中目黒のヒップな餃子屋「OHKA THE BESTDAYS」

いつだってストリートカルチャーのヒーローは、自分のたったひとつの才能を武器にサクセスロードを駆け抜けていく。Z-BOYSだってバンクシーだってそう。じゃあ自分の武器ってなんだろう?

唯一のルールは自分の気持ちとルーツに嘘をつかないこと。そして仲間を大事にすること。きっとそれはなんでもいい。そう、それは餃子だっていいはずだよね?


今回取材に訪れたのは中目黒と池尻大橋の中間あたりの東山と呼ばれるエリアに新しくオープンした餃子屋「OHKA THE BESTDAYS」。お店の名前で多少伝わったかもしれないけど、普通の餃子屋じゃない。


店主の板橋竜馬(いたばしりゅうま)さんはよく喋る古着屋のオーナーみたいな雰囲気。

昔、怖い先輩たちのグループの中に、決まって一人だけすげー話しやすい先輩がいたりしたけど、そんな感じの人。


「定番の餃子と、もう一品。おすすめのものをもらえますか? あと、クラフトビールも」


撮影用に料理を注文すると、餃子を揚げる油の匂いが店内に広がる。お店の雰囲気とは違い、この匂いだけは、昔ながらの中華屋のそれとまったく同じだ。


竜馬さんの生家は、北区・十条の老舗の中華料理店「王華」。高校を卒業してすぐに、家業を手伝いはじめた。


「勉強してなくて、ぎりぎりで高校卒業したから、進学も就職活動もする余裕なくて。それでとりあえずアルバイト感覚で、実家でも手伝うかなって」


同じ時期に当時ブームだったスノーボードにはまったという竜馬さん。スノーボードから入ってファッションや音楽にも興味が湧いてくる。とにかくかっこいいことがしたくなる。20代の前半っていうのはそういう時期だよね。


「23歳ぐらいのときに、親とケンカしたのもあって家を飛び出した。スノーボードがやりたいっていう気持ちも強くて、たまたま見つけたBURTONの求人に応募して働き始めました。それからは、そこで見つけた仲間と雪山にこもったり、別のスノーボードショップで店長やったり。転々とした後にまた30歳ぐらいでまた家業に戻った。でもその時はまだまだ甘い気持ちでやってたかな」


BURTON時代に知りあった仲間にはアーティストやDJ、スケーターなど、面白いことをやっているやつらが多く、そんな仲間と中目黒や恵比寿で毎週末飲み歩いているうちにいつのまにかコミュニティができあがってた。


30歳で家業に戻ることになった竜馬さんは、本当にこのまま十条の家業を継ぐのか。両親のようにお店を切り盛りしていくことができるのか。葛藤をしながらも、20代のときにできた仲間と変わらず飲み歩いてたらしい。


そんな竜馬さんの転機になったのは、やっぱり仲間だった。


「中目黒にHATOS BARっていうクラフトビールと本場のバーベキューを出すお店があるんですけど、オーナーが昔からの友だちでよく通ってたんです。そこで『ウチのクラフトビールと竜馬くんのところの餃子でパーティやろうよ』って誘われて」


昔なじみの仲間からの何気ない誘いで「餃子NIGHT」という名前でイベントを開く。そしてこれが大盛況。100人前用意した餃子は完売し、集まった客は店に入りきらず、近隣から苦情がくるほどだったらしい。



「それまで自分にとって餃子は家業だし身近すぎる存在だったんだよね。なんとなくこのままだと家業継ぐのかなって。でもその日、集まった人がおいしいって言ってくれるのを聞いて、なにかひらめいた。もしかしたらこの界隈で自分なりの面白い店ができるんじゃないかって」


家業だった餃子が自分の武器になった瞬間。評判になった「餃子NIGHT」は他の店からも声がかかるようになり、竜馬さんは「餃子の人」として、界隈で名が売れていく。


アートギャラリーで開催したときには壁画をバックに餃子を焼いていたんだとか。ちなみにお店を2人で切り盛りしている良妻のマミさんもその「餃子NIGHT」が出会いのきっかけ。



そして「OHKA THE BESTDAYS」の定番メニュー、手作り餃子がテーブルに置かれる。家業から受け継いだというその餃子は、カリっとした皮とニンニクの効いた餡が絶妙にウマい。


「塩とコショウで食べるのをおすすめしてます。実家で働いていたときはいつも厨房で塩コショウで食べてたんだけど、それをイベントで出したら評判良くて」


確かに。おすすめの塩とコショウで食べると、餃子の油っこさを良い具合にさっぱりと消してくれる。


次にさっきの正統派の餃子から一転。餃子の上にチーズ、サルサ、パクチー、山盛りのポテトフライが添えられたエスニックな異国情緒溢れるプレート。少し濃い目の味付けにクラフトビールがすすむ。


メキシカンと中華を合体させたようなジャンク感は、さっきのシンプルな餃子よりお店のキャラクターに合っているような気もする。


改めてお店を見渡すと、大量のストリートアートで埋め尽くされた店内。オリジナルのパイントグラスやお店の中心に飾ってあるアートはいずれもBURTON時代から15年来の仲間、レイジロウさんが描いたもの。バイトの休憩中によく竜馬さんの似顔絵を走り書きしてプレゼントしてくれていたらしい。そんな彼もいまでは名の知れたアーティスト。


結婚式のときにレイジロウさんが引き出物に描いてくれた屋台のイラストと「BESTDAYS」の文字が今のお店のベースになっている。


「彼がマグカップにこの絵を描いてくれたとき、絶対にこの絵を使ってお店をやりたいって思ったし、BESTDAYSって言葉は絶対に使いたいと思った。


実際に看板にはこのイラストを使っているし、テラスのストライプ柄のテントもこのイラストがモチーフになっている。彼の影響はこのお店にとって本当にでかいです」


取材をはじめる前、竜馬さんは「そんなに大したこと考えてないですよ」としきりに言っていた。ぶっちゃけそうなんだと思う。ただお店を始めてみて、わかったこともある。


「家業を手伝っていた頃は気づけなかったけど、自分でお店を開いてみて、あらためて45年間お店を続けている両親のすごさがわかりました。両親から受け継いだ十条・王華の餃子をもっともっと色々な所へ広めていきたい」


もしこの店をトレンドスポット・中目黒にできた横文字のおしゃれ風餃子屋なんて思う人がいたとしたら(取材にいくまでちょっとだけそうかなと思ってた)、それは間違い。


お店に置かれたたくさんのクッションもアートも、90年代のヴィンテージスノーボードも、協力してくれる仲間も、もちろん餃子も。20代の頃から今まで自然と竜馬さんの周りにあったもので、そこに狙いとかない。


ちょっと餃子屋に必要ないんじゃない?ってぐらいアートとかコレクションでごちゃごちゃしてるし、竜馬さんは酔っ払って話し出すとうるさいぐらい止まらないらしいけど。そういうところも、中目黒版王華のアジなんじゃないかな? 


少なくとも餃子とクラフトビールは最高だったよ!


photographer : 湯浅 亨 / TORU YUASA

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