“大きいサングラス”といえば「INARI」。デザイナーINARI TSUCHIYAの頭の中

ファッションが好きで、サングラスをかけることに抵抗がない人なら、「INARI」というブランドを聞いたことがあるのでは? 

“オプションではなく、主役になるサングラス”をコンセプトに、ビッグフレームのアイコニックなデザインがアーティストやモデルの目に止まり、ブランドは5年目。今年はメインとなる「INARI EYEDENTITY」に加えて新ライン「THIS by INARI」をスタートさせ、全国を回るポップアップツアーを展開、さらに東京ではフォトエキシビジョンも開催された。

クラシック、スタンダード、定番、そんな言葉がファッション界の“バズワード”になり、気づけばファッションが紋切り型になってしまった気もする今日この頃。

時代を反映すること、そして逆に反映しないこと(自分のスタンスやアイデンティティが揺らがないこと)。その両方を持っている数少ないブランドのひとつとして、デザイナーのINARI TSUCHIYAに、今考えていることを聞いた。

─新しいラインができたそうですね。どんなラインなんですか?

「簡単に言うと、僕のサングラスってちょっとアクが強いので、INARI EYEDENTITYをかけたいんだけど、ちょっと難しいなっていう人たちのために、カジュアルなラインを始めてみたんです。ブランドも5年目になるので、その区切りで新しいことをしようっていうのもある。僕の場合は、このタイミングであえて普通のことをやってみようと。本当はあんまり作りたくないんです、こういう普通のデザイン(笑)。でも、結局これが売れるんでしょ?っていう皮肉も込めて、THIS by INARIという名前にしていて。これは僕からのディスですよっていう(笑)。メガネとかファッションとか、スタンダードなものに対してのアンチみたいな。だけど、アイテムはきっちり綺麗に作るし、“今はこれ”っていう意味でのTHISでもある。本来やりたいことはずっと変わらずINARI EYEDENTITYでやっているので、こういう新しいアプローチをすることでまたサングラス人口が増えればいいかなと思ってます」

─なるほど(笑)。まったく別の考え方で作れるラインなんですね。

「そうですね、全然違う。THISでは今はこれでしょっていうアイテムをどんどん出していこうと思っていて。だから右にも左にもいける。もちろんすべてのデザインを僕がやっているので、自分が感じている“今”の時代を反映したものが出していける」

─メインの「INARI EYEDENTITY」に関しては、ビッグフレームがアイコンになってます。5年たってみてどうですか?

「もちろん、こっちもある程度はトレンドとかを組み込むようにはなりましたが、パッと見てINARIって分かるようなデザインという意味では変わらないですね」

─大きくは変えられないですもんね。

「大きく変えられないというよりは、大きいのが好きっていう(笑)。シーズンごとにまったく違うものを作る人もいるけど、結局それだとお客さんを振り回しちゃうと思うんですよね。右に行って次に左行って、来年は斜め前みたいな感じよりは、INARIって大きいよねとか、やっぱりINARIってこうだよね、っていう方がいい。僕自身だと黒い服しか着ない、黒子でいるっていうのもブランディングのひとつです」

─「大きいサングラスといえばINARI」っていうのは、もう定着してませんか?

「そうなんですかねぇ。あんまり、ずっと実感がないんです。ドーンと上がることもなければドーンと下がることもなく、じわじわという感じ。あんまり担がれてもあれなんで、自分のリズムでやっていければいいかなと思ってます。INARI EYEDENTITYに関しては、朝起きて顔を洗うみたいな感じで日常の自然な動作に近いくて、THIS by INARIはもうちょっと、朝ごはん食べて仕事に向かうような感じ(笑)。その違いを楽しんでもらいたいですね」

─そもそも、大きいサングラスを作ったのはなぜですか?

