謎多きマイナーダンス音楽「チップチューン」って?/音楽家・USKインタビュー

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ゲームボーイで観客を踊らせる。そんな不思議なライブをする音楽家たちがいる。彼らが奏でるのは「チップチューン」って呼ばれる音楽。 

「使用機材はゲームボーイ」「ピコピコ音」「8bitで作る音楽」・・・断片的な情報からオタク文脈のイロモノを想像した俺の目測は、甘かった。  

まずは下の動画を見てほしい。この強烈なダンスミュージックがゲームボーイで作られたっていう事実は、十分に衝撃的だと思う。 



これは、日本でのチップチューン第一人者のひとり「USK」の、2010年のライブ映像。今回そのUSK本人に話を聞くチャンスがあった。 


 Skypeでのインタビューで、USKはこう話してくれた。 

「チップチューンだからって、何も凄くない 」

「チップチューンを作るだけなら簡単」 

・・・一体どういう意味だろう? 順を追って、聞いていこう。 



チップチューンの定義 


—インタビューに応えてくれてありがとう。まずは、チップチューンって何か、って話を聞きたくて。

USK(以下U):ざっくりした定義は「昔のゲーム機を使って作る音楽」かな。たとえばゲームボーイやファミコン。その頃のゲーム機って、CDみたいに録音した音を流すことができないんだよね。じゃあどうするかっていうと、PIC(コンビューターの基盤)自身が「ピー」「ポー」「ペー」「パー」って音を鳴らすの。そのブザー音で、音楽を作る。  


—ストップウォッチ押したとき「ピッ」って鳴るのと同じってこと? あの単純音の組み合わせでこんな曲が出来たって、ちょっと信じられないな。

U:ビブラートをかけたりピッチを変えれば、「ピー」っていう音が変化するでしょ? その組み合わせ。  



 USK「Bleeps Love Breaks 」

USKの曲に海外のファンが映像をつけたもの。



—「高橋名人」とか、当時のゲーム音楽も同じ方法で作られたんだよね? それと比べると、チップチューンは低音の厚みや音色の幅がずっと豊かに感じるね。

U:ゲームは画像処理がメインだから、音楽に充てるマシンパワーは限られてる。音にこだわりすぎると、グラフィックが動かせなくなる。チップチューンの場合、マシンパワー全部を音に使える分、よりいろいろなことができる。   



チップチューンの魅力=制限


—マシンパワーをフル稼働させてもゲームボーイは4bit。当然できることは限られてくるよね?

U:そこがチップチューンの面白さだと思ってて。制限がめちゃくちゃ多いから、クリエイティビティが刺激されるっていうか。 


—なるほど、完全な自由よりも、制限があるほうが。

U:たとえば、冷蔵庫の残り物でメシ作ろうと思ったとき、スーパーに買い物行ったら負けっていう感じ、あるじゃん? あの感覚。ギリギリの制限の中で作るからこそ、想像を超えた奇跡が起こりやすい。そういうのがアートの境地だとも思う。  





—曲の制作って、具体的にはどうやるの?

U:ゲームボーイには音を出すチャンネルが4つあって。いわゆる「ピコピコ音」を出すチャンネルが2つ。独自波形を作るチャンネルが1つ、ノイズが1つで、合計4個。  


—その4個の組み合わせで、あんなに凶悪な低音が作れちゃうのか。  

U:ああいうゲームっぽくない音は、プログラムで作るんだよ。ピコピコ音を上から落っこちる感じに変化させたり、「ポー」と「ペー」を短いスパンで交互に鳴らしたり。その命令を組み合わせていくと、ゲームボーイがだんだんシンセサイザーの振る舞いになってくる。ヘボい音のシンセ。人間の声をサンプリングすることもできる。



Cow'p 『Town Cat』

「Cow'p はかなり低音を出すチップチューンをやる人だね 」(USK) 



—ゲームボーイの歌声ってことか、すごいね。 

U:このライブ、1:00くらいのところから声を使ってる。元は「ピー」とか「ポー」しか出せない音源チップだからさ、声に聴こえるように調整するのは、めちゃくちゃ大変だけどね〜。 



USKのLIVE


—この動画を見ると、ゲームボーイを2台使ってるの?

U:ライブだと、ゲームボーイ2〜4台をミキサーで繋いでる。低音や高音だけ抽出したり、それを重ねたりしながら演奏する。実は、この方法を最初に始めたのは俺なんだよ。  


—USKが始める前は、みんなゲームボーイ1台でライブしてたの?

U:そうそう。1台だと、ターンテーブル1つでDJやるみたいなもんでさ。1曲最後までやって次の曲かけて・・・っていう感じ。複数使うと途切れずにプレイできるようになる。いろんな人に伝授したから、今は複数台使いが主流になってる。   



チップチューンの起源


—チップチューンっていつ頃生まれた音楽なの?

U:1990年代にスウェーデンのオタクたちが、ゲームを改造してビデオを作り出したんだよね。マリオの絵が出て来る映像を作ったんだけど、その映像にあわせて作られた音楽が、最初のチップチューンって言われてる。彼らは「amiga」っていうゲーム機を使ってたね。  


—・・・「amiga」で検索したらカルト的名機っぽい感じの記事が出て来るね。このamigaから、ゲームボーイやファミコンへと移行してきたのか。

U:ファミコンやゲームボーイ向けの作曲ソフトが出回ったのが転機だね。ファミコンなら「MML」、ゲームボーイなら「ナノループ」とか「LSDJ」っていうソフト。どれもヨーロッパで作られた海賊版。



  


—「LSDJ」って、ずいぶんアシッド的ネーミングだな・・・。 

U:ヒドいよね〜。一応、Little Sound DJの略ってことになってるけど。  



USK×ANAMANAGUCHI

NYのチップチューンバンド「ANAMANAGUCHI」に、USKが客演したときのライブ。



—ははは。とにかく、チップチューンはヨーロッパのイカしたギークたちが発生源ってことか。日本のチップチューンシーンはどんな感じなの?

