夜は寝るためだけに用意されたものではない。ナイトクラビングする人、飲み明かす人、意味もなく夜更かしする人。過ごし方は違えど、さまざまな形でみんな夜を楽しんでいる。もちろん楽しいことだけが起きているわけではないだろうけど。
あるとき面白いイベントはないかとネットサーフィンしていたら、「深夜徘徊」という文字が目に留まった。なにやら東京各地を深夜に3時間かけて歩き回るイベントらしく、「一般社団法人いっぱんじん連合」という謎めいた団体が主催しているようだ。
一体誰が、何のためにわざわざ深夜に街を徘徊しているのか。気になって仕方がなくなった私は、その実態に迫ることにした。
「うつ病を経て、シンプルに人生を楽しみたいと感じた」
深夜徘徊についての話を進める前に、まず「一般社団法人いっぱんじん連合」の成り立ちから話をはじめたいと思う。
今回取材に協力してくれたのは、この団体の代表である宮原直孝さん32歳。ホームページには、「元うつ病患者のニート・やる気の無いサラリーマンという2名にて設立」と書かれていた。
―「いっぱんじん連合」を立ち上げるに至った経緯を聞かせてください。
「まず大学を卒業して新卒で企業に就職しました。そして就職3年目のある日、営業部に異動になったんです。ところが僕、仕事が全然できなくてですね。ちょくちょくミスをしたり、先輩との連携もうまく取れなかったり、見て盗むみたいなこともうまくできなくて」
―コミュニケーションを取ることが苦手だったんですか?
「同年代の社員とはコミュニケーションを取れるんですが、どうも40代くらいの男性が苦手というか怖くて。先輩や上司に対してすごく怯えていました。そういった心的ストレスが重なってうつ病を患ったんです。そして仕事を辞めました。
そこから1年半ほど療養して、就職活動を再開したんですがうまくいかなくて。再就職先が決まらないまま半年が過ぎていきました。今思うとかなり現実逃避だったんですけど、結局1年半ほど病気で床に伏していました」
「そして療養を経て元気になったときに、『人生の100のリスト』という本をふと思い出しまして。それを読んで、死ぬまでにしたいことをノートに書き殴りました。結局20個くらい書いたところでネタ切れしてしまったんですけど(笑)。そのなかに『会社をつくりたい』という項目があって。とりあえず法人を作ってみようと思い立ちました。それが『いっぱんじん連合』です」
―会社を作ることが目的で、目的があって会社を作ったわけではない?
「簡潔に言うとそうですね(笑)。しいて言うなれば、前の会社の同期とふたりで立ち上げたんですが、僕は元うつ病のニート、そしてその同期は仕事に対して全然やる気のないサラリーマンで。当時お互いに、いろんなことに対して不満だらけだったんです。『毎日つまんないな』とか『好きなことだけして生きていきたいな』みたいな。思春期に思っていたことをずっと引きずっていて。それで人生をもっとシンプルに楽しみたいと感じたのが原点ではあります。
僕たちと同じようにくすぶっている人に対して、『やりたいことも好きなこともないなら、俺たちが提案するし準備するし協力するから、暇なら乗っかっちゃえばいいじゃん』って気軽に言えるようになりたかったというか。
自分自身がしたいこと、僕にできることをやっていこうと思って立ち上げました。それが2012年の話ですね」
イベントの魅力は
主催者が語るものではない
かくしてはじまった「いっぱんじん連合」の活動。その活動のメインは「深夜徘徊」だ。
これまでに計26回にわたり開催されている。私はこのイベントの存在を知るまでに2時間ほどインターネット上を徘徊した。どうやらその存在は広く知られているわけではないようだ。しかしながら毎回定員人数をきっちり満たし開催されているという。
一体どのような人が、何を求めて集まってくるのだろうか。
―なぜ深夜徘徊イベントをはじめられたんですか?
「法人を立ち上げた理由がそもそも『会社をつくりたい』ということだったので、設立した段階である意味1つのゴールを迎えてしまったんですよね(笑)。『できたできた~♪』みたいな。本当にそんな感じだったんです(笑)。なので設立当初はなにも企画していなくて。けど法人を設立したからにはなにかやらなきゃいけないと思い、いろいろと考えました。
イベントを主催するからには、開催するイベントに対して見識があったり、経験が秀でているものをやらなきゃいけないじゃないですか。カウンセラーの人がコミュニケーション講座をするみたいに。それで僕が人並み以上の経験や熱意があるものはなんだろうと考えたときに、すぐに思いついたのが深夜徘徊だったんです。大学時代に長野から東京に引っ越したんですけど、当時ずっとひとりで深夜の街を徘徊していたんですよね」
―なぜ昼ではなく夜だったんですか?
