「HHH gallery」を運営するアーティストHAROSHIの価値観

日本では80年代から徐々に美術館でも画廊でもない自立したオルタナティヴ・スペースと呼ばれるアートスペースが増えはじめた。オルタナティヴといっても、その規模はさまざまで、レジデンス機能を備えた施設から、アーティスト自身が運営する「アーティスト・ラン・スペース」まで幅広い。


そうしたスペースは既存の美術館や画廊と比べると、自由で柔軟な表現ができることから、実験的な表現の場所となることが多い。むしろ自由に表現をしたくて設立することが大半だ。そして、そういう場所は磁場となり、近しい感性を持った面白い人が引き寄せられてくるものだ。


昨年3月にオープンした『HHH gallery』(エイチギャラリー)はスケートボードで彫刻作品を作るHAROSHIと、パンクやハードコアミュージックシーンでアーティストとして活動するUSUGROW。そしてドイツのアート系出版社ゲシュタルテンの日本支部を担当する半澤順子。店舗設計デザイナーとしても活動するミュージシャンの山嵜廣和(toe)、映像 作家のMINORxU、写真家の松島幹などそうそうたるメンバーが連ねているアーティスト・ラン・ギャラリーだ。

この場所はあまり有名とはいえない葛飾区の堀切菖蒲園駅から徒歩5分のところにある。


今回私はHAROSHIさんと半澤さんにインタビューを行うべく、HHH galleryに伺った。まず葛飾区にほとんど来たことがなかった私。堀切菖蒲園駅に降り立ったとき、なんとも言えないゆるい空気に、今回の訪問に対する緊張感とのギャップに肩透かしを食らったような気すらした。

駅からギャラリーに向かうアーケード街の建物は、最低でも築30年は経っていそうな昭和の雰囲気が漂う。3階建て以上の建物がほぼなく、空がとても広く感じた。

大袈裟なことを言うはないけど、『本当にここに世界中にファンを持つHAROSHIさんのギャラリーがあるのか?』と何度か疑ってしまうくらいだった。民家が連なる道をしばらく進むと、いきなり清潔感のあるガラス張りのちいさな建物に「HHH」の文字を見つけた。



ギャラリーの中に入ると先程まで感じていた下街の情緒ある生活感が一気に消え、あたりをギャラリー特有の静寂が包まれた。そして真っ白な壁に映える、現在開催中の山口歴さんの展示『UNKNOWN SCORCHER』の作品に目を奪われた。

目に刺さるような色の鮮やかさ、大胆なブラシストローク。とにかくでかくて重そうな重量感におもわず「かっこいい・・・」と漏らした声が高い天井に響いた。

私たちを入り口で暖かく出迎えてくれた半澤さんのお話を伺いながらこれらの展示を見たとき、私は2年前に『BCTION』というイベントで山口さんの作品を見たことがあったことを思い出した。当時は平面の表現をされていたので、なぜ表現方法が変わったのかを半澤さんに尋ねてみた。


「展示直前のアーティストのエネルギーって凄まじいものがあって。もう緊張して寝れなくって、とにかく作品に向かったときのほとばしるエネルギーみたいなものが作品に表れてますよね。在廊しているHAROSHI君も『まだ30歳なんだから、1日2日寝なくたって大丈夫でしょう』って話していたようですよ」

たくさんのインクをつかった作品には、色が交差し、混ざり合い、隅々に美しい混沌が出来ている。流れのある色に勢いが見え、半澤さんのいう『ほとばしるエネルギー』みたいなものを感じていた。


キャンバスの概念を崩し、偶発的にできた筆跡を立体に浮かび上がらせることで、その筆跡やタッチが大胆であると同時にとても繊細だということがはっきりと見える。白い無機質な壁がシルエットを浮かび上がらせ、より存在感を引き立たせていた。


山口さんは現在NYを活動の拠点に制作を行っており今回の作品もNYで作られたそう。日本では初個展となり、アップカマーとしての期待が高い。

半澤さんと話し込んでいる間に、HAROSHIさんがやってきた。隣にくるとHAROSHIさんは「どうですか? かっこいいですよね」と穏やかに語りかけてくれた。


HAROSHIさんは使われなくなったスケートボードを素材にし、独自の彫刻手法で作品を作り出しているアーティストだ。

これまでに東海岸スケートカルチャーのレジェンド、Keith HufnagelのアパレルブランドHUFとスケートボードデッキブランドDLXがコラボで個展を開催したり、The berricsでのスケートボード最高峰の大会<BATB>のトロフィーを5年連続で手がけてもいる。


自身も10代の頃スケートボードカルチャーに心酔し、それからというものアーティストとして最前線で活躍をするHAROSHIさんがなぜギャラリーを開くこととなったのか聞いた。

