僕らの“奥渋”感をぶっ壊す古本屋「リズム&ブックス」

奥渋谷は焼きたてのバゲットのような街だ。シンプルで、暖かみがあって、洗練されている。

パン屋も、レストランも、居酒屋さんも、内装やメニューはこぢんまりとしているが、ひとつひとつが上質でオーナーのこだわりを感じる。そんなお店が多い。

でも、この街にずっと住んでいると、そんなこざっぱりとした“奥渋感”がつまらなくなってくる。 毎日バゲットでは、物足りないのだ。

そう思いはじめてフラフラと通りを歩いてたところ、意外にも商店街の入り口に僕が感じていた“奥渋感”をぶっ壊すお店があった。

小さなビルの1階にあるその古本屋は、洞窟のようにひっそりと、そしてちょっと怪しい光を放っていた。

「リズム&ブックス」という店名は、リズム&ブルースのもじりだそうだ。

「もともと、本屋らしさがあって何かのダジャレになってる店名にしたいと思っていて。ブルースって黒人奴隷が作った悲哀のある曲のジャンルでしょ? 明るい方がいいからそれを『ブックス』に変えたんです」

うず高く積まれた本に埋もれるように座って、店主の鈴木さんはそうお店の由来を教えてくれた。もの静かな物腰で、時折はにかむように目尻をくしゃっとさせる。

店の名前の由来のとおり、鈴木さんはもともと音楽が好きだった。上京後某放送局の音声スタッフとして働いている時に、宇田川町のレコードショップに通うようになり、自分のお店を持ちたいと思うようになった。その後、開店資金と経験のために書店やレコードショップなどいくつかのキャリアを積んでいたのだそう。

そんな鈴木さんが本の魅力に気づいたのは、広告代理店でデザイナーをしていたころ。資料として本を集めていたのがきっかけだった。そして、同じ本好きの奥さんとの結婚をきっかけに、富ヶ谷に古本屋を開いた。

リズム&ブックスを、どんな本屋か一言で説明するのは難しい。

入り口でまず目に入るのが東欧の絵本、キノコの専門書、オカルト、写真集。さらにぐるりとまわると、昭和の夜の営み指南本の一群と隣り合わせで子ども向けの学習マンガが顔を並べる。本棚から視線を外すと、マッチの空き箱やめんこといった懐かしいアイテムが鎮座するというカオスな空間である。そう、「シンプルで洗練」という“奥渋感”からかけ離れているのだ。

一見すると、バラバラなジャンル、そして「富ヶ谷」というよりは中央線沿線で売っていそうなラインナップかもしれない。

「僕としては『町の本屋さん』としてかたよらずに置いてるつもりなんですけどね(笑)。でもたしかに、下北沢じゃないの?とはよく言われます。富ヶ谷っぽくないねと。まぁ、僕自身もそう思ってるんですけど」

実際、はじめは下北沢でお店を開こうとしていたという。しかしその家賃の高さに断念。切り替えて小田急線沿線で探していたところ、昔の職場近くにあったこの店舗に落ち着いたそうだ。今よりも富ヶ谷、神山町といった「奥渋」が注目される前の、まだ家賃が今ほど高騰していなかったころの話だ。

「はじめて自分の店を持ちたいと思ったころ、富ヶ谷からすぐの代々木上原に住んでいたんです。そこから各地を点々として、結局またこの土地に呼ばれてきたんだなと思いました」

当初の想定とは違うが、親しみがある土地に何の因果か落ち着くことになった。しかし、どこでお店を開こうと鈴木さんが選ぶ本の軸はぶれない。

入り口付近にあるキノコの図鑑や絵本はキノコ好きの奥さんの趣味で、同じキノコ愛好者たちが遠方から訪れるほどの品揃えだ。そして東欧の絵本や昭和時代の古本は鈴木さんの趣味。

