猫付きマンション創設者に聞いた、猫ブームの光と影

ある日、ネットで「猫付きマンション・シェアハウス」というものを見つけ、物件を取り扱っている「しっぽ不動産」に取材をお願いした。

運営元はNPO法人東京キャットガーディアンという猫の保護団体。日本で初めて「猫付きマンション・シェアハウス」を企画し、各地で猫に関する講演を行い、『猫を助ける仕事』などの著書をもつ代表の山本葉子さん。

彼女が考える、猫と人間の向かうべき方向とは。

はじまりは偶然か必然か
次々と動物に出会い続けた日々


愛玩動物として昔から人間に愛されている猫。しかしその裏側で、2016年には約67,000匹もの猫たちが全国の動物愛護相談センター(保健所)で殺処分されていることを知っているだろうか。環境省が掲げる「殺処分ゼロ」にはほど遠い数字だが、その数はゆるやかな減少傾向にあるという。


「処分数減少の理由として、主に都市部の個人単位で、保護や譲渡活動をする方が増えたことが挙げられます。それだけでなく、外猫の不妊虚勢手術を必死になって行う団体や自治体がいます。行政に持ち込まれる猫の数が減れば、数字の上での処分数はゼロに近づきますので、そのために皆さん奮闘されているんです」


―もともと猫がお好きで保護活動をはじめられたんですか?


「私が最初に飼った動物は犬2匹なのですが、ある日近所で里親募集の張り紙を見て、猫2匹を迎えることになりました。その子たちのワクチン接種で行った動物病院で全盲の猫を引き受けることになり、別の日にキャットフードを買いに行った先で具合の悪そうな子猫2匹と出会い病院へ直行……と。当時は養っていくことや世話をすることが楽しくて仕方なかったので、飼育数が多いとは思いませんでした」


―行く先々で猫と出会われたんですね(笑)。


「そうですね。私は音楽イベント会社を平成元年から運営していましたが、父が他界したあとに母はパーキンソン病が進行してきて、会社を続けながら母と暮らすにはこの方法しかないと考えて、仕事場の近くに戸建てを用意しました。ですが、病気の悪化が思った以上に早く、半年足らずの同居の後、母は特別養護老人ホームへ入居することになりました。そうして、一軒家(4階建て+屋上)と私と動物たちという環境ができたんです。

前述の全盲の猫を保護した方が、今でいう『地域猫活動』をしていました。初めてそのような関わり方があると知って、ちょうど家もあるし、預かりボランティアをやってみることにしたんです。不幸な命を増やさないように餌付けをして手術をする方、活動のなかで出会ってしまった子猫の里親探しを頑張る方。いろいろな役割のなかで、私の立場は今思うと一時保護の個人シェルターでした。それが2002年のことです」

―個人での活動から、団体へと移行した経緯はどのようなものですか?

「当時はネット環境がまだ整っていなかったので、里親募集の定番は猫雑誌の巻末の投稿コーナーか、ビラを作って友人知人動物病院などに配って回るといった方法のみでした。今のような拡散はできなかったので、新しいご家庭を必要としている子たちのことを知ってもらう数に限界がありました。

それでも子猫を中心に次々と譲渡は決まります。残っていくのはやはり高齢だったり、感染症のキャリアや下半身麻痺・全盲などのハンデのある子たちになります。

犬と猫と狸とアライグマなど、あわせて30頭ほどの大所帯になったあたりで、一旦預かりボランティアを止めました。それから本業の傍らいろいろと調べはじめて、猫の譲渡自体に事業性をつけて仕事として継続できる算段をしてから、保護団体として開始しました。8年ほど前のことです」

保護活動の一環としてはじまった
「猫付きマンション」


「東京キャットガーディアン」は、6年前に日本初の猫付きマンションを、そして2年前から猫付きシェアハウスを開始した。今ではさまざまなメディアに取り上げられ、話題を呼んでいる「猫付き物件」とは、一体どのようなものなのか。


「猫付き物件に関しては、大人の猫の居場所を増やそうとして工夫しているなかのひとつの成功例です。マンションもシェアハウスも1歳以上の成猫に限定しています。

形態としては、入居者さんが『預かりボランティア』という形でのご入居になります。猫付きマンションと猫付きシェアハウスでは、同じ『猫付き』でも、システムはかなり違うんです。

