様だったかも……・あいつ、気にくわないバンドを朗らかにゴミ扱いするからな。で、このまえ『ダークソウル3』やりながら尋ねたら、 「今聴くとなかなかどうして、悪くない」 って『ラッシュアワー2』のクリス・タッカー並の肯定的テンションだった。


そんなもんだよ、音楽は。レヴューなんか真面目に読むなってこった。


【サイン・マガジンのクリエイティヴ・ディレクター、田中宗一郎の通信簿】

★★★

よく出来ました。やっぱりカズくんは優れた批評家です。批評家としてまず最初の、もっとも不可欠な資質は、「音楽は良し悪しではない」ということを理解することです。批評は「良し悪し」という判断を下すものではない。カズくんは本当にそれがわかっている。


もしかすると、読者の中にはカズくんの作文におけるハロルド作石やギャラガー兄弟の下りを読んで、安易にこれを「ディス」と位置づける人がいるかもしれない。実際、ここでのカズくんは彼らの作品の「良し悪し」について触れているかもしれない。でも、それは批評にとって派生的なものでしかない。ポイントはそこではないんです。


批評とは「視点」を提示するものです。読者が予想もしなかった起点からのパースペクティヴを提示することで、読者の視界をパッと開かせるもの。それまで想像もしていなかった景色を見せること。そのことによって、作品という記号自体のざわめきを生み出すことです。カズくんのこの作文には間違いなくそれがあります。


ただここでカズくんは決定的な間違いも犯しています。カズくんはこんな風に書いています。「音楽は『良し悪しじゃなく好きか嫌いか』に過ぎない」。いえ、それは間違っています。音楽は「好き嫌い」でもありません。


そして、カズくんの最大の間違いは、世の中にはあたかも「音楽は良し悪し」という視点と「音楽は好き嫌い」という視点の対立が存在するかのように語ってしまっていることにあります。そんな対立項など存在しません。幻想です。そんな幻想を助長してはなりません。


まるでそうした対立項があるかのように思い込んでしまい、どちらかの立場を意気揚々と表明する愚かな人々を生み出してはなりません。ありもしない逆の立場を否定したり、無視したり、無関心を募らせたり、対話が成り立つはずの両者を分断させ、闇雲に対立を煽ることになってしまいます。それほど不毛なことなどない。でも、実際に起こっていますよね、そういうこと。


この作文におけるカズくんが犯した最大の間違いはそれです。先生はそのどちらの立場にも立ったことがありません。先生にとって、音楽は好き嫌いではないし、良い悪いでもありません。


音楽は形式とニュアンスです。音楽を楽しむこととは、その「形式とニュアンス」を味わい尽くすこと。それぞれの楽曲やジャンル間における「形式とニュアンス」の「違い」をどこまでも堪能することです。


ただ残念ながら、こうした視点は一般的ではありません。


また、音楽についての作文には「良し悪し」や「好き嫌い」を記すことが求められます。キュレーションやレコメンドと呼ばれるものですね。もしこれまで先生が作文の中で「良し悪し」や「好き嫌い」に触れていたとしても、それはあくまで派生的なものでしかありません。でも、それは本来、批評家の仕事ではないのです。


と、ここまで書いて、思い出しました。カズくんは音楽家でしたね。これまで音楽について書こうなんて思ったこともなかったカズくんに無理やり作文を書かせたのは先生でした。これぞまさに罠。自分自身の性悪さと無責任さに呆れてしまいます。でも、懲りないんですよ、ごめんなさい。でも、ホント、カズくんの作文は一流なので、音楽の合間にこれからも作文を書いて下さい。頑張ってね!


勝者:天井潤之介


今後番外編で『田中宗一郎先生 VS Google先生』みたいなのやりたいですね。


ということで、これまでの歴戦の結果はこの記事下にあるバックナンバーからご覧あれ!次回もおたのしみに!

〈バーガー・レコーズ〉はじめ、世界中のレーベルから年間に何枚もアルバムをリリースしてしまう多作な作家。この連載のトップ画像もKAZが手掛けている。ボーイズ・エイジの最新作『The Red』はLAのレーベル〈デンジャー・コレクティヴ〉から。詳しいディスコグラフィは上記のサイトをチェック。

過去の『カセットテープを聴け!』はこちらから。

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