イギリス人ビートメイカーsubmerseが音楽で魅せる日本の姿

音楽を聴きたくなる瞬間は人によって違うが、だれしもが自然とシチュエーションによって聴く音楽を選んでいるはずだ。今回取材するのはとかく夜に似合うベッドルームミュージックを作るビートメイカーsubmerse。日本をこよなく愛する日本在住のイギリス人アーティストだ。彼はなぜ日本を拠点に活動するのか。その理由と、音楽が生まれる根源について聞いた。

submerse:

イギリス出身のビートメイカー。アンビエントを基調とした音楽にダウンビートを組み合わせることで、自然をイメージさせる繊細さと大都市特有の退廃的な空気がエモーショナルに絡み合う音楽が特徴。これまでApolloなど複数のレーベルからEPを発表しているほか、Boiler Roomにも出演。現在Project Mooncircle / flauより最新EP「Awake」が発売中。

価値観を変えた街、東京

「子供の頃から日本のゲームやカルチャーが大好きで、いつか来てみたかったんだ。2010年に公演のために初めて日本を訪れたけど、期待以上に最高の場所だったよ。

東京は僕の地元とすべてが正反対なんだ。ランコーンは小さな田舎町で、子供の頃から閉鎖的だと感じていた。それに比べて東京は、高層ビルが立ち並びネオンが輝いている。混み合う人のなかで息を吸ってみたかったし、いろんなことが起こっている街に行ってみたかった。それで覚悟を決めて東京に越してきたんだ」


―日本に住むことで音楽に対する価値観は変わった?

「間違いなく変わったよ。東京に住む前と今の僕の音楽を比べたら別人だと思われるくらいにね。大人になる過程を東京で過ごしたことで、音楽的な意味でも人間としても成熟したと思う。なにが変わったのかって聞かれると答えるのは難しいんだけど、たしかに変わったんだ。日常のなかで無意識に日本の音楽にたくさん触れてきたことが大きいかもね」

―日本とイギリスの音楽環境の違いってどういうところ?

「イギリスは音楽の歴史を重んじるし、今の自分たちの音楽を誇りに思ってるけど、日本はいろんな音楽に対してすごくオープンだよね。海外の音楽を自分たちのスタイルに落とし込んで音楽作りしているところもすごくクール。

それと四季も音楽作りにすごく影響していると思うんだ。イギリスはいつも天気が悪くて、音楽にもそれが反映されてる。どんよりしたエレクトロニックミュージックやインディーロックがすごく多い。僕も環境に左右されやすいから、夏になるとハッピーになるし明るい曲を書きたくなるけど、暗くて寒い冬は家に引きこもって悲しい音楽を作りたくなるんだ(笑)」


―ずっと天気の悪いイギリスにいると悲しい気分になるってこと(笑)?

「そうだね。The Smithの音楽がイギリスのいい象徴だよ(笑)」


昔から日本には、海外に憧れるミュージシャンが多い。インターネットを介して、どこへでも自分の音楽を届けられる時代になった今でもそれは変わらないだろう。しかしイギリス生まれのアーティストが、音楽の中心ともいえる母国ではなく、日本を活動拠点に選んだことに大きな意味がある気がした。私も元来洋楽好きだが、海外ばかり見るのではなく日本文化にもっと目を向けるべきなのかもしれない。

自分が聴きたいものを作っているだけ

音楽を通して「自然」と「大都市」という相反するものを同時に見せてくれるsubmerse。東京に影響を受けながらも、田舎町の記憶やノスタルジアは大切なインスピレーションだと語る。

「東京に来てから作った音楽はすべて、街の中でヘッドフォンをして自分が聴きたい音楽なんだ。イベントのあとや深夜の静まり返った街に1番インスピレーションを受けるんだけど、その景色に似合うような曲、つまり『自分は今どんな音楽を聴いていたいのか』を音にしてる。だから少し自分勝手かもしれないけど、僕の音楽を聴いてなにかを感じてほしいと考えながら音楽作りをしたことはないんだ。

それとは別に、閉鎖的な町で育ったからか小さい頃からずっとなにかを逃しているような感覚があって。世界中でいろんなことが起こっているのに、どこからも遠すぎて、すべてを逃しているような感じだった。ノスタルジックな感覚が根付いているからか、自分でも気づかないうちに日本とイギリスがミックスしたものになってるのかも」

イギリスの風景だけでなく東京の街もまた、彼の目には寂しげに映っている気がした。

毎日がハードコアニートライフ

2015年に発表されたアルバム「stay home」では、とある高層マンションから眺めた日暮れから夜にかけての街の変化を描き、現在発売中の「Awake」では、眠りに落ちた都市に朝の光が差すまでの美しい時間を描いたということを受けて、どうしても聞きたいことがあった。それは昼が嫌いなのか? ということだ。

「そうだね(笑)。夜が好きで、音楽を作るのもいつも夜。ゲームも好きでつい夜更かししちゃう。だから日中は寝ているし、夏だと昼は暑すぎて外に出たくない(笑)。だから毎日がハードコア・ニートライフ(笑)」


―昼をテーマにした音楽は作らないの?

「ときどきは作るよ。アップビートなものとか夏っぽい曲とかね。『Awake』は去年の冬に作ったんだけど、そのなかの明るい曲はたぶん夏に作ったはず(笑)」

―世界がネガティヴなほど創作意欲が湧きやすいってこと(笑)?

「そうだね。雨が降るってわかったらすごくモチベーションがあがるよ(笑)。天気が悪いとどうせみんな家にいるだろうから、僕も家で音楽を作ろうと思える。でも天気がよくてみんながビーチで楽しんでるとか考えると音楽作りしたくないってなっちゃう。だから夏より秋冬のほうが制作も進むんだよね(笑)」


―環境も表現も明るすぎないことが音楽を作る上で大切なの?

「昔からアンビエントが大好きなんだけど、綺麗でシネマティックなものも、ホラー映画のサウンドトラックみたいなものも好きなんだ。だから音楽を作るときは、ハッピーすぎず、ダークすぎず、その中間にあるメランコリックなバランスを見つけることを意識してる。だから夜が好きなのかもね」

これからも日本でやりたいことがある

東京に住んだことで、音楽に対する価値観も人間としても成熟したと話す彼だが、まだ大人になりきれない少年らしさを感じさせる。だからこそ音楽に独特のエモーションがあるのだろう。日本在住6年目の彼は、今後も日本で活動し続けたいと語る。

「もちろん日本に残りたいよ! なにが起こるか分からないけど今はそうしたい。すでに自分の音楽とはまったく違うバンドに参加するプロジェクトも立ち上がってるんだ。次のアルバムも日本で作りたいし、歳をとってクラブでライブできなくなったときに映画やゲーム音楽を作るのが夢なんだ。

それと今80年代の日本のCMにすごくはまってるんだ。スタイルがとにかくDOPEで惹きつけられる。Youtubeでずーっと眺めては、音のないCM映像に音をのせたりしてるよ。プロジェクトが終わってみないとそれがどんなものになるかわからないけどね。あと次のアルバムは『Awake』の延長線上を描きたいと思ってるよ」

夜や冬を好む少しナイーブな彼が、次回作で晴れた午後をテーマに制作してくれることを期待したい。7/2(土)にはcircus tokyoにて『Awake』のリリースパーティが開催される。submerseが魅せる夜の世界をぜひ体感してほしい。


Photographer : Kazuma Yamano / 山野 一真

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