ユースカルチャーの情報基地「BOY」が渋谷で8年も支持される理由

今から20数年程前の1990年初頭。かつて渋谷系が全盛だった頃。「WAVE渋谷」に行き「FRISCO」そして「CISCO」を巡る。あるいはノア渋谷ビルというマンションの一室にある「ZEST」というレコード屋に行くのが、音楽好きの定番コースだった時代があったらしい。実際その頃10代ですらなかった僕は知る由もないが、海外の輸入版や音楽シーンを知るにはそうしたお店に行くのが一番手っ取り早かったそうだ。

今なら誰の力を借りるでもなくApple Musicを筆頭とするストリーミングサービスで音楽をDIGることが容易になった2016年現在、列挙した店舗は存在しない。

しかし、そうした土地に根ざしたカルチャーというのは、死に絶えたように思えても、そう簡単に消え去るものではないらしい。

「ZEST」があったノア渋谷の3Fの一室で、今の音楽好きや洋服好きたちに貴重な情報基地として知られているのが、Fashion&Musicがコンセプトのセレクトショップ「BOY」だ。

オーナーでありスタッフであるのは、TOMMY(トミー)の愛称で親しまれる奥冨直人。2009年2月、専門学校在学中に若干19歳で店長として開店。2014年独立・2016年3月で8年目に突入したという。

なかに入ると、マンガ、CD、DVD、VHSが所狭しと置かれている。たとえば、往年の名作『ロミオとジュリエット』のVHS、たとえば『IS』のマンガ。実家の本棚をひっくり返したように、雑然と自分に影響を与えた作品が置かれている所に、奥冨直人という人となりが現れている気がする。


「開店前で汚くてすみません。どうします?」

座って腰を据えて話をしたい。

そう伝えるとお店のドアの前で待っていた僕らを迎え入れ、そそくさと商品の洋服を移動させて、即席のスペースを作ってくれた。


自分が作ったリトルプレスを置かせてもらっているくらいなので、TOMMY君とは何度もやりとりしたことがある。だが「さて・・・」と改まってまじまじと目を見つめると、眼力がハンパじゃないことに気づかされる。

そういえば、いつもニコニコ接客しているところか、夜都内の何処かのライヴかイベントの現場で楽しそうにしている姿しか見たことがないからなぁ・・・、と独りごちる。

そんなTOMMY君が腰を据えて、今日のインタビューに向き合ってくれようとする姿勢に思わず襟を正した。 

元々は古着屋として立ち上げた「BOY」だが、あるときからCD・レコード・カセットなどのバイイングをはじめた。彼がバイイングしたCDは、完全なる自主版制作の音源であっても完売することもあるという。

「お店をはじめて3年目頃、DAOKOという女子高生ラッパーを知り、CDを置かせてもらえるようにアプローチをしたのが、今のようにCDやレコードも売るようになった転機ですね。はじめて聴いたときにとてつもない衝撃を受けて、絶対BOYで置かせて頂きたくリリースの4ヶ月程前から動きました。御取扱して店頭での反響が大きく、その高揚感は今でも忘れません。元々大好きだった洋服だけではなく、同じくらい影響を受けた音楽も取り扱っていけるんじゃないかという実感や手応えを感じたのは、そのときの経験が大きいですね」

目利きとなる服屋やセレクトショップがCDのバイイングもするというのは割と一般的なことではないか、と穿った視点の質問を投げかけてみる。

「文化的には今までもありましたよ。たとえば『LOVELESS』というお店では、KITSUNEレーベルのCDやアート系の写真集が沢山置いてあって、当時高校生だった僕は影響を受けていました。ただ実際に自分が複数の文化をBOYを通して伝えていこうというのは、新たな挑戦だったかもしれません」


「これまでの歴史とか文脈がどうとかではなく、純粋に俺がやりたいと思ったことをやっているだけだ」と、暗に言われた気がした。さらに続ける言葉に熱がこもる。

「そういう熱量で向かっていくと、本人ともいいコミュニケーションが取れて、新しいものが生まれたりするのを実感したんです。DAOKOが2ndアルバムに、このお店の名前である『BOY』ってタイトルの曲を収録してくれたのですが、それがとてつもなく嬉しくて。こういう感動をもっと増やしていけたらいいなって思ったんですよ」


今ではBOYにアーティストから新しい音源を置かせてほしいというオーダーが絶えないという。驚きなのが、去年取り扱った音楽のなかで一二を争うほど売れたのが、4月にフルアルバムをリリースするD.A.N.(ダン)に次いで、北海道のバンドAncient Youth Club(エンシェントユースクラブ)というアーティストの自主版制作の音源だということ。活動をはじめたばかりのアーティストの音源をTOMMY君がキャッチして、1つの店舗で飛ぶように売れるというのは、感度の高いリスナーがTOMMY君の感性やBOYを信じている証だろう。

こうして奥冨直人自身/BOYがハブとなって、インディーシーンのミュージックをフックアップする役割が果たせつつあることに手応えを感じつつも、まだまだ全然満足していないという。

「自分がポンと言ったことで大きく世の中が動くほどの立場ではないですから。ただ、じっくりと伝えていくことはできる環境だとは思うので。自分を含めた各々が発言権のある場やSNSからでも、所謂シーンは変化していくと考えています。ただトレンドになっているからといって自分が確実にいいと思えてないものを、無責任に提案していくことはないなと思っています。自分が愛情を持って提案したものに対するリアクションを素直に受けとめていきたいですね」


