気鋭のサウンドクリエイター「Albino Sound」が打ち鳴らすネオトーキョーサウンド

深く息を吸い、古びたインターホンを鳴らす。家主が玄関口にあらわれるまで、やけに静かな数秒間が流れる。緊張の糸は張りつめたままだった。ゆっくりと開いたドアから寝癖そのままの男が現れた瞬間、ぐっと握りしめていた手の力が少しだけ抜けた気がした。

彼との出会いは一年半ほど前。私が西東京のとあるイベントスペースで手伝いをしていたときに、知人からサウンドクリエイターとして紹介された。長身に加え都会的な佇まいに、大阪育ちの私は思わず固唾を呑んだ。

当時東京ではRed Bull Music Academy2014が開催されており、10代の頃からの電子音楽好きも相まってか、目の前の彼が世界中のアーティスト志望の人々から選ばれたアカデミー生だと知ったときには目玉が飛び出る思いだった。

実際に彼の作る音楽をはじめて聞いたとき、脳内細胞が弾けるような感覚に襲われ、気づけば体が無意識に揺れていたことを今でもハッキリと憶えている。彼の名はAlbino Sound(アルビノ・サウンド)。


器は変わらないけれど、コップの中の水を一回捨てて入れ替えた感じ


今回新しいEPがリリースされたとのことで取材を申し入れたところ、日々その音楽が生み出される彼の自宅へと招かれた。一歩足を踏み入れるとそこには機材がところ狭しと並べられ、足元にはレコードや本が折り重なるように積まれていた。布団はそのまま敷かれていた。

雑談をしながら「最近の趣味なんだよね」と古びたレコードプレイヤーにそっと針を置くと、SNDの『cassette』が静けさとともに流れ出した。出会いのきっかけの話で場が和んだ後、インタビューが緩やかにはじまった。

生活が垣間見える部屋の片隅に座り、Albino Soundが広く世に知られるきっかけとなったRed Bull Music Academy Tokyo2014について、1年半を経た今の心境を聞いてみた。

「体の中の水が全て入れ替わった感じで、完全に自分の中の気が変わった。あれだけ大きなところで、いきなり自分が認められる存在になるのは確実に自分の自信になるし、そうすることで自分をはじめて肯定できるというか。特にこんな音楽作ってたら、まぁ一般家庭の親は理解できないわけじゃないですか。でもやっぱりあれだけの結果を残すとさすがに親も応援してくれるようになりましたね」


突如はじまったというアーティストとしての不慣れな生活に、当時はフラストレーションを感じていたようだ。Albino Soundの名が広く知られるきっかけとなったRBMAは、月日を経て彼の中で一体どういう存在となったのか。

「今は多分Albino Soundとして世の中も見てくれてるし、自分も別にRed Bullの人だとはあんまり思ってないかな。たとえばバークレー(アメリカにある名門音楽大学)で音楽学んだとして、卒業してからもずっとバークレーバークレー言ってる奴ダサいでしょ?(笑)

でも大きな機転だったし、自分を指し示すものとして必要だとは思います。それは僕のことを知らない人が見るときにはね。ただ僕のことを知ってる人からしたら、別にどっちでもいいんですけど」


東京の音楽シーンに感じていた閉塞感から脱出するために

バブル崩壊とほぼ時を同じ頃に生を受け、混沌とした2000年代に多感な時期を過ごした彼は、当時から東京の音楽シーンに蔓延する閉塞感に違和感を感じ続けていた。その違和感はどこからやってきて、なぜ東京に対して嫌悪感を抱くようになったのかを聞いてみた。

「大都市って人種の坩堝なわけじゃないですか。結局僕が嫌いなのって、その中にある『成り上がりシステム』なんですよね。音楽に限らずやっぱ日本って縦社会のヤンキー文化が未だにあって。より具体的に話すなら、上の世代が築いてきたクラブミュージック界隈とかもいまだにバブルのノリを引きずってて、それを守ろうとしてるというか。

そういう部分にずっと辟易してたし、『しょうもない』と思ってました。『現代のカルチャーはこれだけ細分化されてるのに、なんでそれを通す筋が一本しかないんだろう。くだらないな』って思うことはありますよね。個人として見れば素敵な人たちばかりなのに、社会として見るとそういう文化が未だに残ってるのはおかしいなと思います。だからそこからどう外れて活動していくかを考えながら、ここ一年やってきたっていうのはあります」

