眼鏡なのにポストパンク! やべぇヤツが掛けてる東京発アイウエア

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編集者。雑誌屋。SILLYコントリビューティング・エディター。

10月の上旬は眼鏡業界の展示会シーズンだ。パリと東京で大きな展示会が開催され、ここで毎年、次のシーズンのアイウエアがお披露目される。

東京では、有明のビッグサイトにある会場に大手メーカーのブースが軒を並べ、日本各地や海外の眼鏡店のバイヤーが買い付けに訪れる。芸能人やマスコミも多く招かれて派手な催しも行われている。

そんなタイミングで、渋谷の裏通りにある小さなギャラリーでひっそりと展示会を行っていたのが、「Bobby Sings Standard,(ボビー・シングス・スタンダード)」なるブランド。東京発の眼鏡ブランドで、ブランド名からして、ボビーがスタンダードナンバーを歌っちゃうってワケで、イカしてるし、少々イカれてる。

エレベーターに乗るのにちょっと不安を覚えるような古いマンションの5階にあるギャラリーを訪れると、鉄製の扉に案内代わりのポスターが貼ってあった。

お、雰囲気のある写真じゃん! サングランスを掛けたスタイリッシュな女性の写真。背景の街の空気感がいい。あれ、だけど……“POST PUNK”なんて書いてある。

眼鏡ブランドの展示会に来たはずなのにポストパンク? 一瞬、間違えたかとも思う。でも、ちゃんとブランドロゴが載ってることを確認して、部屋の扉を開けた。

7〜8坪ほどのこじんまりとしたスペースには、すでに面識があるデザイナーと、バイヤーらしき来客がひとり。軽く挨拶して、彼らのやり取りにそっと耳を傾ける。眼鏡のディテールとトレンドについてマニアックなトークが交わされてる。どうやら九州から来たセレクトショップのバイヤーのようだった。そのバイヤーは、選んだ眼鏡を写真に撮ったり、メモを取ったりし、ひとしきりすると、時間を気にしながら、いそいそと挨拶して帰って行った。

「お待たせしました。コーヒーでも飲みます?」

バイヤーを見送った後、そんな風に話しかけてきた彼こそが、この「Bobby Sings Standard,」というアイウエアブランドのデザイナー、森山秀人。デザイナーとは言うものの、先ほどのようなバイヤーの注文を受けるのも、ファクトリーとのやり取りといった生産面も、自分のようなプレスへ対応も彼ひとり。もちろんブランドのコンセプトやシーズンテーマを考えてるのも彼だ。

コーヒーをドリップしてる彼に、まず問いかける。

なんでまた、“POST PUNK”なんすか?

「みんな、そう聞きますね。そんな変ですか ?」

いや、そりゃ聞くでしょ。パンクならまだしも、ポストパンクなんて!

「最初は“NO WAVE”にしようかと思ってたんだけど、それじゃ、よっぽどの音楽好きにしか伝わらないな、って思って、“POST PUNK”にしたんですよ」

“POST PUNK”でも伝わるかは疑問だけど…。そういえば、前のシーズンのテーマは確かJAZZだった。それは分かる。昔のジャズメンのスタイルってことだよね。彼らがスーツスタイルで掛けてた眼鏡とかサングラス、カッコいいからね。

以前は、ヒップホップのオールドスクールをイメージしたこれコレクションも作ってた。そう、このブランドは、バックグラウンドに音楽を感じるブランドなのだ。

でも、しつこいけど今回はポストパンク。まったく、どんな眼鏡なのかイメージできない。

「眼鏡のトレンドって、ずっとクラシックなプラスチックフレームの時代が続いてたじゃないですか。最近、売れてるのはコンビ枠になって。でも、やっぱりクラシック。それがやっと終わりそうなんですよ。メタルフレームの時代がやっと来た感じで。先月、パリの展示会にも行ってたんですが、ウケてるのはメタルばかりでしたから」

あぁ、やっと、そうなったんだね。僕も“クラシックフレームの次は?”みたいな特集を何度となく雑誌でやったことか…。次なんていつまでたっても来なかったけど。でも、それとポストパンクがどう関係する!?