誰かが先陣を切って軽やかな足取りで道を切り開こうとするとき、先駆者が抱くマインドやビジョンを表層的に捉えてビジネスに変えようとするのは、いつもつまらない大人たちだ。

「それぞれ取り扱うアーティストは、自分にとってナチュラルにいいと思える人たちなだけなんです。たまたまここ数年はバンドの活動をはじめたばかりとか、初めての自主音源を出すアーティストを取り扱うことが多かっただけで。そういうのもあってなのか、なんだろう・・・誤解をされることもないわけじゃなくって。その人たちがマイナーな存在だから『いい』とか、一方で売れているから『いい』っていうのでもない。単純に自分自身の感覚で『いい』って思えているからやっているだけなんですよね。

あとFashion&Musicを自分が謳って形になっていくことは、もう素直に好きなことをやっただけで。同じ古着屋でも釣り好きなら、ルアーと古着を売ってもいいし。

これまで1人でやってきて、これからもしばらくは誰かと一緒にやるようなつもりもないので、わざわざややこしい話を持ち込まずにいこうと思いますね。自分が好きなものでいい文化を作ろうみたいな気持ちでやっているのに、変にビジネスっぽくなってしまうとつまんなくなっちゃうじゃないですか。

結構自分はあからさまなので、熱量がないことに対しては全然興味がなくなる。だから熱量と純度が下がるような話を持ちかけてくる人には、『邪魔をしないでくれ』っていう気持ちは正直あって。持論として『何かをやりたい』ってときにビジネスの視点が入りすぎていたらダメだと思うんですよ。まったくその視点がなくても不安ですが(笑)ただ本当にいいものであれば、結果は後からついてくると思うので」

自分が仕掛けようとしている物事を表層的に捉えて、便乗しようとする人に対する苛立ち。何かの物事に真剣に打ち込んでいる人なら、激しく同意できるポイントではなかろうか。

「人に伝えていく側なら、そういう自分自身のセンスで表現する責任がある気がしていて。嘘が混じればそれは伝わるし、自分自身にも背くことになるし。そういうなかで、『俺は素直に好きと思えるものだけをいいと伝えていくぞ』っていうだけの話なんですけどね」

そのアティチュードは服のセレクトに対しても同じだ。今年に入って、『GKRK(ゴクラク)』というファッションレーベルをスポットで立ち上げた。

「たとえば、『東京コレクションに出たい!』 というのを目先の目標に据えるのではなくって、月1程度でスポットとして小出しにしながら気軽に作っていきたいなという気持ちで作りました。自分自身が気に入ったお店なら、居酒屋に置いてもらうでもいいかなと思っているくらいですし。現状のファッション業界の売れ筋より、自分が作りたいもの・売りたいものを作っています。こちらのレーベルでも自分が26年間生きてきて、伝えたいことはこれだって思えるものを服に落とし込んで表現するだけですね。かといって他のブランドの人もこうであるべきだ、とも思っていないですし。『こういうやり方もある』くらいの感覚で、特別難しいことを考えているわけではないです」




これからの展望を語るときもTOMMY君は、あくまでフラットに、ただ言葉1つひとつにきちんと熱をこめて話す。

「イメージではこれからはBOY=自分と、自分=BOYにするための調整をしていこうかなって思いますね。たとえば、DJの地方遠征ももっとやっていきたいですし、『GKRK』の服も地方展開したい。BOYの服から興味を持って、たまたま店頭に置いてある音楽に興味を持つとか、どこかのDJで奥冨直人を知って、それを面白がってくれてBOYに来るとか、最初の接点がインスタでもリアルでも、BOYと奥冨直人に関わってくれる方が増えたらいいなって思います。イメージとして、自分自身のアトリエ兼1つの基地みたいな感じにBOYが成り立っていけるようにしていきたいなと思いますね」


「今ちょうど時代の転換点で、ここ最近ミュージシャンが多くの雑誌のファッションページやカヴァーを飾るようになってきているように思うんですよ。KANDYTOWN(キャンディタウン)やSANABAGUN.(サナバガン)やSuchmos(サチモス)をはじめとして。自分が中学生の頃に『StreetJack』にKICK THE CAN CREW、『Smart』にkjが出ているみたいな時代の空気に似てきているような気がしていて。存在感とセンスを兼ねたミュージシャンが時代を席巻するかもしれない。ここからの数年で本当に面白くなる気がします。その時に自分やBOYも影響力を持っていられたらいいなと思います」

--話し込んで気づけば、開店10分前。インタビューを終えるとせわしなく準備を進めるTOMMY君。

そして相変わらず、嬉々としてこれから注目のイベントや最近ロンドンでツアーを終えたというyahyel(ヤイエル)という日本人バンドの話をしてくれる。そういう純粋なコミュニケーションから、全部がはじまってくのかもしれない。


そんなやり取りをしながらおせっかいながら勝手にこう思うのだった。奥冨直人が8年かけて築いてきたBOYは、安直にトレンドを抑えた小手先だけのライフスタイルショップとは、厚みが違うんだぜと。

photographer:宇佐 巴史/ Tomofumi Usa

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