その一方で、18の頃から東京で過ごすことで感じた焦燥感や孤独は創作のエネルギーになっていたとも語るAlbino Sound。社会にあるひずみをエネルギーに変え、音楽へと生まれ変わらせる感覚にクリエイターとしての本質を垣間見た気がした。


そして『成り上がりシステム』からの脱却に対する彼の音楽への向き合い方は、驚くほどに真摯なものだった。その真面目さと人柄もあいまってか、彼を現場で目にする機会はここ1年で確実に増えている。

「前に比べてライブする機会、オファーもらう機会が増えました。『THE・クラブ』的なところじゃない、色がつかないイベントに出させてもらえてると思います。けど自分の手の中でコントロールできるようにして、ひとつひとつの現場を大事にしないと意味がないですよね。その中で毎回違うことをしようっていうのは絶対に常に考えてます。それを繰り返すことで自分のスタイルは作られていくし、何を表現すればいいかも分かってくると思いますね。たとえばそこで失敗しても、それは結局長い道筋で見た中の積み重ねの段階だから構わないんですよ。作品はまた別ですけどね。ずっと形に残るものだからそこで後悔はしたくないですよね」


「お前のクラブミュージックはどこで止まってんだ?」

音楽が簡単に消費される時代、飽和したクラブシーン。東京のクラブミュージックに手詰まり感を覚えていた彼は、過去に縋り付く大人たちに鋭く噛みつく。

「東京のクラブミュージックを思うと、すごい手詰まり感があると思うんですよね。守ることはできるかもしれないけど、ある意味広げようがない。『今まで自分たちが積み重ねてきたものが・・・』って上の世代は言うかもしれないけど、『だから何も変わらないんでしょ?』って思います。

僕はこういう音楽を作ってるけど、それを向ける対象を特に限定してないし、断定もしてないです。そこで『あれはクラブミュージックじゃねえ』って言われるんだったら、こっちからしたら『お前のクラブミュージックはどこで止まってんだ?』ってなっちゃいますよね。

だから去年『Cloud Sports』っていうアルバムを作ったこと自体が、それに対する自分の中でのカウンター的なアプローチだったんです。いかにクラブミュージックというフォーマットを使って違う表現をするかが、今自分のテーマで面白いと感じているところです」

「その表現は『もちろんクラブでも機能すること』だと思うし、今って『FUNCTION』みたいなアーティストのテクノがテクノだと言われなくなってきていて。フロアでもキックが無い時間も平気であるようになってきてるじゃないですか。昔みたいにずっと四つ打ちが鳴っていなくてもクラブミュージックと言われるようになってきてる。

そうであるなら、あまりにかつてのフロア向けに作られたものより、『FACT』のMixみたいにホームリスニング用ぐらいの感覚で作られたものの方が、今は面白いしちょうどいいのかもしれないって思うんですよね。

テクノミュージックというフォーマットの音楽が始まってから20〜30年経って、フロアは完全に成熟したんだと思うんですよね。となると当時のパイオニアやシーンを作ってきた一番上の人たちは保守層になってしまってきているんですよね。

そのなかで今、『じゃあ誰が今、領域を拡張しているか』って思ったときに、日本だとEYE(boredoms)さんが常にぶっ飛ばしてるなって思いますね。EYEさんのDJは常に面白いし、柔軟に新しいものをかけるでしょ? そういうことだと思うんですよね」


アウトプットの意味を履き違えてはいけない

行き詰った東京の音楽シーンに、異議を申し立てるように音を鳴らすAlbino Sound。孤軍奮闘で楽曲制作をしてきた彼は、あるときバンドブームに沸く若い世代の中で、ひときわ輝きを見せる原石D.A.N.(ダン)のボーカル櫻木大悟に出会う。今では同じ舞台で何度も共演し、プライベートでも親交があるという彼ら。違う世代に生きる彼の感覚はAlbino Soundにとってとても興味深いものだった。

「86年生くらいの人たちはみんな大体遅咲きなんですけど、今の子たちは20歳とかでちゃんと素直に自分を『僕はこれです』ってアウトプットするんですよね。それがハッキリ見えたのがD.A.N.と会ったことでした。大悟は22歳だけど、人に会って久々に価値観が更新されたなぁと思いましたね」

