「僕が創るべきものとは」ラッパーSALU、ライヴ密着ドキュメンタリー

ヤバい稼業を歌うわけでもなく、ワルいやつらと友達なわけでもない。

少し探せば身近にいそうなちょっと線の細い若者が、ラップを通じて自分を拡張していく体験。

それがSALUだ。


ラップそのものは日本でもすっかりおなじみだが、ただ単にリズミカルに詞を繰り出すだけのそれと区別するために、わざわざ「日本語ラップ」という固有名詞が必要だったほど、日本のヒップホップは苦しい状況に置かれてきたし、その苦しさゆえの反発が、核になるアーティストやファンのなかにも根強く残っている。

そんななかで、SALUはそういう過去のしがらみを感じさせない珍しいラッパーだ。そもそもSEEDAやBACHLOGICら、「日本語ラップ」の重要人物から異例のサポートを受けて登場したSALUだが、「いわゆるBボーイ」には見えないうえ、歌詞は、ずっと”自分←→世界との関わり”を中心にしてきた。過去の日本語ラップのクリシェーー言葉遊びやパーティミュージック、自分を誇示するボーストにマッチョイズム、非日常を描く犯罪ドラマ、ヒップホップ愛などなどーーを踏まえつつもちょっと距離をおいた、ポップスに通じる共感を呼ぶ歌詞。そこに洒落たビジュアルを共存させる彼は、ラップが日本に溶け込んでいく過程で登場した、来るべきラッパーだったわけだ。


そのSALUは2016年4月、アルバム『Good Morning』をリリースしてライブツアーを行ったが、その東京公演に同行することができた。僕が彼に話を聞くのは2012年のデビュー時以来4年ぶり、当時はなにかギリギリのところでバランスを取ろうとしているように感じたその言葉が、より頼もしく響くようになっている。


この記事では、その東京公演に密着したドキュメンタリームーヴィーとともに、公演の合間に行われたインタビューの様子をお届けする。

「やりたいことを楽しんでやることが

 自分のためにもなるし、

 聴いてくれてる人たちもそれを望んでる」


「聴いてくれる人たちーーいいことにしろ悪いことにしろ意見をくれる人たちの存在のおかげで、『これが自分のやりたいことだ』とか、『これはやっていいんだ』とか、自信になってますね。どれだけその人たちが思ってくれる以上に、期待を越えていけるか。いい意味で期待を裏切れるか。

前は確かにギリギリに行こうとしてました。かまってほしいとか、分かってほしいとか、どれだけつらかったかとか……まだ22~23歳とかだったのでとにかく認められたいという気持ちが強くて。でも今の自分がその頃の曲を聴いても、別に”悪い”とか”ダサい”とか思わないし、それはそれで大好きだし。ただ今の自分がやるべきことって、そういうことじゃないなと。最近までそういう”分かってほしい”っていう気持ちにしがみついてるところがあったんですけど、それじゃいけないな、と思うことがいろいろあって。違うステージも用意してもらえているし」


その言葉通り、インディからToy's Factoryへ移籍、メジャーデビューを経てさらに初めて自身でトータルプロデュース、歌いまくるスタイルでのアルバム『Good Morning』を発表。ライブでもバンドをバックに従えて力強い声を聴かせ、さらにあのSKY-HI(AAA 日高光啓)とのコラボアルバム『Say Hello to My Minions』をリリースするなど、着実にステージを進んでいる。彼のラップする情景の中心は変わってはいないけれど、その見えている景色の幅は着実に広がっている。

「自分はもともと、『こういうことやりたいんですけど』って言ったら、それに合う人を紹介してもらえてやってこれたアーティストなんですけど、(Toy's Factoryに移籍して)社長と話してみたら『面白そうじゃん、電話しよう』って力を貸してくれたりして、『僕自身が自分の敵だったんだな』とか、意外なほどいろんな壁を壊せたりして。せっかくいろいろな人と出会える環境に居させてもらってるので、それに答えたい」


それだけ選択肢が広がっていることを考えれば、彼がなぜ、ラップよりも歌が目立つアルバムを作ったのか、そのツアーでなぜバンドセットを組んだのか。その答えも自然に見えてくる。

「小さい頃から『言いたいこと』はあったんですけど、『こうしたい』『これになりたい』とか、なかったんですよ。でもここ1~2年は自分がやりたいことを心から楽しんでやることが、自分のためにもなるし、それ以上に、聴いてくれてる人、見に来てくれる人たちもそれを望んでいて。人の顔色をうかがったり、”いまイケてること”とかは、どうでもいい……ってワケじゃないんですけど、そこまで気にしない。それよりも自分の直感とか、やりたいことに従う。どれだけそれを恥ずかしがらずに強く打ち出せるか。小さい頃から音楽を聴いてきて、落ち着く音とか、将来こういうアーティストになるにはどんなことをしたらいいのか、とか……自分の中に最初っからある”こういう音楽が好き”っていうのははっきりしてるので、それに近づけるようにしたいんです」

「人との出会いとか、出来事とかと
 自分の心がぶつかったときに聞こえる音」


音楽に限らず、何かを創るときには「だれか」や「何か」からインプットされるものの影響を受けていることが当然だが、SALUの場合、そのアウトプットがずいぶんと彼のカラーに変換されているように感じる。その理由はどこにあるのだろう?


「すべての雑念、雑音とかをシャットアウトしないと、自分の持ってるものとか、自分で見ないようにしている本質とかとは向き合えなくて。実際に向き合ってみたら、実はそこに大したものはなくて。……ってなったときに、外の広い宇宙の、人との出会いとか、話とか、出来事とか……そういうものと自分の心がぶつかったときに聞こえる音みたいなものが、作品にして一番おもしろいと思えるかもしれませんね。

自分の心のなかにあるトラウマとか、闇とか、欲望とか、使命、思想とか。そういうものよりも、それが周りの世界とぶつかったときに……周りの人と共有できるものになったとき。そういう瞬間を形にするっていうのが、楽しい、面白い、僕が創るべきものじゃないかと思います」


2010年末、世界に向かって声をあげだしたSALUは今も挑戦を続けている。2016年、自ら”セルアウト”と言ってのけたほどポップに響かせた『Good Morning』に続いて、SKY-HIとのコラボでは逆にヒップホップのハードな側面、ボースティングを全面に打ち出した『Say Hello to My Minions』を世に出す。中心を外すことなく色を広げていくそのラップを聴くのは、まるで主人公の成長を追うRPGやドラマを見ているような体験だ。

writer, interviewer : 大水次郎 / JIRO OMIZU

photo : Naoyuki Kitanosawa

videographer:Dutch_Tokyo

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