ファッションを通じて人と人を繋げる。東京アイコンTEPPEIが選んだスタイリスト人生

NEWTHINK inc.

NEWTHINKは 0→1(PLANNING/DIRECTION) 1→∞(PR/BRANDING) を創る会社です。

誰々を師匠に持ちます……日本のファッション業界で良く耳にする言葉。

アシスタント時代を経て、プロのスタイリストやヘアメイクアーティストになっていく人たちが多い中で、TEPPEIさんは自分で見つけた独自の手法で、スタイリストになる道を切り拓いてきた。


初めて彼に出会ったときのことは、強烈に覚えている。フワっとつかみ所のない雰囲気を持ちながら、どこかピリッとエッジ感の効いた独特なオーラを放ち、人を引き寄せる力は今も変わらずだ。ストリートスナップ界を一世風靡し、俳優業も経験し、スタイリストになるためにさまざまな経験を積んできたTEPPEIさんは、どんな道を歩んで今に至るのか。ストーリーを聞いてみた。




スタイリストと聞いた瞬間の
今までにないゾクッとした感覚


国内外から絶大な人気を誇るTEPPEIさんだが、服に興味を持ったのはいつからなのだろうか? まずは子供の頃の話しから聞いてみることにした。


「中学生時代の頃から今思えば突出した大の洋服好きだったので、とにかく服に関しては周りの誰にも負けたくないという思いがありました。最初の衝動としては、異性からモテたいとか、男性からも慕われたいとか、そんなことからだったと思うのですが、当時シーンを席巻していたAIR MAX’95やRED WINGなどを中心とした90年代のカルチャーに小学5年生の頃からすでに影響を受け始め、確か運動会のときにAIR MAX’95の赤グラデで走ったんですよ(笑)。故郷の滋賀県にある洋服屋の店員さんが赤グラデを履いていて、『それ売って下さい』って何度も通いつめて頼み込みました。結局、お年玉ありったけを注ぎ込んで2万5千円で譲ってもらったのを覚えています。中学に進むと、服に対する情熱はますます高まっていき、〈20471120〉〈beauty:beast〉〈マサキマツシマ〉など、いわゆる90's東京モードブランドに没入していきました」


高校は県内随一の進学校に入学、周囲は大学受験のために精を出す人たちばかりの環境で、TEPPEIさんはファッションの道へ進むことを考えたそうだ。小学校4年の頃から塾へ通い勉学に勤しんできた彼が、自分の進路を真面目に考え出したのは、高校に入ってからすぐのことだった。


「高校入学直後の模試で進路希望を京都大学や神戸大学の経済学部や経営学部で出していたんですけど、その学部に入って一体自分は何をしたいのだろうと考え始めていたんです。ふと大学進学後のことをイメージし、将来やりたいことを自分自身に問いただし、学歴のアドバンテージをフラットにして自分の夢について考えてみた時に『どう考えても服の道しかない!』と確信しちゃったんです。その後、ショップスタッフ・デザイナー・プレス・マーチャンダイザーなど洋服関係の職種を片っぱしからリサーチしましたが何故かピンとこなくて。どうしようかと悩んでいたのですが、そんなある日、行きつけのショップの販売員さんで『スタイリストになったらどう?』と言ってくれた方がいて。“スタイリスト”と聞いた瞬間今まで感じたことのないゾクッとする感覚があったんです。そこから決断してからは行動が早くて、高2の夏に、東京にある専門学校のスタイリスト学部の体験入学に参加して、入学を即決。高校卒業後に上京し、専門学生としての生活をスタートしました」


専門学生時代は皆勤賞。名物スパルタ講師も認める、優秀な成績で学校を卒業した後、原宿にある古着屋「Dog」で働くようになる。そして気付けば、「TUNE」をはじめとしたストリートスナップ誌の顔として全国に知られていく。


「スタイリスト科にすでに『Dog』に入社が内定していた同期の友人がいたんです。その子が、お店がまだスタッフ募集をしていたこともあって、当時まだ進路が決まっていない僕に声を掛けてくれたんです。とはいえスタイリストになるための進路に悩んでいた頃なので、お店のオーナーである海さんにその状況を相談させて頂いたところ、それであればお店の服を使って作品撮りをしながら働いてくれたら良いよ、と最高の提案をして下さってすぐに入社の決意をしました。

