ファッションの潮流を、卸事業を通じて変えたい。世田谷にある卸店『A to Z』

三軒茶屋に住んでいた頃、ときどき池尻大橋にある古着屋『Lemontea』を利用していた。そこのスタッフとして働いていた佐藤 裕介さんが、古着屋スタッフの仕事を辞め、年の近い仲間と古着と雑貨の卸専門事業をスタートさせたと聞いた。駒沢大学駅と学芸大学駅の間、世田谷区野沢にあるその卸の名前は『A to Z』。

前々から気になっていたが、卸のお店にバイヤーでない自分が足を運ぶことはできない。『Lemontea』の店員として、界隈で名の知れていた佐藤さんが、バイイングの仕事に転向した経緯が気になった僕は、今回SILLYの取材にかこつけて、野沢にある事務所にお邪魔させてもらうことにした。

アメリカ・シカゴを中心に買い付けているという3000点以上の商品に囲まれながら、佐藤さんと、もともと古着屋のオーナーをしていた後藤 史考さんのふたりに話を聞いた。

店舗の現場より可能性を感じた
卸という事業


そもそも卸の事業をはじめたのにはどういう経緯があったのだろうか。


後藤 もともと僕と佐藤は同じショップで働いていました。その後、佐藤は『Lemontea』でスタッフとして働き、僕はオーナーとして古着屋を営んでいました。あるとき、一度現場を離れて、海外に買い付けに行って、プロの目利きであるショップのオーナーやスタイリストに洋服を提案することにチャレンジしたくなったんです。そんな矢先に埼玉でリサイクルショップをやっていた鈴木という同年代の人間が、新しいことをやりたいと話していて。そういう流れもあって3人で一緒に『A to Z』のオープンに向けて動きました。

佐藤 僕は去年の3月に『Lemontea』を辞めることが決まっていて、いろいろな選択肢があるなかでも、引き続きファッションの仕事に関わっていきたいなという気持ちがありました。卸の仕事って、メンズもレディースも幅も広いテイストの洋服を見て買うことができて、単に古着屋のスタッフとして働くときの10倍くらい洋服に触れることができるのがいいなと思って、ジョインさせてもらうことにしたんです。

ふたりとも30代前半。卸の世界ではかなりの若手であるが、10年以上ファッションの仕事に関わり、古着屋のスタッフとして服に携わり続けるなかで、お客さんに足を運んでもらって初めて洋服を提案することにある種の限界を感じていた部分があったという。


佐藤 ファッションのスタイルを提案、発信するのはお店の役割ですが、やっぱりひとつのお店から時代を先取りした流れを作るのって結構難しいんですよね。それよりも海外に買い付けにいって、プロの目利きである古着屋のオーナーたちに向けて、洋服を買い付けてくることのほうが可能性を感じたんです。あと、営業時間中はずっとショップに立ってお客さんを待っていなくてはいけなかったのに比べて、今はお客さんのところに営業に行ったり、自分たちから攻めていくことができる。そこに可能性とやりがいを感じることができましたね。

後藤 ショップのオーナーとして、一般のお客さんに向けてセレクトしていたものよりも、テイストの違う洋服もバイイングできるのは、面白い部分ですね。バイイングした当初は、まったく売れないだろうと見積もって、ハロウィンの時期に自分たちで仮装するくらいのノリで買ったアイテムでも『これアリだよ』みたいに買ってくださる人もいたんです。だから自分たちの好みでいいと思っているものだけでなく、少し幅を持たせてバイイングすることも必要なんだと感じることができました。

佐藤 卸事業を初めて気づいたのは、古着屋のスタッフとして働いていた頃よりも、本当の話が聞けるということです。今何が売れているかとかお店のスタッフ同士で話すんですけど、実はショップのスタッフ同士だと、本当に売れてるものは隠すことが結構あって(笑)。お客さんの本音から時代の流れやトレンドを掴むことができるのも、面白さだと思います。 

後藤 お客さんは言わば、洋服のプロの目利きたち。そこに向けてどう提案するかはショップにいた頃とまったく違いますしね。

卸の世界で一番になって、
業界全体を盛り上げる存在に


『A to Z』スタートして3カ月。取引先は現時点で30社ほどあるという。

後藤 ありがたいことに、滑り出しは順調ですね。卸にしては珍しくInstagramで情報発信しているのですが、営業に行った段階ですでに知ってくれているショップさんやスタイリストさんが結構いて、足を運んでくれている感覚があります。

佐藤 まったく何もないところから卸をはじめたのに、ここまでお客さんがわざわざ買いにきてくれることに感謝しかないですね。基本的には完全アポイントメント制を採用しているのですが、22時までやっています。卸のお店は埼玉とか千葉とか都内でも外れにあることが多いのですが、うちは場所が世田谷にあるので、ショップの営業を終えてから足を運んでくれるお客さんが多いのもうちの特徴ですね。

後藤 今お客さんの流れの一巡目が終わった感じで、次はもう少し期待値が高く買いにこられることになると思うので、その期待に応えられるように準備して行きたい。『A to Z』の商品が一番はけると言ってくださるようなセレクトをしたり、ショップの相談に乗れるようになれたらいいですね。


ファッション業界に携わる人間として、古着業界を盛り上げたいという想いもあるようだ。

佐藤 自分が古着が好きになった10代の頃は雑誌の影響も大きかったのですが、今は雑誌などのメディアの影響力が弱くなっていることもあってか、自分が古着の世界で働くようになった頃に比べると業界全体の勢いが落ちてきている気がしていて。特にメンズは僕たちが10代だった頃よりかなり保守的になっている感覚があります。

『無難なもの』というカテゴリのなかだけでなくって、一癖あるアイテムが売れるようになってくると、時代の流れも少しずつですが、変わっていくかなと思っています。一店舗から時代の流れを作ったり、変化させることは難しいとは思いますが、卸からならできることはあると思うので、そこに挑戦していきたいですね。

全体の傾向として、レディースは売れるアイテムの幅が広がりつつある。大体流行はレディースからメンズに移っていくので、新しい流れは遠からずやってくるかなと。まずは『A to Z』を知ってもらうことはもちろんですが、業界がもっと盛り上がって、古着を着ている人がたくさん増えればいいなと思っています。またスタイリングについてのお仕事も手伝えることがあれば、やっていきたいですね。

フラットなトーンではあるが、服への情熱が言葉の端々から漏れ出るふたり。話を聞いていて、服に関わる人間の生き方の選択肢として、若くして卸をするという例が増えていくような気がした。

直でお客さんとやりとりをする古着屋ではなく、卸という川上からファッション業界全体の流れを作っていこうとする野心を持った若い服に携わる人間がいることは、きっと業界にとってはもちろん、ファッションを楽しむ僕たちにとってもいいことなのだろう。

視点を変えて、お気に入りの古着屋がどこから卸しているのかスタッフの方に聞いてみてはどうだろう。


Photographer : 小林光大 / Kodai Kobayashi

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