「最初は、“こんなにでかくなっちゃうんだ”って感じでした(笑)。自分で描いておいて、自分でびっくりするくらい大きいサンプルが上がってきちゃって。本当はもう少し小さくするつもりだったんですけど、これはこれでありかなと思って。ここまで振り切れたのが逆に良かったのかなと今は思いますね。それを続けて5年たったんで、そろそろ新しいことをやりたい気持ちがあって、今年は新しいラインのほかに、ポップアップツアーもやっています。全国10箇所くらい回って、そのあと今年いっぱいはLAに行くつもり。とにかく“いつも動いている”っていう状態でいたい」

─すごく東京らしいブランドだと思うんですが、地方ではどういう風に受け入れられるんでしょう。

「ありがたいことに、ユーザーのなかにアーティストやモデルなど著名な方がいて、展示会に来てくれたりしてるのもあって、その人たちのファンの方も多いです。あとは、今はSNSがあるんで、僕のアカウントを見て興味を持って来てくれたりとか。いろいろですね。本当に、人に恵まれているのが大きい。日々、いろんな人に感謝しています(笑)。はっきりとした評価は分からないけど、PVに使いたいと言ってくれたり、雑誌の特集などで声をかけてもらえたりするのは、それなりに“サングラスといえばINARI”って周りには思ってもらえてるのかな」

─舞台映えするアイテムですよね。だから、人に見られる仕事をしている人たちにとっては、使いやすい。単純に目立つということがアイデンティティっていうところにつながるというか。

「そうですね。僕も普通に一般人だし、みんなそうなんだけど、INARIのサングラスをかけたときは、そういう気持ちになれたりとか。ちょっと背筋が伸びるような存在になったらいいかなと思ってます」

─最近はそういう個性の強いアイテムは敬遠されがちですよね。シンプルで邪魔しない、無理しないものが好まれる。でもファッションってもっと変なものがあっていいし、引っ張られるくらいのものが本来は面白いんじゃないかなって。ノームコア的なものが落ち着いて、そろそろこういうのが戻ってくる気がします。

「そうですね、個人的に次はまたモードっぽい感じが来ると思っていて。じゃあ自分のブランドがモードかって言われればモードじゃないんですけど、服のジャンルどうこうより“ちゃんと着飾る”っていうことがモードなのかなと。そこら辺にあるやつでなんとでもなるような、とりあえずプリントしました、みたいなのが多いけど、そういうんじゃないところで着飾るっていう傾向になっていくんじゃないかな。メガネだけで見ても、ここ10年くらいはウェリントンみたいなタイプが主流だったけど、ここ数年でコレクションブランドが大きいものを出しはじめてる。僕が20歳くらいのときに大好きだったスタイルが、やっと一周して戻ってきたかなっていう感じはします」

─同じスタンスで続けてきたからこそっていうのもありますよね。

「なんとなくやってたら5年続いてたので、そういうタイミングが来るといいですね。人には“よくやってるよね”って言われるんですけど、ブランド、ビジネス、ファッション、どれもやったことがなかったから、逆に“続けるのが大変”っていうセオリーもよく分からなくて(笑)。感覚だけでやっちゃってたので。ファッションを使ってビジネスをしようというより、ファッションが好きでやりたかったからビジネスになっちゃったという感じ。それが良かったのかもしれないです。今、6パネルのキャップとかロンTとか、プリントも安いからすぐできちゃうじゃないですか。それを大量に作って大量に売るっていうのは、クリエイティブでもなんでもないと思ってる。そういうビジネスとしてのファッションじゃなくて、売り上げはトントンでいいから本当に作りたいものを作る。そう思ってきたことが今につながっていると思ってます」

─確かに今そういうものが流行ってますよね。だからこそ、そこに入るグラフィックとかが重要で、それが面白ければOKってとこもある。それが良いか悪いかを各々判断するのが大事ですね。

「よくデザイナーになりたいっていう子から“こういうの作ってます”って見せてもらうことあるんですけど、今あることでできてしまうようなものはやらない方がいいよと言ってます。もっと煮詰めた方がいいよって。だれでもできるような、とってつけたようなことをやっていても、デザインでもクリエイティブでも何でもない。もちろん僕もいろいろ見てるんですけど、そこまで言うようなグラフィックもあまりないかなって。買ってくれている人には伝わっていると思うので、このまま僕が曲がらずに思いを込めて作っていれば、ついてくきてくれるんじゃないかなと思ってやっています」

─作りたいものは常に頭にあるんですか?

