電子音楽業界を賑わす異端のビートメイカー“Seiho(セイホー)”
彼が生み出す音楽はデジタルなのに人間味に溢れ、官能的でどこまでも美しい。ときにプロデューサーとしても活躍し、矢野顕子とのコラボレーション作品もある。きっと誰もが知らずに、彼の手掛けた音楽を一度は耳にしているはずだ。
3年ぶりに発表されたアルバムは、Matthewdavid主宰のレーベルLeaving Recordsからのリリースとなった。本人ですら「まだ完全には理解しきれていない」と語る新作にまつわるエピソードを聞いてみた。時代の一歩先を行く音楽は、どのようにして生み出されるのだろうか。
夢の先に見えたのは果てしなく続く荒野だった
『Collapse』は、これまでのアルバムのサウンドに比べてアンビエント要素が増し、表現として余分なものが削ぎ落とされたミニマルな仕上がりになっている。今作が完成するまでの3年間、彼はどのような思いを抱いていたのだろうか。
「もともと小学生の頃から作曲することは生活の一部でした。2009年に大学を卒業すると同時に音楽でやっていこうと決めて、『レーベルを作る・アーティストとして海外のツアーに行く・フェスに出る』というある程度の目標を5年程度のスパンでイメージしていたのですが、2013年あたりにはすべて叶ってしまって。シーン全体においても自分のなかでも、音楽に対する勢いが止まってしまったんです。逆にリスナーはそこから盛り上りはじめたんですが、作り手としては荒野にパッと出た感じで、『あぁ、この平坦な道を走り続けなあかんねんな』と感じていました。
そこから海外ツアーも回ったんですけど、『求められるもの』と『自分がこれからなにを作るべきか』のバランスが崩れてしまって。なにをしても良しとされるその時代を、僕らは当時悪い状態だと思っていたんです。それでも作るという行為自体は日常的にずっと続いていました。
その時期に僕はMatthewdavidとツアーをしていて、2013年にアルバムリリースの話をもらったんですが一度断ったんです。でも2015年に入って『あれ? もしかして2013〜2014年くらいに作ってた音源、まとめたらアルバムとしていけるんやないか……? 』ってヴィジョンが見えたんです(笑)。
1曲目の『COLLAPSE』ができたときに、この2013〜2014年に僕が作ってた曲はこういう意味があったんやと納得いく節があったんです。それでMatthewdavidに、今回のアルバムの『崩壊』というコンセプトを伝えて音源を送ったら、ふたつ返事ですぐアルバムを出そうという話になりました。
当初は2015年にリリース予定でした。でも、今思うと2015年にリリースしていたらリスナーのモード的に『やることがなくなってこういう形になったんや』と悲しい意味合いで解釈されてしまう気がしていました。でも今年リリースしたことで、前向きに解釈してもらえる時代の空気感に変わったなと感じます。そこは図らずとも上手くいったように思いました」
はじめて訪れた冬の時期の過ごし方
2013〜2015年にかけて、シーンの停滞を感じていたSeiho氏。私自身も当時、日々新しい電子音楽を聴くなかで、なにを聴いても同じように聞こえてしまう現象に困っていた。シーンの渦中にいたSeiho氏はどういうマインドで過ごしていたのだろうか。
「自然のサイクルに春夏秋冬があるように、人間にも同じような流れがあると思いました。種をまき、水をあげて、収穫したあとには、冬の時期が必ずやってくるんですよね。ただ僕個人としてはその周期が一周すること自体が初体験だったので、『はじめての冬がきた……! 』って感じたんです。これまで貯蓄したものでどれだけ食べていけるのかもわからず不安でした。そういう時期は、冬に友達と鍋を囲んだりするように、人と喋ることが大事なんやなぁと思ったんです。
だからこそ2014〜2015年は国内外を問わず、さまざまな方とコラボレーションさせてもらったんです。今まで自分たちが収穫したものを寄せ集めて、鍋にして食べようやみたいな感じでしたね(笑)。それで再び種まきの時期がきたら、それぞれの道に帰っていく感じでした」
もっとも彼自身は停滞していたわけではない。Toro Y MoiのソロプロジェクトLes Sins、YUKI、矢野顕子、Ryan Hemsworth、LoFiFNK、東京女子流、パスピエ、さらうんど、KLOOZ、三浦大知などをはじめとするあらゆるジャンルのアーティストへのプロデュースやリミックスワーク、コラボレーションをしてきたなかで自分自身のクリエイティヴにフィードバックされた部分はあるのだろうか。
「もちろんです。いちばん大きかったのは矢野顕子さんの言葉です。
冬の時期の怖さもあってか『ぐるぐる回っている時代のなかをどうやって生きてきたんですか?』と先輩方に聞いてまわりました。新作のライナーで対談した師匠の阿木譲さんは『それはぐるぐる回っているんじゃなくて、塔を上がっていることをイメージしなさい』とおっしゃられたんですね。『先細りしているように思えるけど、上へ上へと向かってサイクルが早くなっているだけやから大丈夫や』と言われて、それは僕も納得したんです。
ところが同じ質問を矢野さんにしたら、『灯台の光が回っているだけだと思いなさい』とおっしゃったんです。『自分は一か所に留まっているけど、灯台の光はずっと周回し続けている。光が当たるときもあれば、当たらないときもあるし、光が遠い場所にいくときは怖いけれど、そこに光があると分かるから動かずじっとしていなさい』みたいな。無理に光の方へ動いてしまうと、一生その光に追いつけなくなるよって言われたんですよね」
長きにわたって第一線で活躍してきた天才ならではのエピソード。しかし後日談があるという。
「これはいい話やなと思っていろんなインタビューで話したんですよ。それからしばらくして矢野さんに会って『あの話、めっちゃいい話ですよね』と伝えたのですが、自分の話したことをまったく覚えてないそうなんです(笑)。何回説明しても『私は周囲の人を照らす灯台ってことか』みたいな謎の解釈をして。やっぱ天才は違うなぁって思いました(笑)」
