京都四条にあるギャラリー兼、"家"「VOU」

京都の四条烏丸は、オフィスビルに外資系アパレル企業の路面店が立ち並ぶ市内の中心エリアで、平日でも観光客が多く賑やかだ。それでも碁盤の目状の路地を一本曲がると静かな道に入る。ここに京都界隈のみならず、グラフィックやイラストレーションのムーブメントを牽引するショップ兼ギャラリーの『VOU』がある。 

iPhoneのマップを頼りに近くをうろうろするが、なかなかお店が見当たらない。「おかしいな」と路地のあたりを見回すと、小さなトンネル状の小道に『VOU』と描かれたボードが置かれていて、僕を導いてくれた。

トンネルをくぐり抜けると、繁華街の喧噪は消え去り、古い長屋が建ち並ぶ路地裏にたどり着く。程なく歩くと『VOU』のネオンサインが見えた。開けっ放しのドアから中に入る。店内は古くから受け継がれた京都の“しつらえ”を感じさせる空間だった。いわゆるギャラリーというより、趣味の合う友達や先輩の実家に遊びにきたかのような懐かしい気分になった。 

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」と挨拶するなり「すみません、明日から展示の準備があって、今畳を剥がしていたんですよ」と笑いかけてきたのが、オーナーの川良(かわら)さん。                            

「しょっちゅう畳剥がしちゃうんですか?」と尋ねると、「いえ。僕も畳の下を見るのはじめてですね。こんな感じになってるんですね」と、飄々と話を続ける。

そんな風にしばらく雑談を続けていたら、『VOU』のレーベルアイテムのデザインを務める三重野龍さんがやってきた。『MuDA』というパフォーマンス集団のひとりでもある彼は、いかにも屈強な出で立ちだが言葉尻は穏やかで淡々としている。

「遅れてすみません。あ、畳剥がしたんだ」「そうそう」

友人同士のゆるい会話がしばし繰り広げられる。2人は同じ京都精華大に通った同窓生で学生時代からの知り合いだそうだ。学園祭でイベントを準備している際に、面白いやつがいるなとお互い思ったのが出会いのきっかけだと後に聞く。

せっかくなので、剥がされた畳の板に腰を下ろしてゆったりインタビューをすることに決め、ICレコーダーのスイッチをオンにした。京都をベースに活動しながら、東京のカルチャーにまで大きな影響を与える彼らはどんなスタンスで日常を送っているのだろうか。

“友達の家”みたいな拠点を持ちたかった

そもそも『VOU』の成り立ちはどのようなものなのだろうか。         

川良(以下、川):「大学時代から場作りに興味があったんです。卒業後すぐに京都精華大のギャラリー兼ミュージアムショップを大学と共同で運営していて。去年の5月にここをオープンさせる前から『VOU』という名前でグループ展をやったり、商品を作ったりしていたんですね。               

自分の性分的に自分がモノ作りをして発表するより、お店を通じた表現の方が合っていて。ずっと自分の店を持ちたいなと思って、探していたんです。そのときたまたま見つけたこの物件を気に入ったという感じですね」                          

28歳にしてお店を構えるという決断をした川良さんは、自分の目利きで良いと思う同世代の仲間に声をかけ、アイテムを置かせてもらうことになる。       

そのなかには、東京を中心に活動しているイラストレーター、陶芸家などの作品もあった。他にも古物店から見つけてきたアンティークも置かれている。                              

空間を作る上で、どんなお店を参考にしたのだろう。

:「中学時代に友達や先輩の家に行ったときに感じた原体験が忘れられなくて。人の家で本を借りたりとか、服を貰ったりとかそういう文化ってあるじゃないですか。友達がやたら格好いい映画を知っているとか。そういう衝撃がアートにのめり込むきっかけになったので、家感のあるショップをやりたいなって思ったんですよね」

ただのムーブメントで終わりたくない

たしかに時間の流れがゆったりとしていて、よくあるギャラリーのような張りつめた雰囲気はない。                       

川:「僕は仕事と生活を切り分けない方が肌に合っているので、実は2階の一室に住んでいて、生活とこの空間はボーダレスになっています。そういうのもあって家感は出ているのかもしれません。僕自身、改まったスタンスでホワイトキューブのギャラリーに行くときより、仲間の家で見て感じたことの方が自然に自分の感性に引っかかるんで、そういう空気を出したかったんですよ」

しかし大学卒業時には、東京に上京してお店を構えるという選択肢も当然あったという。  

:「最初は上京して東京でお店を持ってもいいかなと思っていたんです。でも東京に行ったとき、東京のスピード感に合わせて活動したらムーブメントとして取り上げられてすぐに消費されてしまうような気がしたんですよ。        