「夜のほうがワクワク感が強かったんです。中高生のときって、夜更かししてるだけでワクワクしちゃうような感覚が少なからずあったと思うんです。昼間とは全然違って、街もすごくシーンとしてるじゃないですか。静まり返った空気というか。そういう人がいない場所に行くと世紀末感を感じてワクワクするんですよね。完全に中二病の考えなんですけど(笑)」
―実際に参加されているのはどういった方ですか?
「これがですね、わかりやすく悩みを抱えている人ばかりであればお答えするのも楽なんですけど、特にそういうわけでもなくて(笑)。年齢も職業もバラバラなんです。大学生、ニート、引きこもり、会社員、主婦などさまざまですね。男女比もこれまでの傾向からいうと半々くらいです」
―ひとりで参加される方が多いのでしょうか?
「8割くらいがひとり参加です。ごくまれにカップルやご夫婦の方もいらっしゃいます。友達同士で参加される方もいますが、全体から見るとごくわずかですね」
―参加目的としてはどういいたものが挙げられますか?
「僕が聞いた話では、『変なイベントに参加することが好きだ』とか、『単純に街歩きが好きで』という方が多いですね。女性の方であれば、『深夜に街歩きをしてみたかったけどひとりだと危ないし心細くて』という方もいらっしゃいます」
―イベント名から、ネガティブな方が多く集まってくるのかなと勝手に想像していたんですが、全然違った感じなんですね(笑)。
「そうなんですよね(笑)。もちろんおひとりで黙ってずっと歩いている方もいますし、歩きながら相談を受けることもあります。けどそういう方だけじゃなくて。初対面同士で楽しそうに話している方や、カメラでずっと夜景の写真を撮っている方もいます。暗い感じというよりは楽しくワイワイしている感じです」
―では宮原さんが思う深夜徘徊イベントの魅力はどういったところにあるとお考えですか?
「本音を言うと、『ここが魅力です』とか『いろんな方と出会える楽しいイベントです』とかってあまり言いたくないんです。
僕自身はもちろん深夜徘徊を楽しいものだと捉えています。けどそれを人に言うのはなんか偉そうな気がして(笑)。捉え方は人それぞれなので、それぞれの形で楽しんでもらえたらそれでいいです。参加目的がポジティブでもネガティブでもどちらでも構わないんですよね。しいて言うなら、なにかを感じてもらうことはできると思うということくらいですかね(笑)」
―別の角度から見れば、主催者が語るイベントの魅力はただのエゴだということですかね。今後新しい企画などは考えていますか?
「今後は深夜徘徊したい人同士を仲介できればと考えています。というのも、今は深夜徘徊自体が2カ月に1度の開催で、徘徊できる機会をあまり提供できていないんですよね。なのでふと深夜徘徊したいと思い立った人同士をマッチングして、普段から少人数でも楽しんでもらえたらという思いがありまして。これは形にしていきたいと思っています。あとは近々深夜徘徊のカードゲームが出ます」
―カードゲームとは?
「ゲームを通して深夜徘徊を疑似体験できるみたいな。これまでのイベントで撮り貯めてきた写真を使用して、ゲーム内で深夜徘徊をするといった内容になります。詳しくは、実際に手に取って遊んでみてください(笑)」
―わかりました(笑)。では最後に、「いっぱんじん連合」を設立するきっかけの1つに「肩書きがほしかった」と書かれているのを見たのですが、肩書きは手に入りましたか?
「そうですね…“一般社団法人いっぱんじん連合代表理事兼代表深夜ハイカー”ですね」
―深夜ハイカーって近未来的要素がありますね(笑)。
「イベント終了後にいつも賞状を出していて、そこに書いてあるんです。多分みんな家に帰ったら速攻で捨ててるんだろうなと思うんですけど(笑)」
―そんなことはないと信じたいですね(笑)。
想像していたイベントとは少し違っていたが、特に深い意味もなくただ歩くということも悪くないと感じた。
取材のあと、私も深夜1時から知らない街を2時間ほどカメラ片手に歩いてみた。人々の生活音が消えた街に、少しの怖さとどこか街をひとり占めしているような感覚を覚えた。人がいないのでどこを歩いても見晴らしがよくて清々しい気持ちになった。そして帰宅した頃には、毎夜頭を悩ます雑念がどこかへ消えていた。
「ただ歩くだけ」という行為が自分にとって目に見えるわかりやすい利益を産むわけではない。しかし、一見意味がないようなことに時間を費やすことが、人生を豊かにするのかもしれないと感じた夜だった。
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