『VR元年』という言葉がさまざまなメディアで駆け巡って久しい。でも本当に流行っているかと考えたら、自分の周辺ではまだまだ。むしろVRを楽しんでいる人のほうが珍しい……なんて思っていたら現実がようやく追いついてきた。
つい先日も『日本科学未来館』でビョークが『Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験』という展示を行ったことで話題になった。日本国内でもVRを導入したミュージックビデオ(以下MV)などが増えてきている。
そんななかHello SleepwalkersやAwesome City ClubのMV、さらに!!!(チック・チック・チック)のライヴを、VRを使って撮影しているチームが『渡邊課』だ。『渡邊課』はConcent, Inc.というデザイン会社の1チームだが、2年前に『絶対やった方がいい』と確信した渡邊氏の思いを発端に作られた、ラボラトリー的なチームだという。
個人的にはVRのように現実を拡張するようなツールが流行すると、現実でとんでもないことが起こる、みたいなディストピア的な思想を抱えているのだけれど、どうしてそこまで彼らはVRにのめり込んでいったのだろう。
チームの成り立ちから、制作事例についてインタビューをしてみた。
全天球映像作家・渡邊徹を中心としたチーム。ビジュアル言語の可能性として全天球コンテンツに取り組み、情報体験の在り方を追求する。水中でのグラビア撮影から、ライヴ映像やMV、ドローンを駆使した空撮などをはじめとして、これまでに50本を超える映像を制作してきた。OculusやGearVRなどでの「見る体験」と合わせた企画を提案する。
ノリではじまったコンテンツ制作
ーそもそも『渡邊課』はどういう風にはじまったんですか?
渡邊(写真、右):3年前くらいに3Dプリンターがちょっと流行したじゃないですか。僕はエディトリアル系のデザイナーなので2次元の表現をしているのですが、そういう新しいツールが大好きで。それを知ってか社長が新しいデジモノが出るたび買ってくるんです。RICOHの『theta』が出た時もとりあえず僕の席に持ってきてくれて、ほぼ勝手に私物化しちゃいました(笑)。そんなノリで3Dプリンターもやってきたんです。一見とっつきにくそうな技術に思えるけど、触ってみるとすごく身近なもので新しいものが作れるのが新鮮に感じて。2年前に『オキュラス』が自分の机に置かれたときも、よくわからないけど非エンジニアなりに身の回りにある機材や知識だけで面白い体験ができて、『これは絶対に流行するな』って直感がありました。そこで社長に無理言って『Go Pro』6台の全天球カメラを買ってもらったんです。それでコンテンツをとりあえず作ってみたのがはじまりですね。
ー越後さんはどういう流れで、ジョインされたのですか?
越後(写真、左):もともとウェブサービス畑の人間で、新しい価値観を世に送り出そうみたいなことが好きで、別の仕事を通じて渡邊さんと知り合ったんです。そのとき雑談で今度VRを使って『MV撮るんだよね』って話を聞いたとき、興味を持って。のこのこと撮影現場について行ったんです(笑)。そうこうしているうちに本格的にジョインすることになった形ですね。
ー最初の実績はなんだったのでしょうか?
渡邊:VRを使ったコンテンツ作りの最初は『Vampillia』というバンドの撮影なんです。『この全天球映像を使って何ができるんだろう』みたいなところから探り探りはじまっていきましたね。
ーデザインとWebサービス。畑は違えど、コンテンツメーカーとしての視点で面白い映像表現ができると思ったんですね。
越後:そうですね。テック系的な視点で新しいものに飛びついたというより、『これがあれば、新しい“ものの見せ方”ができるかもしれない』と考えたところが大事だと思うんです。従来のTVもテロップの使い方など、完成したクオリティで文句なく素晴らしいと思います。それでも僕が新しい技術に飛びつく理由を考えてみると、ユーザーに対して『これなら見たことがないよね?』というのを提案したいなって思ったんですよね。
<全天球写真はこちらから>
ーテクノロジーの新しさを伝えたい、という思いが先行したわけではないんですね。
渡邊:そうですね。自分が体験してみて『これはヤバい』と思ったので。だから切り口さえ正しければアーティスト側も興味を示してもらえる、伝わる気がした。ただテッキーな世界出身の人が『ヤバさ』を伝えるとき、どうしても技術の新しさを伝えようとするケースが多くて。それだと本当のユーザーの視点が置いてきぼりにされてしまう。だからだれかが優れたコンテンツを作りはじめないと一過性のブームで終わってしまうなと思ったんです。
監督経験ゼロでもMV制作にカチ込めた理由
ー制作を続けていくなかで、周囲から注目されはじめたのはどのタイミングでしょうか?
越後:ひとつは古賀学さんとやりだした『水中ニーソ』ですね。
渡邊:そうだね。アイドル系の文脈で評価されたんですけど、そこからMVとかライヴ動画とか、音楽系のコンテンツを作る上で広がっていったのは、本当にここ半年くらいなんですよ。それはYouTubeが全天球映像に対応するようになったというのは大きいと思います。実績としてはSquarepusherのライヴ動画を撮り出した頃からですかね。
越後:あれは死ぬほどテンション上がった。
渡邊:見てもらえたら分かると思いますが、Squarepusherが目の前で自分のためだけに演奏しているような映像が撮影できたので。それを一目見てもらえたらクライアントさん的にも『ヤバい』ってなって。そこから!!!のライヴも撮影することができたんですよね。自分自身もただのファンとしてテンションあがったので、その高揚感とともに仕事できたという感覚がありますね。
渡邊:!!!のライヴコンテンツは結構チャレンジングでしたね。それまで発表されてきたVR系のコンテンツって『カット編集はなしじゃないか?』みたいな風潮があったんですけど、僕たちはカット編集をたくさんしたんです。でもそれがアリだなと思ってもらえて。
越後:そこからMVでの提案とかもしやすくなりましたね。Hello SleepwalkersのMV制作の依頼も来て『リリックビデオを楽曲の世界観で作りましょう』と伝えるなどVRで撮る必然性を意識した制作ができるようになっていきました。お客さんにアーティストを囲んで撮らせてもらったこともありました。
渡邊:実写VRの映像も、ようやくリッチなコンテンツになってきている感覚はありますね。
ーただそもそも映像で撮影を務めたこともないなかで、映像を撮影する仕事に参入するのって大変ではなかったのですか?
