「flotsam books」は2014年にオープンして以来、エッジの効いたアートブックのセレクトで注目を集めるリアル店舗なしのオンライン書店だ。
同店は日本のみならず、世界のカルチャーシーンをいち早く捉え、新しい本やアーティストを紹介している。ZINEやリトルプレスなど少部数冊子の品ぞろえの豊富さから、カルチャーに興味を持つ若者からの信頼も厚い。
しかし「うちは最先端にいるとは思わないし、新しいことはやっていない」と店主の小林 孝行氏は語る。お店を取り巻く状況とは相反するように思える、その言葉の真意を聞いてみた。
お客さんと同じ目線に立つ
「素人っぽさ」
—flotsam booksは、エッジの効いた海外フォトグラファーの写真集をネットで検索すると、必ずと言っていいほど、上位に名前が出てくるオンライン書店ですよね。2014年にオープンして以来、オンライン書店として大事にしていることはありますか?
小林 素人っぽさかな。「どうせ俺なんて」みたいな感覚。「謙虚な気持ち」と言ったら言いすぎだけど、忘れたくない部分ではあるかな。
—「flotsam books」は、若い世代におけるアートブック人気の一端を担っているように感じます。
小林 そう言ってもらってありがたいけど、基本的には自分を信用しているわけじゃないから、うちが最先端にいるとは思ってないし、自分がなにか新しいことをできるとは思ってない(笑)。初心を忘れて「俺のやってることが一番」となると、逆にダサくなるしね。
—素人っぽさで言うと、InstagramやFacebookで投稿されている入荷本に対するコメントがすごく簡潔で良いなと思ったんです。「へー」とか「かっこいい」とか(笑)。
小林 やっぱり素人目線でいきたいんだよね。あまり深みにいきすぎると、お客さんに伝わらないから。専門家に比べたら、自分は写真について詳しくないし、本を買ってくれているお客さんも俺と同じくらいの知識を持った人だと思っていて。「バカっぽい感想でも言っていいんだ」と思ってもらった方が、お客さん的にも窮屈じゃなくていいと思うんだよね。
—なるほど(笑)。小難しく考えなくてもいいんだというのは感じましたね。
小林 敷居の低さが間口を広げることでもあると思うから、斜に構えたり、分かる人だけ分かればいいというのは好きじゃない。簡単に言うと、俺の店を入り口にして、あとは自分で調べてほしい。というか、むしろ、俺に教えてほしい(笑)。
モヒカン頭で革ジャン。ハードな出で立ちとは裏腹に、小林さんは冗談ではぐらかしながら、とにかく謙虚に答えてくれる。正直、アートブックは簡単に手が出る金額ではないものも多く、どうしても敷居の高いものだと感じてしまうけれど、そんな人たちと同じ目線でいてくれるのは「flotsam books」の魅力かもしれない。同店が定期的に主催するブックフェア「写真集飲み会」も、どこかフランクな名前だ。
—「写真集飲み会」は、どういう意図ではじまったんですか?
小林 そもそも写真集ってオジさんたちが集めるような渋い趣味で、お洒落なものじゃなかったんだよね。内輪だけで終わりという閉鎖的な部分があってそれは望むところじゃなかったから、他の業界にまで波及していけばいいなと。例えば、部屋のインテリアやプレゼントにするとかね。そのくらいのノリで買ってもらいたい。
—どういう内容のイベントなんですか?
小林 企画自体は、「roshin books」の斎藤さんという人が中心なんだけど、お酒を飲みながら、お客さんとお店の隔たりがない状態でフランクに話せるイベントです。出店者側はイスにふんぞり返らず、お客さんも本に対してリスペクトのあるような、両者の距離が近いイベントになればいいなと思って。「飲み会」と言いつつもちゃんとしたブックフェアで、通常より安い本が販売されていることもあるから、ぜひ足を運んでもらえたらと。次回は、12/3(土)、4(日)に代官山ヒルサイドにて開催する予定です。
新しくない
真っ当な本屋のあり方
取材する前にFacebookの投稿を遡っていくと、「新しい本屋の形は目指していない」という言葉を見つけた。これは気鋭の書店オーナーが出演するトークショーに対して書かれていたものだった。なんだか時代と逆行しているようで面白い。こんなふうに、ときどきFacebookに投稿される、叫びにも似た書店経営のリアルを隠さず話してしまう部分に人間味を感じた。
—先ほどのお客さんに寄り添うようなあり方から分かるように、お客さんとのコミュニケーションには人間味がある気がします。
小林 オンラインではあるけど、やっぱり人対人の商売だから、そう思ってもらえるとありがたいですね。本なんてどこで買っても同じだし、オンラインであれば、Amazonには敵うと思ってないから。さすがに「Flotsamプライム」とか言って当日1時間で届けることはできないし。
—そうですね(笑)。
小林 それに、本の在庫を聞かれて他のお店の方が安かったら、俺からそっちをオススメするし。その方がむしろ次に何かあったとき、うちに来てくれるかもしれない。めちゃくちゃ儲けようと思ってるわけじゃないから、誠実にやっていた方が商売としてうまくいくし、長生きできるんじゃないかなと。どれだけ誠実にやれるかっていうのは大事です。
—そこが他のお店と違う部分だと思いました。
小林 それがね、実はみんなできることなんだよ。やらないだけで。ちゃんと続けられている人には地道なことを厭わずにやってる人が多いということが、続けるうちに分かってきて。
若者の良きパートナー
としての本屋
「flotsam books」の客層は、20代から30代が中心を占めるという。つねに新陳代謝を繰り替えし、柔軟に新しいものを取り入れていくスタイルは、客だけではなく、作家たちをも惹きつける魅力があるらしい。
—国内外問わず、若い写真家の写真集やZINEを積極的に扱うようになったのは、何か意図があるんですか?
