服屋に入ると、お店の人と常連さんの会話を聴くのが好きだ。
会話のリズムとか表情、何気ない動きから生まれる雰囲気がゆったりと店内に充満して、お店の輪郭が見えてくる。そんな感じがたまらなくいい。
自然体でいるってこととか、カッコつけない格好よさとか。そんなことを知っている人たちが集まる、街の休憩所みたいな古着屋が高円寺にある。
緑色のマジックで「深緑」って書かれた段ボールが目印。たぶん、正式な名前は「古着屋 深緑」で、ここのオーナーがSHOGOさん。
「高円寺にいい感じの古着屋があるから、一緒に行こうよ。すごく面白い人がいる」
いつもどおりの突然の電話で、MOUTAKUSANDA!! magazineの編集長に誘われたのが昨日。「古着屋さんって、おしゃれで緊張するんだろうな」って、内心ちょっと尻込みしながら着いて来た。
「そういえば、SHOGOさんって深緑始める前はスタイリストのアシスタントやってたんですよね。そのもっと前は何してたの?」
「料理やってたんだよ。イタリアンのコック。次にけっこう大きい通信会社で働いて、その後がアパレルのVMD」
「VMDってショップのディスプレイとか作るやつだっけ。で、その後がスタイリストアシスタントで深緑か」
ふたりの会話を聞きながら、私は店内をぐるぐる眺めていた。
すっごく洗練されているわけではないけど、大切に選ばれたことが伝わってくる服が並んでいて、綺麗だと思った。いい意味で、肩の力が抜けているっていうのが、第一印象。体温と馴染む服に寄り添うように、デザイナーや写真家の作品が確かな存在感を放って佇んでいる。
「そもそもなんで『深緑』って名前なの?」
そう尋ねられるとSHOGOさんは、地球に優しい色だからとか、いくつか理由を説明してから、少し笑いながら壁を指差す。
「あとね、あそこにある……みんな気付かないんだけど、エアコンの下あたり。よく見るとなんか置いてあるの、わかる?」
「え、何も置いてないよ」
私も思わず視線を投げる。
「あれ? 鏡じゃないのこれ?」
「ちがうちがう。それ、レコード盤。ajicoのレコード」
「ああ、“深緑”って曲あるね」
「そういうこと。プレゼントしてくれた人に『どこに置く?』って聞いたら『そこがいい』って。お守りみたいな感じで置いてるんだよね」
『深緑』は、映画やドラマ、雑誌などの衣装協力をやっているかと思えば、Tempalay、Yogee New Waves、LUCKY TAPES、odol、eimie、綿めぐみなど・・・たくさんのミュージシャンの衣装協力やスタイリングもしてる。きっとみんな一度はスクリーンやPVなんかで『深緑』の服を見てるはず。
アーティストたちも、単純にひとりのお客さんとして、『深緑』やSHOGOさんが好きで集まっているみたい。SHOGOさんはどんな人にも等しく、リスペクトと愛を注いでいる感じがした。
「SHOGOさんって、人を紹介して繋げまくってるよね」
「最初は“見返りを求めないでやろう”って意識しながら、人を紹介してってやってたんだけど。今じゃもう、ほぼ無意識にやっちゃってるね。みんなの笑顔を見てたら楽しくてついね。そうなってくると、自然に人が集まってくれるんだなあって思った」
話を聞いているだけで、ゆったりしたリズムと、誰でも受け入れる温かさが体に流れ込んで来る感じがする。
「弟みたいな常連の子がいるんだよね。感性が鋭くて。その子が見返りを求めない精神を背中で教えてくれたっていうか。どこか不思議な子で、シックスセンス的なものを持ってるっていうのかな」
「ひとりひとりとの付き合いがディープだよね」
「そうだね。最近特によく思うんだけど、“人は鏡”だなって。良い感じの人が来てくれてるってことは、自分も良い状態なんだなって確認できる。だから、若い子たちが『嫌なヤツいるんすよね〜』って言ってたら『最初に我が身を見るといいよ。原因は自分かもしれない』って伝えるんだよ。自分自身にも、言い聞かせながら」
