東京から参加したSparrowsが語るRed Bull Music Academy | 前編

Kozue Sato

Writer, Editor, Party Hacker. Based in Toronto since 2014.

年に一度、世界のどこかの都市で開催される「Red Bull Music Academy」(以下RBMA)が、2016年はカナダの芸術都市モントリオールで行われた。RBMAは「若く才能あふれるアーティストたちを支援する世界的な音楽学校」であり、参加者たちは一流ミュージシャンによる講義を受けられるほか、スタジオでセッションをしたり、ローカルの箱でライブをしたり、濃厚な時間を過ごすことになる。

この期間限定の音楽学校に足を踏み入れることができるのは、世界102カ国、応募数3500通の中から選ばれた40名のみ。さらに2016年は、前年のテロの影響で中止になった、パリでのRBMA第2期に参加予定だったアーティストらも加わり、合計70名が集合。うち半数が第1期、もう半数が第2期と、2週間ずつに分けてアカデミーは進められていく。

RBMAがなぜこんなに人気なのかというと、レクチャーやワークショップを行う講師として招かれるミュージシャンの顔ぶれや、関連イベントの豪華さにある。今年はビョークやチリー・ゴンザレス、ケイトラナダやブラッド・オレンジのデヴ・ハインズ、イギー・ポップからセオ・パリッシュまでが、RBMAでのワークショップやショーのためにモントリオールを訪れた。街中にはミューラルアートやプロジェクションを駆使した広告が見られ、さらに世界中で話題のビョークによるVRエキシビジョンも開催されるなど、プログラムは街全体を使って進行していく。

そんなRBMAを訪れるために、私も現在住んでいるトロントからモントリオールへと向かった。アカデミーは後半へと差し掛かり、第2期の参加者らが集まってくるころだった。フランス語が公用語のモントリオールは、ヨーロッパ圏とアメリカ圏のカルチャーが混ざり合う、カナダのなかでも独特な街であり、街並みや言葉、食べ物までもが一気に変わる。なかでも活気があるダウンタウン、プラトー・モン・ロワイヤルという山の近くのエリアに部屋を借り、RBMAの参加者が出演するイベントへと出かけた。

連日行われるイベントの規模はさまざまだが、この日に訪れた箱は小さなライブハウス・Divan Orange。そんな場所でこそ、今までに聴いたことのないようなワクワクする音楽に出会えるのは間違いない。ここで、ローカルのお客さんやアカデミーのメンバーたちに囲まれてパフォーマンスを披露し、拍手喝采を浴びていたのが、東京からの参加者である三宅亮太ことSparrowsだった。

自分の知らない環境に来て
人から得た刺激で何かを作る


「RBMAが始まる4日程前にモントリオールに到着しましたが、治安が良くて驚きました。なんて安心して歩けるんだろうと思いましたね。危険を感じるようなこともなく、昔小学校で“カナダの人は家に鍵をかけない”と聞いた通り、安全ということなのかな、と思いました」


こう話すSparrowsは、InstitubesやSound Pellegrinoといったフランスのレーベルからほか、日本のFlauなどから作品をリリースしてきたバンドCrystalで、作曲とフロントマンを務めている東京在住のアーティストだ。

「RBMAにはそもそも、去年パリで参加するために申し込んだんです。“パリに来たら一緒にセッションできる”という理由で、Sound Pellegrinoのオーナーであるテキ・ラテックスに勧められて応募したら、受かりました。だから、アカデミーに関して、実はあまり詳しく知らなかった。2014年に東京で開催していたときも、たくさんイベントがあるなぁ、と思っていたくらいで」


レクチャーの会場であるPhi Centreで彼と話をしたのは、レクチャーが始まって3日目。チリー・ゴンザレスやデヴ・ハインズなどが講義をし、同じくチリー・ゴンザレスやグレッグ・フォックス、サンダー・キャットらがコラボレーションしながら即興演奏を披露した翌日のことだった。

