「口にできない思いをリリックに」シンガーソングライターiriの願い

10月26日、シンガーソングライターiriのデビューアルバム「Groove it」がリリースされる。デビュー前にも関わらず、今夏のサマーソニックに出演するなどすでに注目を集めている彼女。

都会的だがどこか懐かしさを持ち合わせる楽曲群とハスキーな歌声に惹かれた私は、iriに音楽に対する思いを聞くべくインタビューの依頼をした。今回が彼女にとってはじめてだと語るインタビューに少し緊張をにじませながらも、胸に秘めた熱い思いを丁寧に話してくれた。

心理カウンセラーを夢見た小学生時代


2014年に、雑誌「NYLON JAPAN」と「Sony Music」が開催したオーディション「JAM」でグランプリを獲得し才能を認められたiri。どのような環境で育ち、音楽センスを身に付けたのだろうか。


「生まれは東京なんですが、神奈川で育って今も逗子に住んでいます。子どもの頃から、家では母親がボサノバやジャズを好んで流していました。クリスマスになればジャズのクリスマスソング集が家で流れていましたね。そういう環境の影響もあってか、歌うことも音楽を聴くことも大好きな子どもでした」

―歌手を目指したきっかけは?

「実はもともとは心理カウンセラーになりたかったんです。小学3年生の頃、ときどき学校に来る女性カウンセラーの先生がいました。当時自分の意見を伝えることや人と話すことが苦手だった私は、そのカウンセラーの先生が憧れで。

そうした体験から『いじめられている子が駆け込めるような場所を作りたい』と、思ったんです。

でも結局人と話すことが苦手な自分を克服できなくて。それで自分の思いをリリックに乗せて伝えてみたらどうかなって思ったことが歌手を目指したきっかけでした。普段言えないことも、歌詞にするとなぜかなんでも言えちゃうみたいな感覚があったんです」

ありのままの自分の心情を歌詞に描きたい


人とのコミュニケーションを図るツールとして歌って表現することを覚え、歌手を夢見た少女は家にあったギターを独学で学びはじめた。そして学生時代にアルバイトをしていた老舗のジャズ・バーで弾き語りのライブ活動を開始する。


―作曲を始めたのはいつ頃?

「高校3年生から大学1年生にかけてですね」

―作曲に関する知識も独学?

「そうですね。音楽学校に通ってはいなくて、身近に曲作りのことを教えてくれる人もいませんでした。ギターコードを自分で調べながら覚えて、まずはシンプルなコードを使いながら曲を作りはじめました。そこに即興で言葉を入れて歌詞にしていたので、ギターも曲作りも手探りで覚えていった感じです」

―作曲の際に大切にしていることは?

「作曲をはじめたときからメッセージ性を重視していたので、作詞はとくに大切にしています。もちろんメロディも曲の雰囲気も大切ですが」

―歌詞には自分自身をなじるような表現や、社会に対する皮肉を描いたもの、恋愛においても切ないものが多く見受けられますが、実生活でもすこし斜に構えて世間を見ていたり、そういう自分がいると感じたりする?

「そうですね。自分自身がそのまま曲になっている感じです。日常を送るなかで世の中や自分自身に対して感じることがあったら、なるべくメモするようにしています。なので、曲にするからといって脚色することはあまりないですね。ときどき妄想で書き足すこともありますが(笑)」

―ネガティブな表現やメッセージ性の強い歌詞を世に出すことに対する不安はなかった?

「あまりないですね。つねに今の自分を見せたいと思っていて、そこで共感してくれる人もいれば、『コイツなに言ってんだ』って言う人もいると思うんです。でもそれはそれでよくって、どんな形でもだれかの心に響いてくれたらいいですね」

これまでの自分、

これからの自分へ向けた“Groove it”


「Groove it」に収録されている楽曲は作詞作曲をすべてiriが手掛けている。アレンジャーには「水曜日のカンパネラ」のメンバーでもあるケンモチヒデフミや、平成生まれの新鋭トラックメイカーチームTokyo Recordingsなど、時代を牽引するアーティストが名を連ねる。これまでギター1本で弾き語られてきた楽曲は、今作でより洗練され、アーバンでありながらソウルフルなサウンドを楽しめるアルバムとなっている。


―弾き語りのライブではリズムやメロディラインからサーフ感を強く感じたのですが、今回のアルバムでガラッと曲の雰囲気を変えられた意図は?

「もともとはギター弾き語りだったんですが、ゆくゆくはトラックを自分で作って、あわよくばひとりで機材をいじりながらライブができたらカッコいいなと思っていたんです。だから自分にとっては自然な変化で。特に今流行している表現に寄せてみたという気持ちはないですね」


―世の中にいろいろな音楽があるなかで、他とは違うiriの音楽を確立させる上で大事にしていることはなんですか。

「歌い方もそうですが、やっぱり歌詞ですね。綺麗な文面ではなく、刺激的なリリックにすることでリアリティが出ると思っていて。iriという人間の中身を文字にしている感覚です。日記じゃないですけど(笑)。自分自身を歌詞で表現しているので、それは私にしかできないことだと感じます」

「今ってリアルな歌詞が少ないような気がしていて。恋愛の曲には切なく赤裸々に心情を描いているものはたくさんありますが、たとえばイジメなどの社会問題に対して、感じたことを赤裸々に歌詞にして歌う若い女性シンガーさんってあまりいないですよね。そこがiriの強味になればいいなって思うんです。

でもまだなにもかも手探りで実験状態なので、とりあえずは自分のリアルな心情を描いた歌詞を書いてみて世に出して反応を見る。もしそれが人に響かないようならまた考えます(笑)」

―そういった思いを含めて、アルバムのなかでも思い入れの強い曲は?

「そうですね…どの曲も思い入れはありますが、しいて選ぶならリード曲の『rhythm』ですね。逗子で育って今も住んでいるんですが、こうして東京で活動するようになって、あまりの環境の変化に自分のなかで葛藤やくすぶるものがあったんです。それを歌った曲なのでぜひ聴いてもらいたいですね。

『半疑じゃない』も自分の感情をバーっと書いた曲なので、どこかに響く人がいるんじゃないかなと思います」

―楽曲に乗せた思いがリスナーにどんなふうに伝わってほしい?

「日常のなかでなにかに潰されそうになっている人がいたら、私の歌を聴いて『同じように思っている人がここにもいた。ひとりじゃない。また頑張ろう』って思ってもらえたらうれしいです」

―では最後にiriさんにとっての音楽とはどういったものかを教えてください。

「ん~……なんだろう。なんですかね(笑)。自分を一番表現できる場所、ですね」

人と話すことや意見することが苦手で、取材当日も緊張のあまり電車を乗り過ごしてしまったというiriだが、普段あまり口数が多くないぶん音楽に込めた思いの重さは計り知れない。

彼女の歌声に背中を押してもらった私としては、ひとりでも多くの人の心にその声が届いてほしいと願っている。


Photographer : Kazuma Yamano / 山野 一真


【出演ライブ】

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