これはたこ焼きじゃない、料理だ! 池尻のたこ焼きバル「IKEBO」

池尻大橋に引っ越して半年になる。池尻は田園都市線で渋谷の次の駅で、急行が止まらない。

地方から上京してきた自分にとって、池尻は渋谷のすぐそばにあるのになんだか東京っぽくない、変な街だ。デートで使うようなビストロがあったかと思えば、壁にステッカーを貼りまくってるタトゥーの店もある。住宅街にいきなりあるスタバには、MacBookを開いて仕事(らしきこと)をするクリエイター風の男と、コーヒー1杯で何時間も世間話をする近所のおばちゃんたち(だいぶ年上)が相席してる。

私の思う「東京っぽい街」は、恵比寿や代官山みたいな、そこにいる人もモノも「もう出来上がった街」のイメージだったけど、池尻はなんだか違う匂いのする、そんな街だと思う。どんな匂いなんだよって言われてもうまく言えないんだけど、そんな感じ。


そんな池尻の私のマンションの近所に、ずっと気になってるたこ焼き屋があった。

深夜のスーパーにチューハイを買いに行く途中に見つけたそのたこ焼き屋は24時を回っても明かりがついていて、何とも言えない香ばしい匂いと、なにやら楽しそうな話し声を発していた。

ちょっと覗くと店の中でお酒が飲めるようになってるのがわかった。酒が飲めるたこ焼き屋なんて変わってる。中で盛り上がってるのは常連っぽい業界人風の男女が何人か。いきなり入るのは気が引けたので、その日はそのまま家に帰った。


その何か月かあと、編集部の人から「池尻になんかいい感じの店ない?」って聞かれて、すぐにあの匂いと話し声が思い浮かんだ。


取材の日、店にいくと店主のJohnさんはすでにほろ酔いだった。

「あんたもなんか飲まないの? 俺なんか客が誰もいなくても1人で飲んじゃうけど」

腕時計に目をやると定時を過ぎていたので、緑ハイをもらうことにした。たこ焼きに合う酒がなんなのか分からなかったからだ。


たこ焼きを焼いてもらってる間に話をはじめる。

Johnさんは渋谷生まれ渋谷育ちの44歳。好きなことは食べることと旅すること。

「33 のとき、仲間とシルバーに塗装したバスに機材積んで、公園とかビーチでイベントして日本中回った。もっと若いころは暇さえあれば2、3か月海外行ってたな。ヨーロッパもアジアもいろいろ回ったけど、名所はほとんど見てない。着いたらすぐ現地の飯食って、パーティー行っちゃうからさ」

店の中を見ると、でかいバスの前に立つ若者たちの写真があった。そう言われてみると、この店はたこ焼き屋なのにどこの国のものでもないような独特の雰囲気がある。Johnさんがいろんな場所を回って連れてきた空気が流れているんだと思った。

「いろいろ回っていろいろ食べて、なんでたこ焼きなんですか?」

「それ、ちゃんと理由あったほうがいい?」

“ちゃんとした理由”がなかったらそれっぽい記事にならなくて困るな、って一瞬思ったけど、Johnさんのありのままの話を聞いてみたくなったので、そのまま話してもらった。

「イベントやるときもバスでもずっと料理担当で、いろんな場所で料理作って出して、自分も食べて、ってやってたんだよね。で、そろそろちょっと落ち着くかってときにとりあえずケータリングの会社始めたけど、そのうちみんな同じようなことやり始めたからつまんねーなって。で面白いことしたいと思ったときに、知り合いの編集者・クリエイター・DJの野村訓市さん(http://tripsters.net/)が世田谷のたこ焼き屋「たこ坊」に連れてってくれたんだ。

俺はたこ焼きなんて興味なかったし、そのとき二日酔いだったから正直行きたくなかったんだけど(笑)

でもそこの塩コショウのたこ焼きがほんとに美味くて。東京の人間だからたこ焼きなんて祭りのときしか食べないじゃん?でもそこのはマジで美味かった。そこに2週間くらい通って、『1日何個売れんのかな』ってずっと観察してた。おやっさんに『作り方教えてくれ』って言ったら最初は断られたんだけど、営業妨害スレスレのところまで居座ったらとうとうおやっさんも折れて、修行が始まったんだ。最初は屋台で店出してたんだけど、その屋台そのまま今の店の入り口に使ってて、店の前に車輪ついてるのはその名残」

十分ちゃんとした理由が聞けてよかった。店の前についてる車輪は飾りなのかと思っていたけど、まさか屋台をそのままはめ込んじゃったなんて驚きだ。まるで、日本や世界を回ってきたJohnさんが紆余曲折を経て池尻という街に落ち着いた、その過程をそのまま表してるみたいだ。とはいえ、車輪はまた動き出すのかもしれないが。


「池尻で店をやってて、この街をどう思いますか?」

「渋谷から一駅の街は中目黒とか恵比寿とか代官山とかあるけど、その中でこんなにゲトーな街ないよね。きれいにまとまってない。そこが気に入ってるよ。いるのはほとんど地元民だけど、若いのもいれば子供がちょろちょろしてたり。俺はここから“裏三宿”ってカルチャーを作って行きたいと思ってる」

