「紙巻きオルゴールはオワコンか」

多くの人にとってオルゴールは、30年以上前に流行した旧来的な装置という印象ではなかろうか。たとえ今セレクトショップなどで置かれていたとしても、レトロで小洒落たツールという文脈で捉えられてしまうことも多そうだ。要するにオワコンっぽい感じがする(と個人的には思っていた)。

ましてや紙巻きオルゴールという、人の手をわざわざ介さないと鳴らない装置なんて...。

とないがしろにしたくなるツールに、真っ向から向き合う職人がいた。paper tunes(ペーパーチューンズ)という名目で紙巻きオルゴールを販売する杉山三(すぎやまさん)だ。

『trois』(とわ)という名義で2012年からCINRA.STOREに登場し、現在までに数千個売り上げてきた。

機能は2オクターブの音階のなかで(ピアノでいうところの黒鍵は除く)音のメッセージやメロディーを自分で五線譜のような紙に穴を空けることで、鳴らすことができる装置だ。


意外にも杉山三がこの活動をはじめたのは、30歳のときだった。

「元々サラリーマンだったんですけど脱サラして、アパレルの専門学校にいくんです。でも課題が追いつかなくて中退しました。クリエイションの世界に対する憧れがあったんですけど、それができずにモヤモヤとしていた時期が続いて。

たとえば、映画みたいなものを作っていた時期もあったし、即席のインスタレーションをやっていた時期もあるし・・・。

サラリーマン時代にはボーナスでアコーディオンを買ってみるけど、買ってそのまま放置とか。何をやるにも中途半端だったんですよ。

社会との接点のなかで、自分が何かを作りたい・表現したいという思いを抱えつつも、一番しっくりくるものがみつからないまま20代が終わりました」

20代の葛藤を一息で話し終える杉山三。

30歳になったとき、Webでユポという紙で音がなる装置を見つけた。それが今の自身の活動のきっかけになるともつゆ知らず。

「ちょっと変わった楽器で面白そうだなぁと思って、ある人にクリスマスプレゼントとしてあげようと思ってひとまず取り寄せたんです。一個仕入れたつもりなんですけど、中国の業者側に勘違いされて段ボール一杯に詰めこまれたものが送られてきたんです。50個びっしり詰まったものが送られてきて(笑)」

笑い話のような運命のちょっとしたいたずら。

「結局その人にプレゼントとして渡す前に、仲違いしてしまってお役御免(笑)。その後1-2年間オルゴールが入った段ボールは、そっと部屋の隅のほうに寝かせていたんです・・・」


ここで転調。声色が変わる。

「そんな矢先2011年の3月に東日本大震災があって、自分自身の生き方を振り返ったときに、やっぱり何かを作りたいという気持ちがフツフツと湧き上がってきました。そこで『とりあえず一度展示をしたい』と思ってアイデアも何もないけど、段ボール一杯に入っていた中国製のプロダクトが頭に浮かびました。『展示か何かできるかな』と思って当時茅場町にあった森岡書店さんに相談しにいくんです。そしたら12月に1週間だけ、空きができたと言われたんですよ」


そもそも森岡書店での展示は自分自身の表現欲求を満たすため、今まで何かを作りたいと思いながら頓挫していたルサンチマンを晴らすための表現にするつもりだったという。しかし展示が差し迫った頃、考え方が変わった。

「これは作り手が僕じゃなくてもこの楽器的な装置さえあれば、自分の思いを伝えることができるツールになりうるんじゃないかって思ったんです。これを自分自身のアート作品とするのではなくて、みんなが使えるものとして明け渡したほうがむしろいいんじゃないかと考えが変わった。楽器ができない人でも、相手の名前とか感謝の言葉をメロディーにできるし、自分自身で能動的に鳴らす行為をしなければならないという面白さもある。『この装置は、もはやメディアなんじゃないか』と、一人興奮した記憶があります」


杉山三の20代のルサンチマンから始まったtrois、改めpaper tunesの活動は、誰かの思いを鳴らす装置として機能するようになって早5年が過ぎた。

最近では、イラストレーターのタムくんとのコラボレーションをしたプロダクト、漫画家により描き下ろされた『紙巻きオルゴール漫画』(mieru recordとの共同企画)なども販売している。広がりを見せ続けている装置を作り続けることで、装置に対する価値観も更新されてゆく。


「今はむしろ僕自身の存在をこの装置から1mmも感じさせないくらいのアノニマスな存在でいたいですね。漫画家やイラストレーター、ミュージシャンなどとコラボレーションをすることで、僕なんかの想像を超えた音がこの装置から鳴っている。そう考えるだけで、ニヤけてしまうというか・・・。

これからはもっと編集者的な視点で、想像を超えるコラボレーションやデジタルとアナログをつなぐプロジェクトを仕掛けていきたいです。具体的にはブラウザ上で自分の曲を作って鳴らすことができ、ボタンひとつで作った曲とオルゴール実物を人に贈ることができるサービスを発表します。まだまだやりたいことの半分もできていないですからね。可能性しか感じていないですよ」


開発者にして自ら手を動かす生産者。そしてpaper tunesという装置を広めるための編集者でもある杉山三(すぎやまさん)。今日も夜な夜な誰かの思いを届けるために、ひたすらにオルゴールを作り続けている。

ここで改めて最初の問いに立ち返る。

オルゴールはオワコンか。可能性に溢れた、未来の装置か。


photographer:宇佐 巴史 / Tomofumi Usa

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