「パンクがそれまでの価値観を破壊した後、実験的な新しいことが色々と生まれたじゃないですか。今の眼鏡の状況をそれに例えてるんですよ」

なるほど、それで。じゃあ、そのテーマが具体的な眼鏡そのもののカタチになってるわけじゃないのね。

「いや、でも、それだけじゃなくて、ポストパンクの時代のアーティストって、眼鏡の掛け方が今見るとカッコ良かったりするんですよ。例えば、DNA時代のアート・リンゼイとか。あのヘン、イメージしてます」

またマニアックな例を挙げてきたものだ。頭の中に、実験音楽のノイジーなギターサウンドが流れてきた。バスキアが主演してた映画『DOWNTOWN 81』で垣間見た、当時のDNAの姿をボヤッと思い出す。数ヶ月前に来日したばかりのアート・リンゼイは渋味かかった洒落た人になってたけど、当時のビジュアルはちょっと病的な感じ。まぁ、とらえようによってはカッコ良く見えなくもない。

「ボストンってクラシックな玉型だし、正統派なイメージじゃないですか。でも、今回のうちのボストンは違う。ヤベェー奴が掛けてるボストン! ってイメージ。分かりやすい例でいえば、アンディ・ウォホールとかもそう。ボストンって、お坊ちゃんなのだけじゃないでしょ!って提案したかったんですよ」

確かに玉型はボストンだけど、βチタン製のフレームの中に、素材も色も違うチタン製パーツを組み込んでて、他にはないスタイルを実現してる。ゴールドを配した色使いも個性的だ。単に当時の眼鏡を再現したというわけでもないアプローチも新しい。

そのボストンの隣にはラウンドのモデルも。こちらには、よりパンキッシュさを感じるピンク色もラインナップされている。個人的に気になったのは、オーバルがかったスクエア型のモデル。これは玉型からして珍しい感じがする。

「それいいでしょ。90年代前半のアルマーニとか、あの頃の眼鏡を今日的にアレンジしてみたんです。ちょっと小振りなサイズ感とかもあの時代のイメージ」

いまファッション界隈では90年代って言われてるしね。でも、これはちょっと掛けこなすの難しそうじゃない!? と思いながら手に取ってみた。つくりがいい。ディテールまで本当によくできてる。そう、このブランドの魅力は、そこにもある。コンセプチュアルで、デザイン的に新しい提案をしてるようなブランドには、つくりが荒かったり、掛け心地が悪かったりする眼鏡も少なくない。でも、ここは違う。先ほどから、アート・リンゼイだとか眼鏡デザイナーらしからぬ話をしてはいるが、実は彼、元々は大手の眼鏡メーカーのインハウスのデザイナーとして長いキャリアを持っている人物。それだけにモノ作りそのものにも長けているのだ。

モノは試しで実際に掛けてみる…。あれ、意外とすんなりイケる。間違いなく新しくてイカしてるけど、そこまで掛けこなしも難しくないかも。

「そうでしょ。微妙なバランスにこだわりましたから」

結局、そのスクエア型のフレームをオーダーしてしまった。

「10月末には上がる予定ですから、楽しみにしてください」

話の面白さに惑わされて、ついついオーダーしてしまったなと思いながらギャラリーを後にした。渋谷の街に出ると、あちらこちらで再開発が行われているのが目につく。ヴィンテージな建物から出てきたからだろうか。いつも以上にその風景が気になり、失われつつあるモノに想いを馳せてしまう。この街はいったい、どうなってしまうんだろう…。

そこで、不意に先ほどの言葉を思い出した。

“パンクがそれまでの価値観を破壊した後、実験的な新しいことがいろいろと生まれたじゃないですか”

工事中ばかりの街を眺めながら、ふと思う。ポストパンクな眼鏡ーーこれほど、今の東京にふさわしい眼鏡はないかもしれない。オーダーした眼鏡が届くのも楽しみだが、この街がどう変わっていくかも楽しみになってきた。

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