裏三宿って言葉はこの街に似合うな、とすぐに思った。世田谷区と目黒区と渋谷区の3つの交差点になってるこの街につけるのにちょうどいい呼び名だ。と同時に、もしその言葉が祭り上げられてしまって、「中目黒」「代官山」と並べられるようになってしまったら少し嫌だなとも思った。

そんな話をしていたらいよいよたこ焼きが出てきた。すごくお腹が空いていたしずっと香ばしい匂いを吸い続けていたから当然だ。「おすすめをお願いします」って言って出てきたのは「塩胡椒レモン」と「ペペロンチーノ」のたこ焼きだった。

一口食べて、一杯目にビールを選ばなかったことを後悔した。塩胡椒レモンもペペロンチーノも、ほどよい塩気がビールの当てに最高だ。

「大阪のたこ焼きはカリトロって感じだけど、うちのはグラタンみたいなもちトロって感じ。言うなれば東京風なのかな」

なるほど、たしかに「大阪の美味しいたこ焼き」は外がカリッとしていて中がトロトロなのが多いけど、IKEBOのはそれとは全然違う。たこ焼きの本場は大阪以外は無いもんだと思ってたけど、「東京のたこ焼き」っていうジャンルがあってもいいはずだ。

「たこ焼きはタコスとかケバブとかと同じで、庶民が小腹減ったときに食べるものだと思う。でも東京にはたこ焼きでそういうカルチャーって根付いてないんだよね。若いスケーターの子達とかがピザ屋に溜まってるの見てると、『お前ら日本人だろ!こんなかっこいいたこ焼き屋があんだからここに溜まれよ!』って思う(笑)。俺は『これはたこ焼きじゃない、料理だ』って思ってやってるよ。そのへん歩いてた子供に『じゃあ何料理なの』って聞かれたけど。『ロシア料理だよ!』って答えといたよ」


Johnさんの人柄と話ぶりにお酒がすすむ。開けっぱなしになってる店の入り口から、夏になる前の夜の空気が流れ込んでくる。いい夜だな、と思った。

「店の内装もなんか好きにやりすぎて自分の家みたいになっちゃった。だから、お客さんも飲んでも飲まなくてもずっとだべってる、みたいな雰囲気だね」

「たしかになんかアメリカ好きの男子の部屋で飲んでるみたいですね」

「俺らの世代ってどうしてもアメリカなんだよ。今思うとなんかダサいけど、とにかくむやみにアメリカに憧れてた。店はじめるときも、ただたこ焼き屋やるんじゃなくて、もっとエッジのきいたことやりてえなって思って。気がついたら店になってた。」

店の中を見回すと、たしかに面白いものがたくさん置いてある。その一つ一つにはそれぞれアメリカのビート文学、ジャズ、ロックといったJohnさんが影響を受けた1950~1970年代のアメリカン・カルチャーの背景があって、その話を聞くのも楽しい。

たとえば入ってすぐ目に入る、トランペットもボーカルも多くのミュージシャンに多大な影響を与えたジャズマン“チェット・ベイカー”のポスターは、ファッション広告の常識を変えた写真家“ブルース・ウェーバー”の撮影による作品。分かる人なら思わず興奮してしまうような一枚だ。店の看板も人気スタイリストとして活躍するホンマリョウジさんが取り組んだ最初のサインペイントなんだそうだ。他にも仲間が作ってくれたものや海外で出会ったものなど、いたるところに“いわくつき”のものが溢れてる。(店を訪れてJohnさんに聞けば、その“いわく”のさらにすごい裏話まで聞ける)。


そこに常連客が入ってきた。スタイリストの彼は週4でここに通ってるというレギュラーメンバーだ。

「ここで出会ったやつと一緒にZINE(手作りの雑誌)作ったとき、Johnさんに旅について書いてもらったこともあるよ。ここで出会った常連の人と仕事することが半分くらいかも。半分遊び半分仕事みたいな」

このどこの国でもない多国籍な雰囲気の場所で、人が出会って新しいものが生まれる。そんなたこ焼き屋ってたぶん世界でここだけだ。

常連はJohnさんの仲間内の業界人が多いけど、中には若い女の子とか近所の老夫婦とかもいて、地元民にも愛されてるのがわかる。


Johnさんは言った。

「今の若い子は酒飲まないタバコ吸わないSEXしない、なにやってんの?って思っちゃうね。若い女の子がAC/DCのTシャツ着てても意味わかってないとか。『お前馬鹿じゃねえの?w』って」

ちょっと前に古着屋で買ったKISSのTシャツを着ていたら40代のおじさんに「お、若いのに分かってんな」って言われて気まずくなった経験がある私には耳に痛い話だ。

でも、Johnさんはこうも言った。

「一見さんが来ても、みんなすぐココの奴らと仲良くなるよ。もっと若い奴も来たらいいと思う」

ここにたこ焼きを食べに通ったら自分の世界がもっと広がる気がする。美味い食べ物をフックにカルチャーを知れる店って最高だ。

うまく言えない池尻の匂いが、いちばん感じ取れるのはもしかしたらこの店かもしれない、なんてことを思った。


photographer : 井上 圭佑 / Keisuke Inoue


■タコバルIKEBO(池坊)

東京都世田谷区池尻3-18-1

03-5432-9810

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