「元々はこのスペースのオーナーが別にいたんですけど、その人がいなくなるというので、誰かが借りなくてはいけないという話を小耳に挟んだんです。最初はまったくギャラリーにするつもりはなかったんですけど、半澤さんに場所を見せたときに、冗談で『ギャラリーとかやったら面白そうだよね』って話をしていて。その後USUGROW君に会ったときにその話をしたら、『やりましょうよ!』って乗ってきて。それから具体的にギャラリーにすることをみんなで考えていきました」


仲間内で話している妄想話がどんどん面白そうでやってみたくなってきた、というのはよくあることだが、その場一発のノリに終わらせないで、実際にギャラリーを運営するところまで持っていくのはそう簡単なことではない。まして3人は皆、第一線で活躍するアーティスト。単純に、スケジュールを合わせるだけでも難しそうと思ってしまう。


「僕一人じゃできないことだったし、展示するアーティストさんも一人で決めるとかたよっちゃうこともある気がしたので、半澤さんとUSUGROWくんとだったらできるかなって思いました。それでもちょっとなめてたなっておもいますね。ギャラリーって思ってたよりも大変っていうのも学びました(笑)」

3人で話しているうちにギャラリーを作ることになったと言うが、そもそもHAROSHIさん自身、ギャラリーをやってみたいという気持ちは昔から抱いていたのだろうか。


「僕は今NYのJonathan Levine Galleryっていうところに所属していまして、NYはアートが高額で取引されているような場所なんです。でも僕は値段が高いからいいアートというわけではないとずっと思っていました。安くても、高額な作品よりかっこいい作品が、世の中にはたくさんあるんだってことにも気がついていました。

僕はアートを買って家に飾るのもすごく好きで、見ることも多いんですが、『この作品、すごくいいのになんでみんな知らないのかな?』と思うこともよくあって。そういうものを紹介できたらいいなと思っていました」


価値を評価されている作品と、それと同等に価値があると思っている作品でも値段が付けられていないもの。様々なケースをアーティストとして活動する中で見たことで、思いは強まっていったようだ。


それだけではなく、HAROSHIさん自身がクリエイティブなスピリットを持った若者がチャンスを求めて集まる、NYのアートシーンに触れている経験があってこそだとも思う。

「今回展示をしている山口歴くんも6、7年前にNYで出会って。彼はあるアーティストのアシスタントしていたんですよ。『うわ、こんなに頑張ってる人がNYにもいるんだ』と思って刺激を受けたんです。まだ僕も全然名前も売れていなかったので、『お互いに頑張ろうね』とか言って。去年NYであった時に、僕らがギャラリーを始める話をしたら、やりたいと言ってくれて。そういうつながりで展示してくれる作家さんが多いです」


アカデミックなフィールドからのアプローチではなく、アンダーグラウンドから始まったものをメインストリームに持っていきたい、と思うのは、無名の時期の経験や人しれない苦労があったからこそ、同じ境遇にいるアーティストの気持ちがわかるのだろう。


「前にJames Jarvisのショーをここでやったんです。Jarvis自身も言ってましたけど、以前日本で爆発的に流行って、流行り過ぎてその後メディアではなかなか見ない状態が続いていたんです。でも最近の絵がすごくよかったから、コンタクトをとってみることにしました。

実際にやってみたら、苦情きちゃうんじゃないかってくらい、ギャラリーの外に溢れるほどの人が来てくださって。Jarvisのあの作風が、結構な範囲で日本の人に伝わったなっていう実感はありました」

『アーティスト・ラン・ギャラリー』は美術館での展示ではなく、自分たちでやるからこそ自由で柔軟な表現ができるというのが最大のポイントだ。どこかで『そうきたか』と思えるような意外性のある展示をアーティストも観客も期待をしている部分がある。


「会期も終わるころ、僕らみたいな小さい場所なのになぜやってくれたのかとJarvisに尋ねた際に言ってくれたのが、『コーポレイトの仕事みたいに作品を作って、サイン書いて、終わりみたいなビジネスと、こうしたインディペントな所で生み出したものは価値の質やベクトルが全く違うと話してくれたんです。

書くものを一緒に選んだり、一緒に車でいろんなところを巡って、生活を共にしてみんなで一体となって作った展示だったから、大きさは関係ないんだよということなんだと思います。ここではアーティストと一緒に展示を作り上げれたらいいなと思っています」


取材を終えた私と編集とカメラマンの3人はHAROSHIさんや半澤さんがアーティストらとよく行くという駅近くのラーメン屋に立ち寄った。どんな街にも一件はある昔ながらの味のあるラーメン屋だ。

ラーメン350円、餃子250円。シンプルで雑味のない懐かしいしょうゆ味のラーメンを頬張りながら、自らもアーティストの最前線でありながら、ギャラリストとしてアーティストのことを思い、全力を注いでいるHAROSHIさんの人柄とJarvisの言わんとすることが、少しだけだけわかった気がした。

次回は5/14から6/5にかけて、静岡のアーティストTakeru Iwazakiの個展が開催されるようだ。私は今から訪れることを決め込んでいる。

Photographer:宇佐 巴史/ Tomofumi Usa

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