マンションは、大家さんと合意のうえで『猫付き』を名乗っていただき、入居希望者でかつ私どものシステムもご利用になりたい方は、物件審査とともに猫の適正飼育者かどうかの面談があります。面談に通れば、シェルターにいる猫たちのなかから預かっていただく子を選べます。面談はNGでも物件自体にお住まいになることはできますので、大家さんにとってのデメリットはありません。

シェアハウスは最初から複数の猫たちが住んでいます。イメージとしては『保護猫カフェに住んでいるようなシェアハウス』です。入居ご希望者さんは物件審査と猫の適正飼育者の審査があります。両方に受かってからのご入居となります」


―入居希望者に関して、どういった審査が行われるのですか?


「基本は里親希望者さんと同じです。終生飼育の義務こそありませんが、この方に猫を預かっていただいて大丈夫かどうかの審査をします。みなさんそれぞれ愛情はお持ちなのでそれは当たり前として、気になるのは適正飼育できる能力の有無です。

シェアハウスの場合は、人間も水回りを中心に場所をシェアするので『自分以外の方を尊重できるか』『人とも猫ともある程度の距離感が保てるかどうか』『必要なときに必要なだけコミュニケーション能力を発揮できるかどうか』なども、面談で見ています。


毎日の猫の飼育に関しては当番制です。皆さん猫と暮らすことを楽しみにご入居されますので、ご飯やトイレの清掃は積極的に行っていただいており、毎日報告メールが来ます。体調不良など何か変化があったら即座に私どもの団体にご連絡いただいて、必要であれば専任の獣医師が対応します」


―猫と暮らすことに向いている方というのはどのような方なんでしょうか。


「どうしても猫を手放すことができない方ですね、保護団体から言えば(笑)。意外かもしれませんが、猫に対してのこだわりがあまりなくて『まいっか』と、その猫に合わせた生活ができる人。猫との生活に具体的すぎる夢を抱いていると、そうでなかったときの落胆も大きいのではないでしょうか。

『寄って来てくれないけど、くつろいで寝てるからまいっか』『自動エサ出し機くらいに思って...まいっか』『甘ったれすぎて仕事にならないけど、それもまいっか』….親の都合に合わせられる子供がいないのと同じように、飼い主の都合にだけマッチする猫も、そうはいないでしょう。まして人間の子供のように、成長して物わかりがよくなったり養ってくれたりしません。

すーっと子供状態の猫を、懐かないかもしれないその子を『どんな子でもまあいいよ』と思ってくださる方は、いい飼い主さんです」

動物は好き

でも行動を起こす人が少ない日本人


2008年から保護団体として活動され、これまで5,353頭の猫を譲渡して来た東京キャットガーディアン。殺処分や外猫の繁殖問題などを間近で見てこられた山本さんは、日本の人と動物愛護問題に関して「日本全体を見れば皆は優しいのに、行動する人が少ない」と苦言を呈する。


ー動物愛護に関するニュース記事をインターネットで見ていたのですが、海外と日本の動物愛護問題に関して比較された記事を良く見かけました。特にヨーロッパは動物愛護に関して先進国、日本は後進国だと言われているように感じますが、そのことに関してどう思われますか?


「それを今『うん、そうですね』と言ってしまうとそのまま記事になってしまうので(笑)。あえて否定させていただきます。


海外事例として、生体の展示販売や移動販売も存在しますし、サーカスなどももちろんあります。虐待事例に至っては日本の比ではないように思います。ヨーロッパを先進と定義するのは大雑把すぎるわけです。バカンスの直前に犬猫の遺棄が急増することなどはあまり報道されていません。結局、動物にとっていい状態の場所や国とそうでないところがあるだけです。


ドイツのドキュメンタリー制作チームが取材に来てくださった際に、いろいろとこちらもお聞きしました。途中経過はともかく現在のドイツには野良猫が大変少ないとのことです。そうであれば、個人も保護団体運営のシェルターも受け入れが可能ですし、殺処分などする必要に迫られることも少ないでしょう。単純に『ドイツの(ヨーロッパの)動物愛護意識が高い、それに比べて日本は』ということではないんです。