U:国内の第一人者だと、SaitoneとかQuarta330っていう人とか。ちなみに、「チップチューン」っていう言葉を考えたのはhallyっていう、日本人のミュージシャンだよ。Utabiは知ってる?


—「19頭身」っていうレーベルに所属してる人だよね。彼の音源、聴いてるよ。

U:Utabiも元々チップチューンやってて、hallyの弟。この兄弟はオールドスクールだね。「X68000」ていうオールドパソコンで曲作ったり。 



Utabi「Three Tennies」

「この曲は、泣ける」(USK)



U:あとは寺田創一さんもOmodakaっていう名前でチップチューンやってるよ。



Omodakaのライブ



ギターの代わりにゲームボーイで路上ライブ


 —そもそも、どうしてチップチューンを始めたの?

U:路上でギターやってる人がうらやましくてさー。そしたら友達が「ゲームボーイでテクノつくれるよ」って教えてくれて。それなら電池で動くし、どこでも演奏できるじゃん!って。  


—ゲームボーイで路上テクノか、かなりのインパクトだな。

U:「辻テクノ」っていう名前で、MARUさんっていう相方とやってたね。ゲームボーイの白ロムにチップチューンの作曲ソフトを書き込んで街で配ったりもしてた。マイナーなジャンルだから、仲間を増やしたくて。 




「辻テクノ」ライブの様子



—USKは海外のファンが多いイメージがあるけど、どうなんだろう?

U: 2004年頃かな。「PICOPICO DISCO」 っていう作品がウケて、海外にも呼ばれるようになったね。ロンドンでお客さんの携帯の着メロが俺の曲でさ、すげー嬉しかった。 



U:チップチューンで、わかりやすく踊れるダンスミュージックをやってる人って当時はいなくて。この曲が最初かもしれない。それで注目してもらえたんじゃないかな。  


—“わかりやすい曲”を作ることに、抵抗は感じなかったの?

U:不思議なことに、チップチューンならアリだったんだよね。普通に作ると恥ずかしいメロも、ピコピコ音だとなぜか恥ずかしくないっていう。自分でも発見だったね。 




「チップチューン」っていうだけじゃアートじゃない


U:でもさ、実はチップチューンを作るのは難しくないんだよ。  


—どういうこと? チップチューンって、簡単に作れるの?

U: “ただ作るだけ”ならね。作曲ソフトもあるし、多少音楽のスキルがあれば割と簡単にできちゃう。 


—そうなんだ。それは意外。 

U:チップチューンって「ゲームボーイで曲を作る」っていう手法自体で注目されてる面もあるんだけど・・・それ自体は凄いことでもなんでもない。それだけじゃ、アートじゃない。  





—「ゲームボーイで作曲」「8bit音」とかプロセスに注目されがちだけど、実はそれは手段ってことか。目的じゃない。

U:何の機材使ってようが、いい曲はいいしダメな曲はダメだと思う。「チップチューンだから良い曲だ」なんていう判断は、おかしいじゃん?


—たしかにね。

U:どうやって作られたものでも、曲がよければ聴けばいいと思う。とてもシンプルなことでさ。 


—USKにとってチップチューンの手法は重要じゃないんだね。チープな機材の制限の反動で、音楽的飛躍が生まれる・・・それが大切っていう。

U:コントロール不能なマシンを相手に、ギリギリの制限の中で試行錯誤し続ける。その中で、奇跡みたいな音が生まれる瞬間が多かったんだよ。自分の想像の外側へポーンと飛び越えるような・・・そういう創作こそが、俺はアートだと思う。  


—じゃあ、仮にゲームボーイをコントロールしきれたとしたら?

U:実は、俺はコントロール仕切れるところまで突き詰めちゃったんだ。それでもしばらくは、ファンのためにチップチューンを作ってたんだけど・・・でも、それはアートじゃない。無目的にわき上がるものを作りたいし、そういう音こそ聴きたいよね? だから、今現在はチップチューンは作ってなくて。また初心でゲームボーイに触れられるようになったら、もう一度手に取ろうと思うよ。 


—今はどんな音楽を作ってるの?

U:ゲームボーイで曲を作ってると、技術的に不可能なことばかり。だから、チップチューンを作りながら、「もし制限が取っ払われたら、やりたいこと」が蓄積されていって。今は、それをドラムマシンを使って実現させているところ。



 


USKが「テンペスト」っていうドラムマシンで作った曲は、全員匿名のレーベル「CLOCK HAZARD 」からリリースされている。 



どれがUSKの曲かは、俺も知らない。CLOCK HAZARDに他にどんな音楽家がいるのかも、探らなかった。

 作者、知名度、ジャンル・・・すべての文脈や情報の枠を飛び超えて、自分の感性だけで表現に触れる自由さ。それこそを、俺たちはもっと楽しんでいいと思ったんだ。


Interview&text:Masaya Yamawaka/山若マサヤ 


USK soundcloud 

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