私は杉並区の西永福という場所で友人と暮らしている。とてもローカルな町で、夜になるとほとんどの店が閉まり、深夜に出歩く人はいない。田舎育ちの私にはそれが心地良い。ある日同居人から、「近所にできたカレー屋さん、おいしいらしいから今度行こうよ」と言われた。それがウミネコカレーとの出会いだ。
初めてお店を訪れたとき、窓にでかでかと描かれたポップなイラストに釘付けになったことを覚えている。中を覗くと、カウンター席に座る人の姿。その全員がおいしそうにカレーを頬張っていた。店内には心地よい音楽が流れ、カレーのいい香りが充満していた。木がふんだんに使われた内装はあたたかみがあり、少し緊張していた私はとても安心した。そしてメニューを手に取り、チキンカレーを注文した。控えめに言っても、そのカレーは抜群においしかった。
ウミネコカレーのオーナー・古里おさむさんはミュージシャンとしても活動している。その背景にあるストーリーが知りたくなり取材を申し入れた。取材当日、今までとはまったく違った緊張を抱きながらウミネコカレーへと向かった。
商業的な音楽が
合わないと感じていた20代
お店に到着し、まずカレーを食べさせていただいた。すると古里さんから「これ読んでもらうと、お店のこととがわかると思います」と一冊のZINEを手渡された。『umineco CURRY ZINE』と書かれたそのZINEには、音楽活動をするなかで感じていた葛藤やウミネコカレーをオープンするまでの経緯が、古里さんの言葉で書かれていた。
―20代の頃、音楽活動をすることで自分の首を絞めていたとZINEに書かれていますが。
古里 昔は事務所に入っていたんです。当時、宿題みたいに曲を書かなきゃいけなかったりすることに、少しだけ違和感を感じることがありました。でも田舎から出てきてたので「頑張らなきゃいけない」という思いも同時にあって。そうすると純粋に音楽を楽しめていない気持ちが、曲を通して自分以外の人にも伝わっちゃって。悪循環になるばかりでした。
そうして疑問を抱えながら送る日々のなかで、笹塚にあった「M’s Curry」というカレー屋のマスターに出会い大きく影響を受けたという。
古里 マスターはカレー屋をしながら趣味で音楽もやっていたらしく、すごく楽しそうに生きていたんです。その姿を見て、「僕もこういうふうに生きたいな」と思ったのがはじまりです。
ここをオープンする前、長い間カレー屋で働いていたんです。「草枕」(新宿三丁目にあるカレー屋)で働いてた時期があったんですが、友人がよくお店に来てたんです。それで「カレー屋やりたいんだよね」って話してたら、「阿佐ヶ谷がいいんじゃないですか」っていう話が出たりもして。
でも実際は物件がなかったりでなかなか難しかったんです。どうしようかと悩んでいるときに今の物件に出会ったんですけど、物件を見た瞬間に「M’s Curry」を思い出してすぐに借りました。
目に見えないものよりも
目に見えるものを大切にしたい
ZINEには出店までのストーリー以外にも、古里さんがかねてから仲良くしている友人からのコメントなども書かれていた。普段から人と話すことが苦手で、お店でも黙っていることが多いと語る古里さんだが、ZINEを見ていると人を大切にする人柄が表れているように感じた。
―お店をやるうえでのこだわりはありますか?
古里 お店を出すことが決まったとき、声をかけたらありがたいことに友人が集まってくれて。業者を入れずに内外装を作ることができました。僕はなにもしていなくて、みんなが作るものを見て「いいね、最高だね」って言っていただけなんですけど(笑)。なのでこだわりという部分ではあまりないのかもしれません。ただ通ってくれているお客さんも含めて、周りにいる人は大切にしたいですね。
窓に絵を描いてくれた子も友人で、オカタオカ君っていう素晴らしいイラストレーターなんですけど。彼が描いた絵を見ながら、「最高だ最高だ」ってずっと言ってました。そうやって楽しくやることがいちばん大切で、だからこそ外に広がっていくのかなって。
―ではカレー屋とミュージシャンを並行するなかで、両者のつながりをどのように感じられていますか?