今振り返っても『Dog』に入ったのはターニングポイントですね。2004年、ちょうど原宿を中心に空前の古着ブームが巻き起こった頃。90年代から原宿のストリートカルチャーを発信し続けていた雑誌『FRUIT』の男性版『TUNE』が創刊を迎えたのもこの時期でした。入社2日目の休憩時間、昼食を買いに行こうと信号待ちをしていた時に初めてその『TUNE』に声を掛けて頂いた気がします。それ以来、頻繁にスナップして頂けるようになっていったんですけど、でも、自分が1番イケてるとかそういう意識はなく、ただ原宿で働きその街に息づく1人として、あくまでナチュラルに服と関わっているだけという感覚でした。しかし突然ですが、この時期以降、自分にとっての洋服がコンプレックスと切っても切れない関係性になってしまいました。単純に洋服を着ているだけではなく、コンプレックスが裏に潜んでくるんです」


TEPPEIさんにコンプレックス!?と耳を疑いたくなる発言に、思わず驚く。こちらから見れば完璧に見えていたのだけど、一体それはどんなコンプレックスだったのだろうか?


「無性な初期衝動から始まった意識なのに、造詣を深めて着飾るほど、こだわって個性的に成れば成るほど、自分が思っている理想の価値観が世の中からは隔離されたモノになっていってしまうというか、マイノリティな存在/扱いになってしまっているのが身に沁みてわかったんです。大多数の方々が良しとしている価値観と自分自身の価値観がフィットしていない中で、きっと自分は受け入れ難い人間なんじゃないかというコンプレックスを感じ始めたということです。更にはスナップ誌上でよりフォーカスが強まることによって、読者の人たちから強く注目されることが悦びではなく、孤独という感覚に傾倒していきました。

そんな最中、それでも自分がすがる対象は洋服しかなく、鎧を身につけるかの如く、ただただ着飾り続け、ただただ洋服と向き合うという毎日を送り続けました。のちに代名詞になるTEPPEI=重ね着という基盤ができ始めたのもこのメンタルが確実に影響していると思います。当時は無意識に導かれるように確立したスタイルでしたが、紆余曲折、自分の心情全てを服に投影したからこそ出来上がったモノだと思いますし、そのスタイルを評価してくれた世界的なファッションデザイナー・ジェレミースコットやベルンハルトウィルヘルムなど、メディアの中から自分を見つけ出してくれる人たち、こんな僕に会いにはるばる海外からお店に来てくれるファンの方々などがいてくれたおかげで、いかに自分は洋服に生かされているのか改めて実感できましたし、次第に以前のように純粋に服に打ち込むことが出来るようになっていきました」


今は亡き映画監督との出会い

強くなるスタイリストへの想い


そんな側面を持ちながら、数々のスナップに登場したTEPPEIさんに目を付けたのは、今は亡き映画監督、森田芳光さんだった。そして『間宮兄弟』に俳優として出演し、ひとつの転機が訪れる。


「ストリートスナップがきっかけで映画出演のオファーが届いたんです。森田芳光監督の作品だったんですが、のちに自分が務めることとなる“玉木”という役にはまる俳優さんがいなくて探していたそうなんです。配役が決まらないまま期限が迫ってきていて、衣装決めだけでも先にしないといけない時期になってきた時に、参考資料で見ていた雑誌に僕が載っていたらしく。ストリート編集室を介して僕に連絡が入りました。半信半疑でキャスティング会社へ伺ったら机の上に一冊台本が置いてあって。めくっていくと、錚々たる俳優さん達の名前が書いてあったのですが、ちょうど北川景子さんの隣に空欄があり、『この役をTEPPEIくんにやってもらいたい』と。事の重大さを把握し、あまりのプレッシャーに負けてしまい、その日はお断りをして帰ってきたんです。だけど、家に戻って改めて悩んだ挙句、こんなにも恵まれた有り難い話はもう一生ないだろうと改心して、翌日、出演を受諾するお返事をさせて頂きました。

映画収録に費やした10日間はあっという間。なんとか、無事にクランクアップを迎えることができて、最後の打ち上げの席でのこと、森田監督に『俳優の道に進まないか?』と誘って頂いたのですが、でも断ったんです。共演をさせて頂いた演者の方々が、やはり裏では想像を絶する努力と取り組み方をされており目の当たりにしたので、そんな人たちが息づく世界に簡単に入っていってはダメだと思ったし、いやいや僕には服があるじゃないか、と。これをきっかけにますますスタイリストへの想いが強くなり、ついにデビューを決断しました」


2005年、本格的にスタイリストとしての活動がスタートし、今ではRIP SLYME、星野源、OKAMOTO’S、フジファブリックといったアイコニックな人気アーティストのスタイリングを手掛けているけれど、そういった人たちから求められる秘訣は何なんだろうか? 


