知っている人は知っている、中目黒のハブスポット「have a good time」

have a good time」と記された、このロゴを見たことがないだろうか。

ストリートカルチャーに精通している人なら当然承知だと思うが、僕はそちらの方面に必ずしも強いわけではない。しかし『Libertain DUNE』という雑誌で1ページを丸々飾っていたこのロゴを初めて見たとき、そのテキストとデザイン、そして何よりフレーズが脳裏に焼きついた。

これは一体広告ページなのか、それともイラストレーターが寄稿したものなのか。そのページにはどこかへ進むことができるURLもないし、QRコードも記されていなかった。

そこから何かを推測するにはあまりに情報が不十分で、仮にググればいろいろなことが分かったのかもしれないが、そのときは何もしなかった。

ところがある日、中目黒を歩いているとき(道に迷ったとき)に、路端裏でふとこのロゴに出会った。そして吸い寄せられるように店内に入ったのだ。今回はそんなお店の取材だ。

「have a good time」はもともと、今はなき白金にあるギャラリー「THE LAST GALLERY」の2Fにオープンしたが、2012年に中目黒の路地裏に場所を変えて再度オープンしたセレクトショップだ。

店内にはhave a good timeのオリジナルプリントとBEAMSやVANSとのコラボスニーカー、HOMERUNなど東京で活躍するアーティストの作品やZINEなどがセレクトされ置かれている。


店内でスタッフと談笑しながらアイテムを物色していると、オーナーでありデザイナーを務めるKenさんがやってきた。

「遅くなってすみません。ここは暑いし立ち話はなんなので、下のホットドッグ屋さんで話しましょうか」

そう言って彼は、地下に僕らスタッフを招き入れてくれた。

背景のカルチャーを感じとれる感度の高い人がお店についてくれた

「なんでも聞いてください。本当は取材受けるのはあんまり好きじゃないんですけどね」

そう言いながら椅子に腰を下ろして、話を聞く体制を作ってくれた。まずはお店の成り立ちから。

「自分から『THE LAST GALLERY』の林さんに伝えて始まりました。ギャラリーで紹介しているアーティストさんともつながりができたので、そういうものを生かす場をやらせてください、と伝えたら乗ってくれたんです。

商品のセレクトは自分のバックボーンでもあるストリートカルチャーのファッションとかアートに関係のあるものを出していました」

『have a good time』という名前はどのようにして考えられたのだろうか。

「単純に幅広い解釈をしてもらえるものがいいと思って考えた名前です。広まっていったのも、名前とロゴから匂い立つ情報から、感度の高い人が反応してくれたというのが大きいですね。

ストリート界隈の知り合いが多かったけど、そういう人たちだけが来るお店にしたかったわけじゃないんですよ。名前とこのロゴありきで、物事が動いていったんじゃないかなと」

実は僕自身もその口だと伝えると、厳しい顔をしていたKenさんの眉間のシワが消えた。

「ふふ。それは狙い通りですね。アーティストやクリエイターが集まる小さなコミュニティから始まっていったから、最初は知っている人やコアなファンしか来なかった。けど、中目黒に店舗を移してからは少しずつふらっとお店に入って来る人が増えてきた。

だから日を追うごとに客層が変わっていってる気がします。『have a good time』のロゴを知っている。ネットで探したらお店だって分かる。でもそれ以上の説明はほとんどネットに転がっていない。どんなところかを知るためには、お店に来るしかないじゃないですか」

確かにお店に来たとき、どこまで裏側に敷かれたコードを読み取ることができるのかを試されているような気分にもなる。いろいろなものが懇切丁寧に説明されていることが多いなかで、そういうお店は背筋が伸びた気持ちになる。

「だから特別有名な人が来たところで、えこひいきしたりしない。そうするといい緊張感が生まれるんですよね。もちろん気になることがあって、きちんと聞いてくれれば答えるけど、僕らの情報をタダであげることはないよっていう(笑)。

というのも、選んでいるもので僕らのアティチュードがわかってもらえると信じているから。あえてお客さんに必要以上に親切にしたりしない。僕がお店に立っていて『デザイナーはだれですか?』って聞かれたときに『実は僕なんです』と言って驚かれたときのリアクションとか、『いろいろな人が作っているんだよ』とか嘘言ってみたときのリアクションとかを見るのが面白い。要するに僕は、だれとも距離感を掴まれたくないんだよね」

聞き手の想像を超え、僕の質問の意図や話を煙に巻いていく。僕がその言葉から続く言葉があるのではないかと推し量り黙っていると、Kenさんはこう続けた。

「でもなんだか分からないなりに、現場で生まれたやり取りの密度とか濃度に本当の面白さがあるんじゃないかと僕は思うんだよね」


韓国、香港、上海への進出が成功している理由

「have a good time」は1年ほど前から、韓国、上海、香港で展開している。アジアに商材を展開するなかで、アジアのマーケットの勢いを痛感するという。

「今仕事をしていて一番面白いのはアジアっすね。上海、香港ではそれぞれ自国の色を出していて国によって全然マーケットが違うのが面白い。特に韓国なんて今すごい勢いありますよ。クリエイターも若いヤツらが多い。20代でブランドを立ち上げて店を構えて、きちんと売上げ出してるし、ネットの使い方もうまい。