「昔はさんざん悪いことしてきて。ことごとく天罰下ったね〜。当時と比べたら、今は自分の格好悪いところも見せられるようになった。喋り方まで変わっちゃった」
「柔らかい感じじゃなかったの?」
「もう全然。トゲトゲしてたと思うよ」
「想像つかないな〜。変わるきっかけって?」
「かなりツラいことがあって。自分にも悪い部分があったんだけど、ここの立ち上げの時と重なって、もうはちゃめちゃ。苦しすぎて、マジで毎日朝が来るのが嫌だった。その時に、悪いことをしたら全部返ってくるっていうのを、教わりすぎちゃったね」
天井に飾ったドライフラワーのあたりを見上げながら「こんな話してていいのかな? まあ昔のことだから」と言って、笑った。
「今じゃ、地方からもお客さんが来てくれて。すごくありがたいよね。ジュース買ったり、ごはん連れてったりとかして。よくサッカー選手が引退後に子供達にサッカー教えたりするでしょ? 前は『あんなの綺麗事でしょ』って思っちゃうタイプだったけど、今はよく分かる。次の世代に伝えていくんだな〜みたいな。“こういうことしたら人として良いよ”っていうのを伝えるお店っていう感覚。ファッションとか服だけじゃなくて。でも、教えてるようで、自分が教わってることばかりだってすごく思う」
「SHOGOさんって、こういう話をしてる時すごく良い顔するね」
私もそう思う。
「年齢関係なく誰に対しても『どうもありがとうございます』って深々お辞儀できる格好良さっていうかさ。たまに行くお店のマスターがそんな感じで、グッときちゃって。
つい、『俺も大したもんだな〜』って思っちゃう瞬間もあるけど。でも格好つけるのって、そうしないと格好つかないからだって分かったんだよね。今日も写真撮ってもらえるから髪切ろうか迷ったけど……いつも通りでいいや!って。そのほうが自分らしいもんね」
「俺がハタチくらいのときに、近所にこういう店があって、SHOGOさんみたいな人がいたら良かったなーって思うな」
「俺もそう思ったの。何でも話せる兄貴みたいな。最近みんなに言ってるのは『偶然じゃなくて必然である』っていう。なんか、名言めいてきたね、ハハハ。今日ここで僕たちが会ってるのも、必然なんだよね。だから、さっきから誰も入ってこない。『こうやって話す日だったね』って考えると全てが良いよね」
本当だ、話を聞き始めてから、不思議と誰も入ってこない。ゆっくり深緑の時間の濃度が増していく。
「もっと先のこととか考えてる? ずーっと先」
「先のこと/」
「うん、10年とか20年先」
「えー、どうなんだろう……。考えてんのかな。うーん、良い人でありたい」
「絶対これを成し遂げたいとかそういうことはないの?」
「あんまりないかもね〜。服に関しては柔軟性を持っていたいな。芯はありながらも自分の感覚を柔軟に取り入れて」
「あとは?」
「死んだときみんなに『あの人いたよね』って思ってもらえるといいよね。お金は死んだら持って行けないから。スタッフの給料を上げられるくらいになったらいいけどね、それくらいかな」
私たちを見送ってくれる時、SHOGOさんは階段を降りながら「服を売るだけじゃなくなったんだよね」と呟いていた。今日だって、ほとんど服の話なんてしてないのに、気づけば2時間以上経っていた。
「カッコつける必要があるのは、カッコがつかないからだと思うんだよね」
そんな言葉を思い出しながら、改めて店内に並ぶ洋服を眺めてみる。カッコつけてないからこそ、カッコいい服。生活とか生き方のスタイルに寄り添った古着たち。
『深緑』の服を着たら、自分らしい魂の居所が分かるかもしれないって、ふとそんなことまで考えてしまう。
そして何より、SHOGOさんにまた会いに行きたくなっちゃうんだよね。
photographer:七咲友梨/YURI NANASAKI
text:小島マメ/MAME KOJIMA
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