渡邊:そうですね(笑)。VR の恐ろしいところは、普段は映らない後ろ側・スタッフ側の映像も問題がないかを担保しないといけないところです。あるアイドルのMVの撮影現場に行った時に、撮影の規模の大きさと、現場の人たちの鬼気迫る状況に変な汗をかきましたね。
越後:『どうもです。カメラ置きます。じゃあ行きます〜』みたいなノリでやっていて。機材もすごく少ないし小さいし。そのなかでクオリティーをきちんと担保しないといけないのでね。
渡邊:だから、最初はノリで自分を『監督』とか名乗ってしまったんですけど、今はもう恐れ多いので『課長』としか言わないようにしてます(笑)。でもVRの世界はまだはじまったばかりなので、巨匠みたいな映像クリエイターが参入してきていない。そこは開拓のしがいがありますよね。まだ『こういうことができる』『ああいうこともできる』と可能性を試しているフェーズですが、ユーザーも目が肥えてくると作品として求められるクオリティーはあがっていくでしょうし。
生の臨場感を超える何かをVRで表現しないと
ー意地悪な質問かもしれませんが、これだけVRを通じて「ナマの体験に近づく、あるいはナマの体験を超える」ようなコンテンツができているなかで、今後ナマの体験の価値は下がっていくと思いますか?
渡邊:そんなことはないと思います。VRを作っていてもやっぱりナマって強いなって思います(笑)。だからVRでは現実には起こりえないような体験を拡張させていけばいいと思うんです。現実に追随することではなくって、それを超えるなにかを体験できるようなコンテンツをVRで作らない限り、本当の意味でVRが流行することはないかなって思っています。
越後:ふたつ考えがあって、ひとつは徹さんが言ったことの通りだと思います。もう一方で、ナマかVRかみたいに二項対立で未来予測をしても仕方がないなとも思っているんです。これだけWebの世界にコンテンツ量が増えてきていて、格好いいものもたくさんあれば、格好よくないものもたくさん出てきてる。玉石混交ですが、僕はVRが面白いと思っている人間なので、そのときそのときで面白いと思えるアイデアを実行し続けるしかないかなって思っています。
ーVRコンテンツが増えることで、現実との境目がなくなっていくというディストピア的な発想はなく、VRで現実が拡張していくことを希望として捉えているんですね。
越後:そうですね。当然、法の整備などで整えていかないといけないところはたくさんあるでしょうけれど。VRは、ダムとか高速道路みたいな社会的インフラになってしかるべきものだなと思っています。今のところまだまだ小さな規模の目線でしか語られていないので、一家に一台VR映像を視聴できる機材が置かれるような産業になるまでやっぱり『これもできる』『こんな体験も味わえるよ』というのを撮り続けていくしかないかなって思いますね。
渡邊:話はちょっとずれてしまうかもしれないのですが、8月に子供が生まれるんですよ。なので、子供をVRで撮り続けていきたいなって思っていますね。ホームビデオカメラでお父さんが子供を撮っていたように全天球でアーカイヴしていったら、5年後とかに見返したとき、あるいは発表したときにどういう風に感じられるかにすごく興味がありますね。子供の写真を撮っているお父さんの姿って、写真には映らないじゃないですか。でも全天球写真だったら映る。VRで自分と子供を記録した一番最初の世代になれるわけです。
越後:セルフィーが流行したのもそれだと思うんですよ。撮影する人も映れるってすごく素晴らしいじゃないですか。時間や空間を超えられるようなもの、現実で起きたことを追体験できるものを作っていかないといけないなって思うんですよね。
ーなるほど。最後に『渡邊課』として実現させていきたいこと、伝えたいことがあれば教えてください。
越後:ここまで語っておいてなんですが、極端な話、VRをいつ辞めたっていいって思っているんです。でも今現在、依頼主、そしてその向こうにいるユーザーとコミュニケーションを取る上で僕たちが最適な提案ができるのがVRなんですよ。だから、『いつだってVR以外のコミュニケーションもできる』と考えているところが『渡邊課』の強みかなって思っています。
渡邊:そうだね。VRはあくまで面白いコンテンツを生み出す『手段』でしかないかなって思っていますね。全力で面白がっていけたらいいなって思います。
純粋な好奇心を前に走らせ、まだ見たことのない世界を追いかける『渡邊課』。
VRで体験できる世界を少年のように目を輝かせて語る2人の姿を見ていると、そう遠くない未来にVRがインフラ化している未来が見えてきそうだ。やがて時代が追いついたとき、彼らはきっとまた次の何かを見ている気がしてならなかった。今回の記事の感想や渡邊課に問い合わせたいことがある場合は、こちら(watanabe-ka@concentinc.jp)から相談できるみたいなので、送ってみてはどうだろう?
photography:Ryo Hanabusa / 花房 遼
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