上海店は現地に10年くらい住んで、飲食関係の仕事をしている日本人から『have a good time』をこちらで出したいという話が来たのがはじまりで。『あなたはだれですか?』というところから始まって、半年でお店の展開まで漕ぎつけた。

そういうスピード感や勢いって今の日本にはないなって感じるんですよ。彼らはすごくハングリーなんですよね。こっちで成功していてふんぞりかえっているやつらに『負けちゃうよ』と言いたいくらいです」

東京のストリートのカルチャーに危機感を持っているからこそ出る言葉なのかもしれない。今では店舗に足を運んでもらうことの難しさを痛感しているみたいだ。

「ファッションでもカルチャーでも、日本はアジアでトップだから、彼らは情報がないなりに僕らみたいな連中のことを嗅ぎつけてくる。そういうカルチャーを渇望しているからね。でも日本はクオリティーの高いものや情報があふれてすぎている。そういうなかで自分たちのものを買ってもらおうと思うのであれば、そこにしかないカルチャーやストーリーを提案しないといけないと思うんですよね。

わざわざお店に行きたい、会いに行きたいと思うヤツがいないと、東京でお店を構えていても全然意味がない。そのためにわざと隙をつくることを意識している。たとえばすべてがインターネットに載っていないとか。デザイナーがだれかも記されていないとか。『ここに何があるんだろう?』って思わせることってすごく大事だと思う。

結構いろんな人が勘違いしているけど、ネット上で転がっている情報って実は最新じゃない。しかも嘘も紛れ込んでいることもあることを忘れている人が多い。オンラインショップですぐに買えるってみんな言うけど、それって僕らのようなお店の場合、1日後、2日後、3日後に置かれるから。オンラインショップに載せる前に現場で売っているし、そこにしかないものは当然あるよね」

アジア進出に成功しているが、Kenさんの口ぶりに奢りはない。自分たちの立ち位置をどのように見ているのだろうか。

「僕らは洋服屋さんでずっと働いてきたわけでもない。そういう意味では完全なる素人。そういう"洋服畑"じゃないヤツが、オープンから6年でアジアに進出している状況は客観的にみても面白い。たとえば、数年後中国のスケーターがお店に行って情報をどんどん吸収してでかくなって、『have a good time』から影響を受けたみたいになったとき、他の日本のクリエイターがどんな顔するかなって思いますね。『僕らはどんどんやっていくよ』っていうだけなんですけど。そこから広がる面白さをお客さんと共有していきたいですよね。まぁ明日には考えが変わっていると思いますけど(笑)」


ここでしか味わえない時間

Kenさんの話を聞きながら考えていたことがある。『インターネットに溢れる情報で自分の人生を変えられるような経験はしたことがあるのだろうか』『自分は大丈夫と思いこみながら、ネットに転がる情報をすべてを鵜呑みにしていないか』という自問自答だ。

しばし物思いにふけっていると、総括するようにKenさんは話す。

「最初に『あんまりインタビューが好きじゃない』って伝えたのも、自分が発した言葉が1週間後には変わっていたりするからなんだよね。実は、アジアが面白いって感じているのも、もしかしたら嘘かもしれないしね。僕の足元の写真を撮ってくれたけども影武者であっても構わないわけじゃない?

そういうのって、現場で僕のツラを見て話をしている君たちにしか分からないことだし。

結局僕が目の前で起きていることしか信じていないから、そういうことに気付いてくれる人が自然とお店に来るんだろうね。そのお店の空気に触れていないとヤバいなんて思ってくれている子たちもたまたまいて。そういう連中の間で話題になって、また別の客を連れてきて。そのうちのだれかが何か作り出してみたいなことなんだと思う。結局は『ここでしか味わえない時間』っていうのが、これからのお店のキーになるんじゃないかな」

こういうお店に来て、そこに漂う匂いをなんとか嗅ぎ取ろうとして、自分が感じたことだけが結局本当に自分に影響を与えるものだというのは、SILLYを読んでいる人は知っているはずだろう。

「良い時間」=have a good timeの意味を改めて考えてみたい人は、お店に訪れて感じ取ってみるといい。だってこの原稿でさえ、どこかに嘘が紛れ込んでいる可能性だってあるのだから。

photographer:Michito Goto / 後藤 倫人


1コメント

  • 1000 / 1000

  • futatabinamida

    2016.07.23 10:41

    大学出て、新宿の劇場、シアターアップル、だったか。上の飲み屋さんで、緊張しながら飲んだの覚えてるな。髪切りすぎて、えらいことになって。高校球児みたいな頭で飲んでた。