それに周囲の環境にも影響を受けてしまうのが怖くて二の足を踏んだ部分はありますね。だったら生まれ育った地元で地に足をつけてやった方がしっくりくるだろうなって」                     

VOUのロゴを作った三重野龍さんも、VOUができたことで京都に残って活動する意味を強く感じたという。

三重野(以下、三):「VOUに関わっているメンバーでも『東京防災』のイラストを担当している岡村くんとかがすでに東京で活動しているなかで、自分が京都で活動しつづける理由を明確に持てていなくって。でもVOUができたことで基地みたいな場所ができた感覚がありますね。上京して活動していた仲間も再び集まりだしてきましたし。目印になる自分の居場所ができたような感覚はあります。こうして帽子のデザインを作るチャンスを貰ったり、ネオンサインを作ってもらったり、自分がデザインしたものがそのままお店のロゴになって目印になってというのは、単純にうれしいですよね。デザイナーとして世に出る看板を作るというのは、最大の喜びのひとつかもしれないですね」

自分の仲間がお店を構えると、ひとつ居場所ができた感覚になるのは想像に難くない。それでも東京の周りを見渡しても、どっしりと店を構えるチャンスをつかんでいる20代は多くない。そんななか、彼らはスタンスを変えないままで、自分たちの“基地”を手にしたのだ。純粋に羨ましいなと思ってしまった。                    

三:「僕たちはこういう拠点ができましたけど、各々で仕事を引っ張って活動しているので、場所に依存している人がいないし干渉しない。チーム感はありつつも、それぞれがクリエイターとして独立しているからこそ、良い空気感でやれている気がしますね」

本当に格好いいモノはここにある   

30分くらい話しただろうか。最近ショップとしても解放したという川良さんが住む2階を覗かせてもらった。そこにはグラビアアイドルの写真集から懐かしいVHSなどが置かれていた。再び話を続ける。


                                       

:「開店から1年が経って、自分が当初予想していたよりも反応が大きかったことがうれしいですね。仲間も応援してくれますし、東京や大阪からも足を運んでくれる方が増えてきています。これまで来た人が知り合いに『あそこいいよ』って言っておすすめしてくれたりしてその仲間が遊びにくるみたいな循環もあって。手応えがあって楽しいですね」      

ちなみに僕がVOUに出会ったのは、SILLYライターのmaruが渋谷PARCOで企画を担当したポップアップショップ。販売されていたVOUオリジナルアイテムと出会った瞬間、強く惹かれるものがあって、maruにこれはどこのアイテムなのか?と聞いたのだ。

それを伝えると、川良さんがこのお店を構えた動機ともいうべき「クリエイターに対する思い」を語ってくれた。

:「それはうれしいですね。元々モノを作って表現するクリエイターって本当に格好いいなって思っていて。自分が良いと思った人が、もっと正当に評価されたら良いのになぁって気持ちはあったんです。そういう『本当に格好いいものはここにある』というのを伝えたい」         

「例えば、NAZEのアイテムはVOUでしか扱っていないモノがほとんどですけど、数年後ものすごい評価されて高値で売られるかもしれない。そんな風にして、ココで取り扱っている人たちがどんどん活躍の広げていくのをみたいですよね。 

同時に学生時代に知り合った京都の仲間だけで固まっていないで、良いと思える作家は扱っていきたいですし、対面のコミュニケーションから広げていきたいなとも思いますね」  

町並みも整理され、過不足なくものが揃う京都に暮らしていると、仲間とコミュニティを形成することで満足する人も少なくないという。でも『VOU』と『VOU』で取り扱われるアイテムを作るクリエイターたちは少し違うようだ。

:「ココを拠点に東京にも海外にも発信して、周りで見ている人たちがこの活動を通してワクワクしてくれたり、『あいつら格好いいな』って思ってくれたりしたら最高ですね。やっぱり『VOU』に携わっている皆で上がっていきたい、みたいな気持ちはあるにはあるっすね」

東京で消費されるのは怖いと言っていた川良さんだが、京都でお店を構えたことで東京に対する見方も変わってきているようだ。    

:「1月に東京で陶芸作家を集めた展示をしたんですけど、そのときのレセプションパーティーがすごく良い雰囲気だったんですよね。『やっぱり東京は面白いな』『面白くて新しいものを欲している街でエネルギーがあるな』って改めて感じて。そこから東京に対するものの見方は変わったかもしれないですね。その理由のひとつは、自分が京都でやれることをしっかりやれているからだと思うんですけど」

達観しているようでいて、自分たちがやるべきことをそれぞれが行い、『VOU』を通じた表現ができているから掴んだ東京との最適な距離感。

周囲や時流に惑わされず、無理のない活動を続けているからだろうか。「できる限り長くこの場所を続けていきたい」という言葉に真実味が宿っているように感じた。

肩肘張らず自然体でいられる場所を通じた嘘のない表現。川良さんのスタンスや言葉尻、佇まいを見て、ルーツとなる土地に根ざした人間の厚みを痛感した。きっと京都に行くたびに、このギャラリー兼家にふらっと遊びに行くだろう。 

面白いことを企んでいる同世代の知り合いがまたひとり増えて、うれしくなった。

ちなみに7月には、原宿のトーキョーカルチャートbyビームスで『薮から棒』という『VOU』の企画イベントが開催される。すでにクリエイターとして注目されつつある彼らが、ビームスの場でどのような表現をするのだろう。夏の楽しみがまた増えた。

photographer:Naohiro Kurashina / 倉科 直弘

 


                            

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