音楽は未来を伝えるメディア
彼のいう『冬の時期』に制作してきた楽曲群のなかで、ビデオで発表されたのが「The vase」、そしてアルバムタイトルにもなっている「Collapse」。この2曲はアルバムのキーとなっている曲だという。
作品には制作者の意図が介在し、自身の思いが必ず投影されているものだと思っていたため、その2曲の制作の意図を聞こうとしたところ、Seiho氏の口からは予想外の言葉が飛び出した。
曰く「時代の空気や自分の思想、哲学よりも音楽が先行し、制作した音楽に対する解釈は曲が完成したあとに徐々に判明していく」というのだ。作る側にしか分からないであろうその感覚について、具体的に話してもらった。
「音楽を作り続けてると、自分でも気づかないうちに感覚が先行してしまうんです。だから音楽を作っているときは哲学とかを意識していなくって。
たとえばモジュラーシンセの機械的な音にあたたかみや人間味を与えることをしていても、そのときは自分のなかでそれが面白いからやっているだけなんです。あとから聴き返すとそこに哲学があったりすることに気づく。『だから俺は機械にあたたかみを与えてたんや』っていうことがより分かってくるみたいな感じですね」
さらに興味深い持論が展開されていく。
「音楽はメディアで、音楽家はそれを伝達するもの。だから僕らは音楽というメディアに宿る『未来』を伝えていくのが役目やと思うんです。
アーティストの種類は、2パターンあって。ひとつは事件が起こっていることを先読みして作品を作る『報道タイプ』。もうひとつはミュージシャンにも多い『当事者タイプ』。時代に巻き込まれてしまって、なにが起きているのか分かってないけど、それを伝えなきゃいけないと思う人ですね。
僕はまだ若いのもあってか、どうしても時代に巻き込まれてしまうんですよね。だからこそ自分が置かれた状況を、あとから冷静に分析して伝えようとするんです。その姿勢がアーティストとして肝になる。未来のことが見えていなかったり、なにを伝えるべきかわかっていなければ、アーティストとして活動していてもあまり意味がないかなと思います」
演出は観客との距離を測る実験ツール
アーティストはその時代で起きていることや未来に起きることを聴衆に伝えるために存在していると考える彼は、音源のみならずライヴも非常に独創性に満ちている。ライヴ中に行われるさまざまな演出も、彼にとってはメディアのひとつなのだろうか。
「演出に関してはひとつひとつに意味はありますね。牛乳を一気飲みしたのは2013年以降で、意図としては演出がお客さんにどこまで届くか、そしてパフォーマンスでどこまで視覚的に盛り上げられるかエンターテインメント的に実験したい気持ちがあって。なので生け花も牛乳も演出としては音楽に近いですね。
ただ、そういった演出は僕の思い出にリンクしてくる話なので、それをお客さんに伝える意図はないんです。それよりも大事なのはお客さんがそれを見てどう感じるかですね。
僕のなかで美化された思い出やナルシシズムが、なぜかお客さんのパーソナルな部分と根深いところで共鳴するときがあって、そういう共通感覚が生まれたときに面白いなと思いますね」
「Collapse」が描き出すディストピアな未来
まだ見ぬ近未来をエンターテインメント性をもって提示してくれる彼は、「Collapse」が完成したことでまた少し先の未来を見ることができたという。彼が『Collapse』を通じて世界をどのように見ているのか。
「これまで話した通り『Collapse』は思想性とか哲学が先行してることもあって、僕が今聴いても読み取れる部分っていうのが40〜50%くらいしかないんです。ただアルバムを通して僕は『人のいない世界』っていうテーマを大きく描いていて。
今後ますます都心に人が集まると思うんですが、そうすることで人間同士のいざこざの危険度も上がるじゃないですか。その先にあるのは、まったく誰とも会わずにご飯が食べられて、まったく誰とも会わずに買い物ができるオートメーション化した世界、人がいるのにいなくなってしまったような世界だと思うんです。そういう状態を音楽的に表しているんですよ。
そしてそんな世界の是非や正悪を現実的に皆で考えていくのが2020年なのかなと思ってます。
今回の作品は哲学や思想を探すことが目的だったのもあってか、僕しか読み取れないようなメタなものが多いんですよね。そこを普通のリスナーやお客さんでも読み取れるような言語やわかりやすい事象に置き換えて、エンターテインメントとして楽しんでもらうことがこれからの目標ですね」
取材を終えてみると、これまで謎めいて見えていた彼の姿がとても鮮明になった気がした。音楽を通して自分自身を見つめ、聴衆と対話し、ディストピアな時代の流れすらも読み解いている。そして私たちが知りえない世界を、絶妙な距離感で教えつつも楽しませてくれる。彼がそうして私たちに歩み寄ってくれるように、リスナーである私たちも、もう一歩近づく意識を持つことで、きっと電子音楽の世界はさらに大きく広がると感じた。
6/30(木)には渋谷WWWにて「Collapse」のリリースパーティが行われる。このリリースパーティは、Seiho氏自身もはじめてのバンドセットによるライヴということなので、個人的にも非常に楽しみにしている。まだSeiho氏のライヴを見たことがない人、すでに体験済みの人ともに必見のライヴであることは間違いないので、ぜひこの機会に足を運んでみてほしい。
photographer : Michito Goto / 後藤 倫人
『Collapse』
Seiho
(Leaving Records/BEATINK)
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