「東欧の絵本はチェコやハンガリーから直接買い取ったこともあります。昭和の本は、現代では考えられないようなよく言えばおおらか、悪く言えば狂気すら感じるぶっ飛んだ本が多いんですよ。その自由さが好きです。」

もちろん趣味の本だけでなく、古本屋として培った経験からチョイスした本、買い付けで増えた本もあるが、どれも新旧問わず強烈な個性を持つ本ばかりだ。

「鈴木さんが『これは良い本』と判断する基準ってどこにあるんですか? 」

「個人的にはモノとして持っていたくなる本かなぁ。本を読むことそのものが好きな人に限って言えば、紙の本じゃなくて電子書籍でいいと思うんです。だから、モノとしての本は所有欲をかき立てられるようなデザインや仕掛けがあるものが良いですね」

そう言いながら、鈴木さんがレジの奥からつぎつぎと本を取り出す。

「たとえばこの絵本。子どもむけの絵本にかかれているんだけど、チェコアバンギャルドの流れをくんだ作者が描いてるからちょっと狂った感じがあるんです。なんか意味がわからないけど、持っていたくなるじゃないですか。」

東欧らしい色づかいで描かれた手足の生えたレモンと、何かのロゴマークに顔を変えられた男女のページ。いっさいストーリーはわからないけど、不思議と見つめてしまう。

さらに鈴木さんが取り出したのは1969年の終わりから出版されていた雑誌『週刊アンポ』。開いてみると「いかにして死ぬか」というエッセイや、神保町でのデモのレポートといった記事が並ぶ。しかし、一目で引き込まれるのはビビッドな色づかいの表紙だ。

「どストレートな名前がすごいですが、横尾忠則さん手がけた表紙は今でも新鮮でアーティスティック。たまに『獄中書簡集』みたいな冊子が挟まっていることもあって面白いですよ」

本の魅力は文章だけではない。世の中には装丁や紙の質感、デザインもひっくるめた存在そのものが愛おしい本がここにはある。

ところで、リズム&ブックスはどの本も背表紙を見せてぎゅうぎゅうに本棚に収まっている。

近年人気の、洗練された書籍だけをキュレーションした書店は表紙を全面に押し出してディスプレイしている。リズム&ブックスも、せっかく表紙が魅力的な本が多いのに、と思って聞いてみる。

「開店したてでまだ本が少なかったころは、表紙を見せて並べていたんです。でも、この辺で働いているデザインや映像関連の仕事をしている方が資料探しに来てくれるようになってから、本の量を増やすために背表紙だけ見せるようになりました」

「たしかに、アートやファッションの本だけを選んでキレイに置けば、富ヶ谷ではもっと売れるかもしれません。でも、あらかじめ並べられ、お膳立てされた本の中から選ぶよりも、自分でお気に入りの本を探し当てるほうが僕は楽しいと思うんですよね。探す時間も含めて『お買い物』の楽しみなんじゃないかなって」

そう、リズム&ブックスで背表紙だけさっと眺めるというのは大損だ。背表紙と「目が合った」ら絶対に本棚から出して、表紙を見つめ、中を開いて欲しい。

取材している間にもお客さんが何人か入ってきた。みんな、真剣に背表紙を1つ1つ見つめて、自分が探している本をじっくり選んでいる。ゆっくり目当ての棚の前に立ち、一冊ずつそっと手にとって確かめる。そして目当ての1冊をレジで包んでもらったあとは、大切そうにかばんにしまっていた。みんな「探す楽しみ」を知っている人だった。

人気の本がたくさんある大きな書店もいい。自分の好みにあった本をレコメンドしてくれるAmazonもいい。でも、そこで手に入る本は、言い換えればみんなが読んでる本、いつでもどこでも買える本だ。それだけを読んで人生がおわるなんてつまんないじゃないかな。

そう思ったら、リズム&ブックスに入ってみよう。一生のうち、この日、この時間、この場所でしか出会えない一期一会な本があなたのために待っているはずだから。


photography:Yuri Nanasaki/七咲友梨

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