小林 既存の本だけだと広がりがなくなっちゃうし、俺自身がつまらなくなるからかな。ZINEはアナログかつインスタントなもので、しっかりと製本された本にはない魅力があるから。もちろん、ないものも多いんだけど(笑)。ちゃんと伝えたいことが分かるZINEであれば、雑なものでも魅力があるということをちょっとでも知ってもらえればね。ちゃんとした写真集じゃなくても全然いい。
ここで本記事の撮影担当の山谷佑介氏が口を開いた。アンダーグラウンドカルチャーを記録した作品が国際的に高い評価を得ている気鋭の作家だが、店主の小林氏とはデビュー当時からの仲で、気の置けない友人といった間柄だ。
山谷 端から見てて思うのは、若い作家でも良いと思ったら仕入れるし、作家を応援しようという気持ちがあるのが分かる。で、彼らとたくさん飲みに行くわけ。この人、お金ないくせに飲みに行きすぎて、それで貧乏なんじゃない(笑)。でも、それだけ人と会って、関係を広げてあげようという意識はあるんじゃない?
小林 良いこと言うね。
山谷 俺がまだ写真集を出していなかったころにZINEを取り扱ってくれていたし、「ちゃんとした写真集出しなよ」と言ってくれたのも小林さんだから。それがきっかけになって個展が決まるということがあった。普通は逆なんだけどね。若手を生かすも殺すも、本屋さんが担っている場合もある。
小林 なんか本屋って無責任だね(笑)。
山谷 でも、小林さんに選ばれることは作家にとって自信になるわけですよ。それは、本の実売に関わる本屋だからこそ、お客さんと直接やりとりができる立場なわけで、だからこその影響力がある。しかも作家が所属するギャラリーとは違って、もうすこし広い層に向けて売っているわけでしょ。
小林 そう考えてみるとそうだな。
山谷 作家にとってギャラリーで売るプリントを作ることと、写真集を作ることは全然違うことだから。作家にとっては、それぞれの作り方に合ったパートナーを作ることが大事で、そのひとつが「flotsam books」になっているんだと思う。
良いものは
人の手に渡していく
本を仕入れる際にどんな基準で選んでいるか聞いてみると「自分が買って後悔しないもの」という答えが返ってきた。
通常の書店は委託販売だが、「flotsam books」の場合は買い切り。リスクを背負う分、シンプルな基準で本を選べる。山谷さんが言うように、書店という立場から作家の良きパートナーとして寄り添うのは、自分の基準で選ぶ小林さんだからこそできることだ。しかも、そうやって自ら仕入れた本はすべて販売にまわしているという。
—自宅には自分用の蔵書はないと聞いたのですが?
小林 そうだね。俺が初めて買った思い入れのある写真集も、普通に売っちゃったから(笑)。欲しいと思っている人が、俺よりもっと好きかもしれないしね。店名の「flotsam」って「漂流物」という意味で、本も同じようにいろんな人の手に渡って循環していくのがいいなと。人に売るのが楽しいから、求められれば売っちゃうね。
小林さんは、たしかに「新しいことはやっていない」かもしれない。でも、「ちゃんとできているかは分からないけど」と謙遜しながらも、飾らず、誠実に本を売る姿は、純粋にかっこいい。
高額な値段や敷居の高い印象から、限られた人だけが見るものと思っていたアートブックでも、「flotsam books」を通せばグッと距離の近いものに感じられるのではないだろうか。
たとえ同じ本が他で買えたとしても、僕にとってここほど信頼できる本屋は、なかなか見つかりそうにない。
Photographer:山谷佑介 / Yusuke Yamatani
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