「彼らってゆとり世代のさらにあとの世代で、全然変に媚びないんですよ。横並びで台頭するアーティストに対しても『友達のバンドの表現がすごい好きだよ』みたいなわけでもなく、ただ『まあ世代が一緒だけどアイツはあれをやってるし、自分は自分でこれやってるし』みたいな。ある意味で、ドライな部分が備わってることがすごくいいと思うんです。

でも上の世代の人たちが若かった頃って皆に与えられた情報量が少ないから、海外などで流行しているトレンドをいち早くインプットして、それをいかにカッコよくわかりやすく日本に持ち込むかが『アウトプット』だと解釈していたと思うんですよ。でもそれって本質的には、アウトプットじゃなくてインプットしたものをそのまま横流しにしてるだけなんじゃないかと思うんですよね。

本当の意味でのアウトプットは、自分の中で一回混ぜたものをまた別のものとして出すことだと思うんです。それを体現してるのがD.A.N.だと思うんですよね」


D.A.N.と出会ったことで時代の先を垣間見たAlbino Sound。希望の種が芽吹きつつある今、もしかすると音楽シーンの未来は、想像以上に明るいのかもしれない。

「同じような表現をする仲間が増えていく予感はもちろんあるし、そんなに自分で意識しなくても良くなってきてる感覚はあります。ジャンルに対する受け止め方の偏見はどんどん無くなっていくんじゃないですかね。

それは多分、日本が負けた瞬間から遠ざかったっていうことなんだと思いますよ。今の40歳以上の人たちは、まだ自分たちが敗戦国であるっていう皮膚感覚で生きてると思います」

「今の子たちにそんなこと言っても『何の話ですか?』としかならないと思うんですよ。若い子に対して『平和ボケしてる』って言う人もいるけど、そうなっていかないと平和にはならないよって思います。そうじゃないと日本の文化は次の段階に行けないと思うんですよね。今は、もっと常に想像力とイメージを自由にすることが大事だと思います。

その中から生まれてくるものを、自分なりに取捨選択して表現と次の可能性に広げていくかっていうことが本来一番フラットな社会とか文化の成り立ち方なんじゃないですかね。その中にはフラストレーションやヘイトも必ずあって、だからこそ次のものが生まれてくるんだけど。上の世代に対しては『ちょっとねじ曲がりすぎてるよ、もっとクールにやろうよ』って思いますね」


常にイメージを広げることを考えていれば表現は腐らない

気付けば彼の口から発せられる言葉に夢中で聞き入り、かなりの時間が経過していた。レコードは何度も裏返しては取り換えられ、終わりの時刻が迫っていることを知らせているように思えた。そして最後に彼が思い描くこれからの「可能性」と「未来」について聞いた。

「最近先のことをあまり考えないようにしてるんです。今を積み重ねないと、現実に未来になりませんよね。僕は今こういう目線でモノを見てて、こうフォーカスしたいからこうしてて、でもこれを今こうすることでこっちに今度行ける可能性はあるけどっていう可能性だけはすごい考えますけどね。

未来においてどうしたいっていうのは分からないけど、最終的に僕がやりたいのは映画音楽です。これは死ぬまでに絶対やりたい。仕事的な感じで言えば広告の音楽をもっと増やしたいですね。広告音楽・映画音楽とかその他媒体の中での『音楽っていうもの』の可能性はビジネスとしての伸び代もまだまだ感じますね。あとはもう想像力ですよ、イメージ。常にどこで何をしてようが、ちゃんと自分のイメージを持って、常にそれを広げることを考えていれば表現は腐らないと思いますよ」


東京という街に飲まれて暮らしているような気分だった私は、インタビューを終えたと同時に自分の社会における立ち位置を考えていた。まさにゆとり世代の私は、このインタビューを通して自己主張とイマジネーション、つまりは自分と向き合うことの大切さを彼から教えてもらった気がした。

インタビュー後、演奏しているところを撮らせてほしいというわがままをすんなり引き受けてくれた彼が、即興で演奏してくれた曲をなんと提供してくれた。Albino Soundの体内といっても過言ではない部屋でのインタビューによって、既に彼の世界に取り込まれていた私たちの脳内に響く低音と、その上で浮遊する尖った音の粒は、まさにイマジネーションを喚起させるものだった。是非、彼の言葉と共に聞いてほしい。


photographer : 後藤 倫人  / Michito Goto

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