古里 たとえば労働階級の人たちの歌みたいに、一日働き終わったあとにみんなで飯食って酒飲みながら唄う。そんなふうに生きたいと自分も単純に思っているので、どちらも区別つけてないですね。「生活が豊かになる」という意味では、どちらも同じです。
―音楽とカレーは同義だと。
古里 そうですね。今の生活が自分には合ってると感じています。カレーはすごく分かりやすいんです。音楽って目に見えない世界じゃないですか。たとえば僕が書いた曲を知らない人が聴いて、自分の知らないところで物事が動いていたり。そうするとわけが分からなくなってしまうんです。
それに比べて飲食は、目の前で料理を出して「おいしかったです」って言ってもらえる。それだけで儲けとか関係なく「ああ、よかったな」って思えるんですよ。お客さんの反響がダイレクトにくるから、分かりやすくて自分に向いてるんだろうなと感じます。
自然体でいることが
いいサイクルを生み出す
ウミネコカレーには3種類のレギュラーカレーがある。ひとつはチキンカレー。そしてひよこ豆のカレーとポークカレーだ。甘めのカレーが好きな私は、何度通ってもチキンカレーを選んでいる。人気があるのは2種盛りだという。味の詳細な説明を求められるとうまく表現できないのだが、辛くて甘いそのカレーはとにかくクセになる。
―インドに行って味の研究を?
古里 そうですね、何度も行ってます。インドで修行してた友達もいて、そこに遊びに行ったり、気に入ったレストランの厨房に入らせてもらったりもしました。
―香辛料もインドで買い付けてるんですか?
古里 それはしてません。なかなか手に入らないスパイスを無理やり持ってきて使うよりも、日本で手に入るものを使って、それを生かしたカレーを作りたいんです。「あのスパイスはどうなってるんだ、これはどうなってるんだ」って考えながら食べるのではなく、考えずに食べて、元気になってもらえたらいいなって。そうすると自分も元気になるし。おいしいと思ってもらえたらそれでいいです。
―お店のほかにもイベントにケータリングで参加されたりしていますね。
古里 そうですね。今月も25日のクリスマスに、『car and freezer festival』というフェスに呼ばれています。求められて喜んでもらえるなら出店したいし、今のところは誘われたら断らずに参加しています。
―カレーも音楽も、すべて流れに身を任せているような感覚なんでしょうか。
古里 そう。だからあまり考えたことはないです。すごい人ってやっぱり計画を立てるんですよね。でも僕はそれができない。目の前のことをコツコツやっていくだけ。なんでも地続きで、自然体でやるのが結局自分にいちばん向いてるんです。
―インディペンデントというか、元手が少ないなかでやるから「楽しくやる」っていうモチベーションの部分が大切になってくる。
古里 そうですね。お金がないなかでどう楽しくやるかっていう。
―自然体ですることでいいサイクルが生まれる。
古里 カレーと音楽が僕のなかで同じというのは、多分そういうことだと思います。僕の周りにいる人たちって自然に生きてる人たちばかりなんです。そういう人たちを見ていても、音楽にしてもカレーにしても、純粋に楽しんだり、純粋においしいっていったりすることが大事なんだと思います。
自然体に生きることで、疑いを持たずまっすぐにすべてと向き合える。古里さんの話を聞いていて、そんな生き方ができることを羨ましく感じた。自分に嘘をつきながら騙し騙し生きる日々、それは大きな成果を上げられることもあるだろうが、代償として自分の心を消費し続けることも確か。「本当に豊かなもの」。その本質を問うような言葉の数々に、私は自分の生き方を振り返った。
西永福駅には各駅停車しか停まらないので、下車したことがある人は少ないだろう。けれどときどきは降りてみてはどうだろう。おいしいカレーが食べられるいいカレー屋。そして寡黙にカレーを日々作り続けるオーナー・古里おさむさんがそこにはいるんだから。
Photographer:松井 春樹 / Haruki Matsui
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