実際に、RBMA参加者たちがどのような日々を過ごしているのかを尋ねた。


「昼間はレクチャー、夜はイベントがあるので、実はけっこう忙しいです。僕は最初にライブを終えたのですが、これからショーがある人はまだ少し緊張しているのでは。初日には、参加者同士がレクチャールームで自分の曲を紹介しながら、簡単なインタビューに答えるという時間がありました。それでお互いのことを何となく理解し、さらにホテルのロビーで声を掛け合い、打ち解けていく感じですね。顔見知りになった人とは、一緒にご飯を食べに行ったりしています」

Divan Orangeでのライブが素晴らしかったことを伝えると「やる前は恐怖でしたけどね(笑)」と話す。「ちょっと変わった音楽スタイルの人たちが演奏しているイベントでしたね。初日ということで、みんなが暖かく迎えてくれる環境で演奏することができましたし、あの場の雰囲気を味わえてよかったです」


さて、RBMA参加者たちの最大のミッションは、期間中にほかの参加者や講師であるアーティストなどとコラボレーションをしながら、作品を作ることだ。3日目の時点での進捗についてを聞くと「普段、触ることができないような楽器がたくさんあって、参加者たちとジャムセッションなどはしていますが、まだ取り留めのない感じ」だという。


「僕はPCの前で集中してプログラミングする時間が必要なタイプなので、どうしようかとまだ悩んでいます。でも、今は自分の知らない環境に来て、いろんな人から得た刺激で何かを作る。それが一番重要なんじゃないですかね」

ダサい、カッコ悪いバンドを
やろうと思った


Sparrowsの最初の音楽制作体験は13歳のころ「ティッシュの箱に輪ゴムを貼った装置を作り、演奏した」ことだという。


「ギターを買う前にそういうことをしていたのですが、心地いいリズムや音、ポイントなどがあるのを理解しました。ギターを買った当時はビートルズが大好きで、特に『Revolver』や『White Album』など、中期の実験的なことをやっている時代に影響を受けました。何をやってもいいんだなと思いましたね。だから、カセットテープで多重録音をしたり、テープを改造して逆回転させてみたり、切ってつないだりしていました」


1990年代はブリットポップに傾倒し、さらにブリットポップのアーティストらが、カンやファウスト、クラスターといった、70年代の実験的なドイツ音楽から影響を受けたアルバムを作り始めたと同時に、自身もローファイやアンビエントなど電子音楽に足を踏み入れる。


「ベックやディーヴォなども聴いていて、かわいらしいテクノのような音楽を作っていましたね。インディの音楽やドイツのニューウェーブ、60年代のサイケデリックなどを掘る一方で、はっぴいえんどやジャックスなどの日本の音楽も好きでした」


そんなSparrowsが、8年前にバンド・Crystalを結成したきっかけを聞くと「ダサい、カッコ悪いバンドをやろうと思った」と話す。


「その頃、80年代の音楽なんて絶対にやりたくないし、聴きたくなかった。そこで、あえてやってみたらいいんじゃない?と。バンド名のCrystalも、ダサいから選んだ。あまり聴いてこなかった音楽だったので、逆に新鮮に聴けるようになって。最初は嫌いだからやっていたのに、だんだん好きになっていくんです。やってみたらある意味、刺激的で。何がダサいとかも関係なくなってきた。そうしたら、ちょうど80年代っぽい音が流行し始めたんですよね」


当時、80年代のエレクトロブームが到来し、中でもフレンチエレクトロの勢いが凄まじかったのだが、そのシーンから台頭したのがフレンチヒップホップグループ・TTCの、テキ・ラテックスだ。Crystalはテキ・ラテックスのレーベルSound Pellegrinoから作品をリリースしているが、そのきっかけはインターネット時代に起こった奇妙な巡り合わせと言えるだろう。マイスペース上でバグが起こり、同じくフレンチエレクトロのアーティストであるジャスティスのメンバーの、トップフレンドになっていたのだという。


「Crystalが、なぜかジャスティスのメンバー、ギャスパールのトップフレンドになっていたらしいんですね。それで、珍しがって声をかけてもらい、最終的にSound Pellegrinoから作品を出したんです。そこがテキさんが共同運営しているところで、彼がいろんなアーティストとコラボレーションするきっかけを作ってくれました」

photographer : Dan Wilton, Karel Chladek, Martin Reisch, Maria Jose Govea, Santiago Felipe / Red Bull Content Pool

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