人工知能と人間の「融合」? 澁谷忠臣の世界観

青山の骨董通りに移転したhpgrp Gallery Tokyoにて、7月30日まで澁谷忠臣の個展「IAI(アイ・エー・アイ)」が開催されていた。


「直線」や「面」を自在に操り、ヒップホップアーティストやスポーツ選手などさまざまな人物を独創的な肖像画で描くスタイルが印象的な澁谷忠臣が、「人工知能」をテーマに未来の世界を描いたというものだ。

ただ、未来の世界とはいっても、それらはSFチックなものというよりも、どこか人情味を感じさせる温かい作品に感じられた。


「漠然とですが、人工知能って『ターミネーター』とか『やりすぎ都市伝説』とかのような、得体の知れない怖いものっていうイメージを持っていたんです。ただ、今回作品を制作する前に東大で人工知能を研究している方たちとお話をさせてもらう機会があったんですが、人工知能は人間が作っているものであって、あくまで人間が主体であり、人間を助けるものだという意見を聞いて、僕はそれに納得しました。最終的には電源を切れば良いんじゃないかという話もあったりして(笑)。そして怖いネガティブな世界観にしたくないと思っていたので、人間と人工知能の“調和”をテーマに、僕が思う未来を表現したいと考えました」

個展のタイトルである「IAI」は、「I(私)」と「AI(人工知能)」を掛け合わせた造語だという。そしてこのタイトルの元となる“調和”や“融合”、それは具体的にどういうことなのだろうか。


「Googleの『Deep Dream』という“人工知能が絵を描く”ウェブサイトがあって話題になっていたんですが、それはウェブサイトに画像をアップロードすると人工知能がそれを認識して、何が見えたかを描くというものなんです。そこに僕が描いた下絵を何枚かアップロードしてみたら、『鳥』がいっぱい出てきたんです。僕はそもそも鳥をイメージして描いていたわけではないんですが、人工知能には鳥に見えたらしく『これは鳥です』って感じで出てきたので、僕の方から鳥に寄せていこうかなと(笑)」

他の作品では、人工知能が現段階では持っていない“内面”を表現した作品など澁谷氏の独自の世界観が炸裂していた。「道徳心」や「倫理」、さらに「宗教」や「信仰」など、人間の価値観を学んでいるというものなのだ。

「ポジティブなことを伝えたいとはあまり言いたくはないんですが、基本的な方向としてはポジティブです。心配になるようなことも多い世の中ですからね。人工知能が怖いのではなく、もしも人工知能が怖いのであれば、それを作っている人間が怖いんだと思うんです。人間は“探究心”や“欲”が強いので、新しいことはどんどん作っていくのですが、その“やり方”というものにもっといろいろな方法があるんじゃないかと思います」


話は変わるが、澁谷氏が昨年、原宿のセレクトショップ「CANNABIS」で展示した個展に「EAT TO LIVE, NOT LIVE TO EAT」というものがあったのだが、このコンセプトはとても面白いと思った。

現代の人間は、採れたものをそのまま食べるのではなく、加工したり特殊な薬品を使ったりという経済活動を行う。「食べる」という本来の目的を果たす前に「経済的かどうか」が重要になり「生きるために食べているのか、食べるために生きているのか」という本末転倒な社会をハンバーガーをモチーフにした作品で展示していたのだ。社会に向けてのメッセージや社会風刺。これらも澁谷氏の作品の裏にあるテーマだといえる。


「僕はやっぱりメッセージ性のあるものを作りたいと常に思っていて、それが具象なのか抽象なのかは別として、メッセージを作品に込めたいという思いがあります。もともとヒップホップが好きでPUBLIC ENEMYとかもそうですが、強いメッセージ性があるものが好きなんです。僕の展示も今後どういう表現になるかはわかりませんが、その時の時事ネタを用いて『僕はこういう風に思いますが、あなたはどうですか?』というような疑問を提示したいと思っています」


澁谷氏は、柔らかい口調でさらに続けてくれた。

「根本的にベースにある部分は“生命”だと思います」


そう言われて、今回の「IAI」を通して、"生命"という言葉が一番しっくりくると思った。

「生きていればいろいろ考えるし、僕にも子供がいるからこれからどうなるのかということも単純に考える。そういうなかで、“自分はこれが良い”ということや、“これはどうなのか?”という疑問を作品のなかに込めていきたいんです。ただ、そこに僕からの一方的な“答え”までは出したくはないのです」


澁谷氏は私が知っているだけでもGIVENCHYやNIKE AIR JORDANなどさまざまなクライアントワークもこなしていて、作品量がかなり多い印象だが、普段の生活はどのような感じなのだろう。


「ずっと描きっぱなしですね。ほぼ毎日描いてます。ただ、描いている最中にまたアイデアが生まれて、もっと作品を作りたくなるんです。やっぱりスピードを早くしたいなと思いますね。そしてクオリティを下げることなく早く終わらせて、次を描きたいです」


そんな澁谷忠臣氏は、現在LAのMeltdown Comicsで開催されているP-FUNKトリビュートアートショー「THE MOTHERSHIP RETURNS」に、ジョージ・クリントンやシェパード・フェアリーらとともに参加しているそうだ。さらに8月11日から14日まではニューヨークのhrgrp Gallery New Yorkでも展示を行うらしい。独自の世界観を持ち世界を股にかけて活躍する澁谷忠臣氏の動向を今後もチェックしたい。

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