「どうも〜! 暑いっすね〜!」
夜風が気持ちいい季節になってきたので入り口のドアが開けてあった。
空気圧の低い自転車をかっ飛ばしてきたので非常に喉が渇いた。喉が水ではない、あの飲み物を欲している! 「そう……ここは飲み屋なんだ……選択肢はない。」と都合の良い自己暗示をかけ、カウンター内に居るスタッフのALISAに、テカテとブリトーをオーダーした。
BAJAの看板娘でもあるALISAはミュージシャンとしての顔も持つ。最近新しい音源もリリースしたとのこと。店頭でも購入できる。
「これから朝5時まで営業だと思うとビビるね〜! 海上がりは特に酒にやられちゃうんですよ〜」と店長の伊藤 将さん(通称ヒトシ / ヒトポン / ヒトっちゃん)。どうやら今日は昔からの趣味でもあるサーフィンで海に入ってたらしい。
時計の針はまだ9時を過ぎたところだった。取材だということでいつもより早めにお店に来てくれた。ありがたい。
ボリューミーなブリトーを注文しがちだが、タコス屋なだけあって、これがまた美味なのだ。この味は言葉よりも自分の舌で確かめてほしい。
テカテとはバハ・カリフォルニア州・テカテ市発祥のメキシコNo.1の人気を誇るビールで、瓶の口に塩を付けてライムと一緒に頂くソルティードッグスタイルだ。むしろ“塩とライム”ありきの飲み物ではないかとも感じるくらいのベストマッチっぷり。コロナやソルといったメキシコのビールは、アルコール感がそこまで前面に出てこない軽くて飲みやすいビールが多い。
ブリトーを頬張りながら話を始める。
「始めてどのくらい経つんですか?」
「ん〜12、3年くらいですかね。10周年の時も僕が忘れてて、みんなに周年パーティーやってよって言われても『あれ?9周年じゃなかったかな?』なんて具合であまりハッキリとは覚えていません(笑)」
そんなユルい雰囲気が心地よかったりもする。
「もともとは由比ヶ浜にあるシードレスバーっていうレストランバーが母体で、2号店が厚木ベースの前にあるプールとかダーツ、フーズボールなんかがあるTHE・アメリカンバースタイルの店を展開していたんですよね。僕は昔シードレスバーでバイトしていたんですけど、一度辞めてサラリーマンをやってるときに久々にシードレスバーに遊びに行ったら『タコス屋やるんだよね〜』ってオーナーが話し始めたので、『お、それ手伝います!』って即答しました」
「もともと、自分でお金を貯めてやろうと思っていたことだったんですよ。それで当時勤めていた会社に『僕のやりたいことはココではなくてタコス屋です』って上司に伝えてから1週間でバックレに近い感じで辞めました。でも上司が結構理解のある人で、『普通ならありえないけどお前が言うなら頑張れ!』って応援してくれましたね」
「辞めてからしばらくは家が決まらなくて、シードレスバーの駐車場で店長の車(エスティマ)の中で寝泊まり。ジリジリと太陽に照らされた車中で『あっちぃー!』って朝起きて仕事に行くっていうっていう生活を1ヶ月間くらいしてました(笑)」
オーナーとの関係は、ヒトシさんが田舎から出てきた大学1年のハナタレ小僧のときからの付き合いらしく、立ち上げから手伝ったのもあってか、大して儲からないし売ってやるよという感じで、この場所をヒトシさんに譲ったのだとか。
「東京に来たらサーフィンがしたかったので、海の近くの関東学院大学を選んだんです。それで、大学から近くのサーフショップに通い始めてから暇だと思われたんでしょうね。うちでバイトしない? って誘ってもらったのが2階にあったシードレスバーでした。田舎者の僕の眼にはカリフォルニアスタイルのレストランバーなんてめちゃくちゃお洒落だし、タコスって何だ? みたいな(笑)」
「従業員よりも働いちゃってたので、たまにはご褒美ってことでカリフォルニアに連れて行ってもらって、そこでアメリカに魅せられちゃいました。アメリカ=ハンバーガーとかステーキっていうイメージだったんですけど、カリフォルニアに行ったらタコス屋の方が多いんですよ。『サーフィンしながらタコス屋やったら面白いじゃん! 日本でもいけるっしょ!』って単純な考え方でしたね」
そんな話を聞きながら、ふと店内の壁や天井に至るまで貼られたステッカーに目を向けると、『あっ、アイツも来たんだ!』とか、『あの人もココにいたんだな〜』なんてストリートカルチャーな面からも楽しめたりする。それが話題のタネになったりするから更に面白い。
このヴィレバンっぽい雰囲気が漂う棚に置いてある物はヒトシさんの私物やお客さんが置いていった物で、賑やかな雰囲気を漂わせている。こんな小さなスペースだが、この店を表現していくうえで欠かせない要素のひとつな気もする。
「そういえば、酒を出す店とハプニングって大体セットじゃないですか。面白いエピソードがあれば教えてもらえませんか?」
「前は若さというかパワーが有り余ってる世間知らずだったんで、道路を挟んだ向かいの工事中のフェンスにプロジェクターでVJを投影して四つ打ちを流してたら殺さんばかりの勢いで苦情がきましたね(笑)。四つ打ちのドンドンって音が太鼓に聞こえたらしく、大家さんからも夜中に太鼓は叩かないでって言われたり(笑)。あとはピスト乗りが結構集まっていましたね。ピスト世界大会をやったときに60〜100人くらい集結したんですけど、当然店内には収まりきらないので前の道路に皆座っていて、夜中の3時くらいからスキッド大会が始まって盛り上がっちゃって。柄が悪そうに見えたのか逆に苦情はこなかったですね(笑)」
そんな破天荒な時代も経て、当時のやんちゃ仲間もいい歳になり、今ではヒトシさんが抑える側の立場になっているようだ。
カウンターテーブルの下に設置されたスケートボードのトラックとウィール、前回来たときはトラック部分のみだったが、いつの間にかSNAKE'S PORNO WHEELのウィールが装着されていた。
BAJAに集まる人々は、デザイナーやアーティスト、アパレル関係、スケーター、雑誌の編集者、横乗り系のカルチャー等の業界人といったクリエイティヴな業種の人が多い。そっち方面に興が乗るのであればトークも自然とヒートアップすること間違いなし。
そんな昔話を聞かせてもらっていると、友達がフラっとやってきたのでBAJAの魅力を語ってもらうことに。
「一番大好きで来やすいバー。なんてったってBAJAに来たら絶対だれかに会えるからね。東京に遊びに来る友達がいたら友達を紹介できる場所かな。」
良い答えだ。ここに集まる人たちはとても仲が良くて、店内はアットホームな雰囲気に包まれている。初対面であろうが知り合いがまったく居なかろうが、すぐ友達ができてしまう。決して広いとは言えない空間が人と人の距離を縮め、自然と会話が生まれて新たにネットワークが構築される。なんとも不思議な空間なのだ。
変な話、1人で来てシッポリと飲みたいと思っていても、そうはいかないのであしからず。
0コメント