気鋭の台湾人フォトグラファー「Yung Hua Chen」の仕事と恋の行方

若くやる気に満ちている写真家が好きだ。被写体と真っ直ぐ向き合いシャッターを切る彼らの眼差しや背中を見ていると、インタビューで人と向き合う上での姿勢を考えさせられるし、人間的に惹かれることが多いからだ。だから気鋭の写真家とテーマを設けず話してみたいと思っていた。

SILLYライターの1人、鷲尾さんに相談したところ、

「それならDoris(ドリス)がいいと思う!」

と紹介してくれたのが、若干24歳ながらファッション誌やブランドのカタログの写真の仕事を中心に活動するDorisことYung Hua Chenだった。

海外のファッション写真家は、マーク・ボスウィックくらいしか好きな写真家がいない(というか、恥ずかしい話だがあまり詳しくない)。それでも彼女のHPにある写真の何枚かに強く惹かれた部分があった。そこで「ぜひ紹介してほしい」と伝え、話を聞いてみることになったのだ。

はじめはメールでインタビューを行っていたが、彼女から「5月のGWに来日するから会って話してみない?」と積極的な提案があった。

彼女のバックグラウンドを知らないし、お互いに第二言語のたどたどしい英語でメールのやりとりをしていたから不安もあったが、彼女の写真に惹かれていれば話はできるだろうと思った。

「オッケー、ぜひそうしよう!」

とすぐに返答した。


GW初日の夕方。祝日のせいだろうか、街全体が浮き足立っているようだった。待ち合わせにして指定したのは渋谷のとあるカフェ。そこにはすでに華奢な体躯にパワフルな雰囲気をまとった女性が、ソファに腰掛けて遠くを見ていた。

「こんにちは。今日はカメラ持っていないの?」

と話を聞くと、

「今日は完全OFFって決めてるから、カメラはないのよ」

とイタズラっぽく微笑んだ。果たして短い時間で彼女とどんな話ができるだろう。


日本のカルチャーやスタイルに影響を受けてきた

−なんで今回インタビューを引き受けてくれたの?

「単純に面白そうって思ったから。私の写真に興味をもってくれるのもうれしいし、宣伝にもなるでしょう?(笑)」

たしかに。そもそもSILLYの鷲尾さんととつながっていたのはどうして?

「3月に作品撮りをしようと思って来日していたの。鷲尾さんのインスタグラムを見ていて、日本で撮影するなら彼女がいいなと思って。オリエンタルな和の雰囲気もあるし、すごくオリジナルでしょ。だからお願いすることにしたのよ」

日本のカルチャーに昔から興味を持っていたの?

「そうね。小学生くらいから『ViVi』とか『CanCam』とか『GINZA』とかを読んでいたの。憧れがあったのよ。台湾の本屋には、日本のファッション雑誌がどこでも置いてあって、それを小学生くらいからチェックしていたの。でもそれは私が特別ということではなくって、台湾人の女の子は日本のファッション誌を参考にしているのよ。最近だとちょっと状況が変わって、韓国の『VOGUE』とか『ELLE』を読むようになってきているけど......。韓国ドラマとか男性アイドルに熱狂する女の子増えてきているからね(笑)。それでも日本のカルチャーに興味を持っている女の子はまだまだ根強くいるわ」

−写真家になろうと思ったのは、いつ?

「実はお父さんが台湾では割と有名な写真家で。それもあってか小さい頃から写真に慣れ親しんでいたのよ。でも本当に写真家になろうと思ったのは、大学生になってからね。もともとは大学ではジャーナリズムを専攻していたんだけど、途中から写真を仕事にしたいと思うようになって。勉強しなおして、学校を変えたのよ」

−お父さんから何かアドバイスをもらった?

「アドバイスをもらったことはほとんどないんじゃないかな。唯一の影響はカメラを譲り受けたことくらい。多分、自分が何か技術を教えるというより、自分自身で撮りたいものや刺激になるものを見つけないと意味がないとわかっていたんじゃないかしら。ある意味では、何も教えないということが、教えかもしれないって思う」

その人の内側にある美しさを捉えたい


−写真家のスタイルにもいろいろあると思うけど、ファッションポートレートを撮っている理由って?