効率のいい広報として、ネット上で動物愛護を訴えるのは有効だと思いますが、『ブリーダーを無くしてほしい!』と誰かをけしかけたところで、ペット産業の実情は変わりません。それよりも人と話をする、議論する。販売店の販売方法にクレームがあるのなら、店側に生体の健康管理やメンタルケアの問題を直接指摘した方が、効果があります。どんな商売でもお客さんが育てるもの(あるいは衰退させるもの)だからです。

ペット産業が『産業』である以上、利益優先になるのは自明です。なにをしていけば弱いものへの扱いが良くなるのか? 実情を効率よく変えて行く方法……自戒を込めて考え続けたいです」

猫ブームは

メディアが作ったもの


単純に「可愛いから」だけで動物を飼うべきではない。そうと分かっていてもやはり猫との生活には憧れるもの。長年猫とともに生きてこられた山本さんに、生活のなかに猫がいることで、どのような幸せがあるとお考えなのかを聞いたところ、思いもしない返答が来た。


「『猫がいることによるメリットや楽しいことがあるのか』という問いは、猫は人の役に立つ“使役動物”なんでしょ? とお考えということですね。

可愛いも癒されるも人間の側からの視点ですが、たまたま飼うことになった猫が、自分にとって望んだ通りでなかったり少しでも困ることがあったらどうするのでしょう? 想像しづらければ猫の側になってみたら……と思います。

今からあなたは猫です(笑)。飼い主に気に入ってもらえなければ、居場所をなくされる恐怖。親代わりの飼い主には、ありのままを受け入れてくれる人を切望するのではないでしょうか? 気に入った動物とだけ暮らしたいと考える人にとっては、気に入ってもらえなかった動物は不都合でしょうね。別な里親を捜してくれるならまだしもですが、その労力をかけて頂けるのでしょうか?


猫ブームと言われるものは、猫が好きな人がいきなり増えたのではなく、メディアさんが作ってしまった現象だと思います。

TVや映像の制作費が下がるとキャストに費用をかけられない、台本や舞台制作費も同様です。かといって視聴率やCM効果を下げるわけにはいかないとなると、『出ている間はチャンネルを変えられない』といわれる動物を使うのが費用対効果がとてもいいわけです。ちなみにこの発言はCM制作会社の担当さんからのものです。PC雑誌の表紙にも消費者ローンの吊り広告にも猫。とにかく見てしまうからです。安価で告知効果を出したいときに、猫は鉄板コンテンツなんです。

そうやって極端に露出の多くなった猫は、さらにブームと言われるのですが、飼育する方の数がブームと言われるほど増えたとは思いません。過剰に繁殖させてしまったであろうブリーダーさんの猫たちの行く先が、大変心配です」


「猫ブームは私たちメディア側が作り上げた」と、そんな風に意識したことがなかった私は虚をつかれたような気がした。猫にとっての不幸の一端を担っているのではという思いに駆られ、動揺している自分がいた。


「購入や里親を検討している場合は、『一生添い遂げられるか?』を真剣に考えていただきたいと思います。検討する時間的な余裕があるわけですから。でも、子猫や負傷猫などに出会ってしまった場合はこの限りではありません。手を貸さなければ生きていられないような状況を見かねて保護する人を、またそういう人が多いこの国の人たちを誇りに思っています。


それでもポジティブな話をするのであれば、一緒に暮らす伴侶としては、猫は非常に好ましい動物です。ただ個体によって性格も違えば個性もあるので、子どもと一緒に生活するという大変なことや手間がかかることを認識していないなら、猫は飼うべきではないと思います。


当たり前の話ですが、アクセサリーのように飼えるものではないです。排便もしますし、結局自分より早く逝くということは、末期老人を看取ることと同じです。そういったことを理解したうえで、猫がいる生活というものを楽しんでいただけたらと思います。そして猫を飼う能力のある飼い主さんが増えることを願いながら今後もさまざまな活動に取り組んでいきたいと思っています」

私自身も猫が好きで、毎日猫の動画や写真を見ながら「猫飼いたいな~」と口にしていたのだが、今回の取材で改めて「猫を飼う」ということの重みを考えさせられた。

もし猫が人間の言葉を話せたら、一度でいいから人間のことをどう思っているのか、その本音に触れてみたいものだ。たられば論を垂れたところで、何かが変わるわけではないんだけれど。

今なんとなく『猫が飼いたい』と考えているのであれば、改めてその子に愛情を注げるか、よく胸に手を当てて考えてみてほしい。

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