「洋服を通して人と向き合うには、まず、その人を知ることだと思っています。スタイリングというのは、僕にとって人との対話であって、究極的には服はフィルターかも知れません。行き着いた境地としてはシンプルで、それほど相手に自分が選んだ服を憑依させてあげないと、その人そのものにならない。特にアーティストさんの場合、着用者にとっては着飾ること以外に優先事項が他にあるはずですし、服はそっと添えられたくらいの方がきっと心地良い。その上で、その方の本質を自信を持って引き出してあげること。寄り添う洋服と人物との距離感がフィットしているか? このポイントを探ることは、僕の最も大切な作業のうちの一つと言えます」


スタイリストという職業像を
あらためて創り上げていきたい


スタイリストとして多くのブランドの服を見てきていると思うけれど、そのシーズンで良いなと思う服は、観た瞬間でわかるそうだ。そしてデザイナーの想いがこもった服のバックグランドを知ることを怠らない。そんな中、TEPPEIさんがここ最近注目しているブランドはどんなブランドなのだろう。


「最近注目しているのが〈TTT〉というブランド。デザイナーのTamashabuくんは若くして独学で服作りをスタートさせていて、彼を勝手ながら昔の自分と重ねながら見させてもらっています。話し始めてすぐに気付いたところが、良い意味でなかなか人を認めないというか、気持ちいいくらい物事に対しての分別がハッキリしているんです。そんな彼ですが、幸い僕には好意的で、初めて展示会へ行かせてもらったときは凄く緊張してくれたらしいです。展示会というのは、1着1着作品を見ながらデザイナーさんが考えていることや想いを読み取る貴重な場所です。Tamashabuくんが『誰もそんな風に服をみる人はいない、エグ過ぎる』ってそのあと話してくれましたが、僕にとっては、作品を通してデザイナーと対話をする作業は必要不可欠 なので(笑)。あと大切にしてるブランドと言えばやはり〈PHINGERIN〉。デザイナーの小林くんとは同世代ということもあり、公私共に一番繋がりがある正に戦友です。東京を代表するブランドになってくれた今だからこそ、東京コレクションデビューをしてそろそろ次へのステップアップをしていってもらいたいですね。あなたが東京を代表してくれないと困るって、本気で思っています。

そして、もう一つ特に思い入れをもって関わっているブランドとして〈PLASTICTOKYO〉があります。デザイナーの今崎くんも、先ほど挙げた小林くんと一緒で同い年の仲間です。数年前にRIP SLYMEのILMARIさんを介して知り合い、同年代ということもありすぐに意気投合、間も無く彼のブランドのシーズンルックを担当させて頂くことになりました。その後、2016年春夏シーズンより東京コレクションのランウェイデビューを果たし、ショースタイリングに関しても継続的に担当させてもらってます。それもあり、昨年10月に〈PLASTICTOKYO〉が毎日ファッション大賞・新人奨励賞を受賞した時は、我が事のように嬉しかったですよ。

自分にとってファッションの仕事は、ミュージシャンとのお仕事や広告のお仕事と同等に重要なもので、むしろ初期衝動をくれた原点回帰的な場所と捉えて考えると、最も神経をすり減らして取り組まなけらばいけない分野かも知れません。スタイリストである以上、当然、ファッションの世界においても評価され続けるキャラクターで在りたいですからね。危機感と使命感をもって、この分野に関してはこれからも取り組んでいきたいです」


PLASTICTOKYO 2017 S/S COLLECTION


Instagramのフォロワー数は約3万。スタイリストとして、また東京を代表するファッションアイコンとして、自ら発信することを恐れず、ファッションの楽しさをさまざまな角度から伝えてくれている。また「PLASTICTOKYO」に代表されるコレクションブランドや、東京を代表するドメスティックブランドからの支持率も高い。そんなTEPPEIさんが描いている未来像はどんなものなのか。最後に、今後はどんなことをしていきたいのか聞いてみた。


「自分が手掛けたスタイリングなどを見てオシャレに興味を持つ人が増えていって欲しい、メンズファッションそもそもがもっと注目されるきっかけとなる人物になれないかなと思い、当初は抵抗すらあったSNSを始めました。かつて自分がスタイリストの世界に思い焦がれた様に、スタイリストの職業像をあらためて創り上げていきたいと思っています。僕が上京してきた2002年より、今、ファッション業界自体を目指す若者は確実に減少していますが、僕の中でファッションが持つ力の偉大さは変わっていません。その力を信じて、そして伝えていきたいです」


人としてもとてつもない魅力を持つTEPPEIさん。ファッションを愛し、スタイリングすることを通じて、これからも東京ファションシーンに衝撃を与え続けてくれるはずだ。


■WEB

http://st-teppei.com/

■Instagram

@stylist_teppei


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Text & Interview : 吉岡加奈 / Kana Yoshioka

Photography : 伊藤元気 / Genki Ito

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