「あります。常に100個くらいある。いや、100は盛ってますね(笑)、30個くらいは常にあります。じゃあ今年はこれを下ろしてこよう、次はこれ、みたいな感じで決めていってますね。今シーズンどうしようかな~ってところから始めることはないです」

─サングラスってデザインの幅が限られると思うんですけど、窮屈に思うことはないですか?

「多少はありますね。でも、僕サングラス好きなんですよ。だから、あまり不自由に思うことはないかな。デザインというよりは、例えば上代とコストのバランスを考えなきゃいけないとか、そういうことの方が多い。自分の中にビジネスをする人、デザインをする人、それぞれ100パーセント考えられる人がふたりいなきゃいけないというか。そっちの方が大変ですね。客観視できないとダメなので。だからサングラスのデザイナーというよりは、”INARIという職業”をやっている感じ。ひとりだと、そのくらいいろんなことをやっているので」

─サングラスを作って売るという以外に、「INARI」として考えていることはありますか?

「例えばポップアップショップで使うポップとか、デザイン系のアートディレクション。もっとすごい人はたくさんいるのであまり大きいことは言えないけど、最近はアーティストのアートワークやジャケットを作ったりもしています。個人的なことになりますが、そのうちデザイン会社を立ち上げて作りたいものが作れる環境にできたらいいなって。サングラスは好きだからやってるので、他にも好きなことや興味を持ったことがあれば、何でもやるつもりです。そのきっかけがサングラスというか」

─やっぱりヴィジュアルを作るのが好きなんですね。

「そうですね、広告ヴィジュアルを見るのも大好きです。今は外部のパートナーとかを集めだしてて、そういう人たちと集合体になればいいなと。それで外から仕事を受けたり、自分たちにも反映させていって。今はものを作って売るだけじゃなくて、協力して大きくしていくっていうのもビジネス的に面白いなって思います。INARIに関しても、ショールームベースのオンリーショップを期間限定で作ったり、いろんなことを試していきたい。インディペンデントだからこそ、思いついたことはすぐに仕掛けられるから。ルックイメージを作るときも、NYにいたらその場でモデルハントして、サングラスをかけてもらうんです。で、お礼にサングラスをプレゼントする。モデルに10万払うより、街で作った方が写真も面白くなるし、コストもかからないから。道を歩いてる普通の人だから、ガチガチにならないし、そういう感じが好きなんです」

─考え方のベースはやっぱりストリートなんですね。

「ずっとそこで育ってきたので。声をかけるのも黒人の人が多いんですけど、彼らのカルチャーが好きだから、やっぱり自然とそうなっちゃう。今、渋谷のCARBONで写真展もやっているんですが、そうやっていろんなところで撮ってきた写真を並べてます。サングラスは置いてないけど、綺麗な写真や良い絵を見て何かを感じるように、ヴィジュアルからINARIのサングラスを感じてもらえたらうれしいです」

─デザインやショップなど、場所が増えることでブランド自体もどんどん広がっていくのでは?

「そうですね。今年はもうLAに行っちゃうんですが、今後はベースを日本に置いておいて、僕はどこでも行ったり来たりできるっていうのが理想です。そういうシステムを作っていきたいなと。アメリカで仕事をするときも、ディストリビューターやPRの人に会ったり、ショールームを回ったり、アーティストの知り合いに会ってコネクションを増やしていったりとか、地道ですよ。日本で5年かけてやってきたことと、同じようにイチからやっていく。とにかく自力で、現場叩き上げなんで(笑)。もちろんまだ日本でやれることもあるし、どんどん動きたい。見てる人は見てると思うから、その人たちを常に楽しませていたいし、興味を惹いていきたいですね」


text & interview : 坂崎麻結 / Mayu Sakazaki

photography : 伊藤元気 / Genki Ito(symphonic)

coordinator : 栗田祐一 / Yuichi Kurita(NEWTHINK)

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