「ファッション写真が好きだったのもそうだけど、そもそも人に対して興味が強いから、写真家になりたいと思ったの。その人の内側にある美しさみたいなものを捉えたいっていう気持ちが強くて。ファッション写真は、仕事としてポートレートを撮る手段だと思っているわ。でも仕事だとどうしても表層的な表現になってしまうこともある。だから意味深い写真を一枚でも多く撮りたくって作品撮りを続けているのよ」

たしかにいくつかの作品はすごくエモーショナルな写真に思えた。それが気に入って連絡したんです。

「そういってもらえるとすごくうれしいわ。いつもどうすれば表層的な表現にならないで、そのときの私のフィーリングや被写体のなかにあるものを深い部分で捉えることができるかっていうのを常に研究しているから。

これまでは被写体の顔を捉えることに熱中していたのだけど、その人の手先とか体のパーツの一部分とか、まったく別のところで撮った写真を繋ぎ合わせても、その人の内側にあるものを伝えられるものがあるんじゃないかって思うようになってきているところ」

表層的に綺麗な写真を撮るのは、難しくない

そういう風にモードが変わってきてるのはどうして?

「今ってカメラの性能はいいし、フィルムカメラが若い女の子たちで流行しているように、それっぽいもの、綺麗なものはいくらでも撮れるでしょ? だったらプロフェッショナルとしてロケーションの選び方も構図も、そのあとのグラフィック的な表現や組み合わせ方、見せ方の技術も磨いていかないと、差別化を図れないって思うからね。でも今の気分としては、真っ正面から美しいものや綺麗なものを撮れる状態じゃないのよ(笑)」

というと?

「実は昨日彼氏と別れて……。本当はこの休暇は一緒に過ごす予定だったのだけど、来日するチケットを押さえて、出発数日前というタイミングで、突然LINEに『別れたい』ってメッセージが来て。本当に2〜3日前の話よ。

それは最悪仕方ないとしても、最低限のマナーとして『顔を見て別れたいから、会いましょう』と伝えてたの。『わかった』というから、昨日空港からその足で彼の職場近くの駅で待ち合わせたんだけど、結局来なかったのよ。

『調子が悪くなった』とか言って。わざわざ駅まで来たのに、男として超情けないと思わない? きっと私にビンタでもされると思ったのね。なんかすごく惨めな気持ちになって、落ち込んだ。そんなことってありえるの? 日本の男の人ってみんなそんな感じ?」

えっと……それは人とか年齢によるんじゃないかな。

「そうよね。彼はまだ23歳だし、プレイボーイだったのかもしれないな。結局1カ月しか付き合えなかったんだけど……本当に悲しい気持ちだわ。だからちょっと傷が癒えるまでの数日間、写真をお休みしようと思ってるの」

日本の写真家の蜷川実花が失恋した直後に撮った桜の写真が好きなんだけど、悲しみを仕事に昇華させるみたいなプランはどうだろう?

「私も彼女のパーソナルワークは好きよ。うーん、でもどうだろう? ちょっと考えてみるけど、多分しばらく撮らないと思う。ここのところ考えてみたのだけど、私って男性より女性を撮るほうが上手なの。きっと同性でシンパシーを感じる部分が強いからね。だけどきっとそれって私が男の子の気持ちをちゃんと深い部分でわかっていないからなんじゃないかなとも思って。もっと男の子のことを理解できるようになりたけど、まだまだまだまだ修行が必要そう」

そうですか……早く傷が癒えるといいね。じゃあこれからの仕事の目標は?

「ありがたいことに、大学を卒業してすぐ食べていけるだけの仕事をしているし、何人かの編集者やデザイナーに気に入ってもらって、韓国やNYでファッション写真の仕事の機会をもらうこともあるんだけど、もっと頑張らないといけないなって思ってる。日本の雑誌でも撮影してみたい。いつかは活動の拠点を日本にしたいと思っているくらい。もっと長い目で見ると、今は商業ベースだけど、ゆくゆくは作家性を強めてアーティストとして活動をしていけたら理想かな」


「こんな感じで取材は大丈夫?」と言いつつ「もう少し元彼の愚痴を聞いてよ」とばかりに、思いの丈をまくし立てるように話す彼女。最初にカフェで彼女を見つけたとき、なぜ遠くを見ていたのかが手に取るようにわかる……。

そのあとの時間は、「ライアン・マッギンレーは嫌い、夢見心地すぎるから」という写真家らしい発言は飛び出したりもしたものの、写真の話半分、元彼の愚痴を聞いたところで予定時刻が過ぎた。

言葉尻に芯の強さを覗かせながら、明け透けな感情を吐露する彼女は、これからどんな風に写真を撮るようになっていくのだろう。興味深い。


取材の最後に「どんな女性になりたい?」 と聞いたら、

I want to be a real and handsome woman.

だってさ!

photography / Yung Hua Chen

Instagram : yourddoris


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