ダクトの中。都市を張り巡る秘境。

2人の友人から立て続けに、「面白いから絶対に取材したほうがいいよ」と連絡をもらった。なんでも「空調ダクトの中の写真」を展示しているんだとか。最初は何を言ってるんだと思った。ダクトの写真が面白い訳ないじゃないか。

だってただの銀色の四角い物体にすぎない。


しかし、ウェブで検索して写真を見た。


「なんだこれは」。

なんとも異様なものを見た感覚だ。自分の中のどこかがゾワッとする。


早速、この写真家・木原悠介氏の写真展『DUST FOCUS』が開催されている中目黒のギャラリー「POETIC SCAPE」にコンタクトを取ってみた。水曜と土曜は作家が在廊するのでその時なら大丈夫だと快諾してもらえた。


取材の前におおよその経緯を掴んでおこうと調べてみると、この『DUST FOCUS』という写真展は、新井薬師にある「スタジオ35分」というギャラリーで2014年に開催されたところから始まっていたようだ。そしてそれが写真家・田附 勝氏の目に止まり、写真集『DUST FOCUS』を出版しようという動きになり、その出版に合わせて、アート写真などのジャンルで定評を持つ中目黒のギャラリー「POETIC SCAPE」での個展開催に繋がっていた。


この木原悠介とは何者なのか? 好奇心を掻き立てられながら、待ち合わせをした土曜日の15時、ギャラリーの中に入った。


「あ、こんにちは。木原さんですか?」


「木原です。よろしくお願いします」


顔出しはNGにしたいということで掲載することは出来ないが、いかにもストリートにいそうな、年齢よりも若い印象を与える風貌で、しかし、どこか“凄み”というか物怖じしそうにない気配がある。


「今回は取材を受けてもらってありがとうございます」


「インタビューとか慣れてないですけど、適当に喋ります(笑)」


やはりまずはダクト清掃のことを聞きたい。


「金が無くなったらその日に行けるし、シフトも自由なんで『今日行っていいっすか?』って感じで10数年前からやってますね。今は昼間は印刷屋で働いているんですけど、今年に入ってからも金が無くなると夜も週5でダクト清掃したりとかやってます。人の居ない夜とか日曜日の昼間とかのオフィスビルや施設に入って、空調を切ってダクトの中に入るんですよ。冬は寒いし夏は熱いし、ホコリやら油やら慣れるまでは大変ですよ」

そんな辛い環境の中、なぜ写真を撮ろうと思ったのだろう。


「もともとは会社から支給されたカメラで、『ちゃんと掃除しました』っていう報告のために撮っていたんです。だけど途中からは自分のカメラ、といっても『写ルンです』なんですけど、それを持ち込んで自分用にも撮るようになって。図形中毒というか、なんか見た目の感覚にハマったんですよね。でもこうやって発表しようと思って撮っていたわけでもなく、ただ面白くて10数年撮り続けていたんです」


10数年。長い。逆に続けようと意気込むとなかなか続けるのがしんどくなってくる時間の長さだ。気負いもなく好きで撮っていたからこそ撮り続けられたのだろうか。しかし、そんな“趣味”の写真がなぜ急に陽の目を見ることになったのか。


「新井薬師の『スタジオ35分』によく遊びに行ってたんです。ギャラリーなんですけど、実際は酒飲んで騒いでるだけでしたけどね。それでそこのオーナーと徐々に仲良くなって写真を見せたら『いいじゃん!』ってなって。それで2014年に個展をやることになったんです。それが始まりですね。そしたらオープニングの日に写真家の田附勝さんがフラッと来て、もともと顔見知りではあったんですけど、『お前の写真面白いよ!』って褒められて。それから俺の写真集を出版するためにいろいろと動いてくれて、今回その写真集『DUST FOCUS』の出版と、このPOETIC SCAPEでの展示に繋がったんです。ただ、自分はもともと“発表したい”っていう欲が無いというか欠落してると思っていて。だからもともとそんなに人に見せてなかったし、だから展示したとたん急に “写真家”って言われると変な感じですね。ただのフリーターとか言われるほうがしっくりきます(笑)」


ダクト以外にはどういう写真を撮っているのだろう。


「気ままに『写ルンです』をポケットに忍ばせて飲みに行って、酔っ払って写真を撮るのは好きですね。それを友達に貸して勝手に何枚か撮ってもらったりとか。記憶に無いのとか出てくると楽しいんですよ。酔っ払って、その場にいない人にiPhoneで撮った写真を10何枚とか送って、次の日に『すみません』みたいなこともありますね(笑)。そんな感じで撮ってるから、写真をこうやって発表したけど、何かを言いたいっていうメッセージ性とかはまったく無くて。もしかしたらダクトだけじゃなくて他の作業員が写ってる写真を混ぜたりすれば『労働者のドキュメント』みたいにすることも出来るけど、そういうつもりも無いし。ダクトに関しては本当に『ただの図形』って感じですね」


ただの図形。


確かにそうではあるが、そこに映る世界は、どこか都市と共存する秘境とでもいうか、急に見せられた側からすれば別の意味を持たせたくなってくる。


「バッドトリップなんですよ。見ているとモヤモヤと変な感じがするというか。意図的に、『見たことの無い世界を見せてやろう』っていう気も無い。だから見てる人と俺とのギャップはデカいかもしれない」


今回「POETIC SCAPE」で展示することになった経緯はどうなのか。ギャラリーのディレクターである柿島さんが答えてくれた。


「私がやっているPOETIC SCAPEはいわゆる場所貸しというかレンタルはやっていなくて、自分で本当にやりたいと思った展示しかやらないんです。実際に、持ち込み企画などはほとんど断っていますね。それは田附さんや著名な人が薦めてきたとしても同じで、良くないと思ったらやりません。でも木原さんの展示に関しては、即答で『やりましょう』と言いました。実は私も2014年の『スタジオ35分』での展示の時から木原さんのことは知っていたんですが、ちょうど忙しい時期で見れなかったんです。ただ終わってから行ってみたら一枚だけ残っていて、その写真を見た時に『これは良い』と思っていました」


良いと思ったとしても、1ヶ月以上に渡る写真展を決めるのは簡単では無いはずだ。ギャンブル的な怖さは無かったのだろうか。


「ダクトの写真で展示をやったのは木原さんが世界初だと思うんですが、写真の世界ではこういうタイプの作品も、アート写真のジャンルに当てはめることが出来るんです。なので、そういう意味ではまったくのギャンブルでは無かったですね。さらに、純粋に『面白い』と思ったのと、その次に私自身も『欲しい』と思ったんです。自分が欲しいってことは売れる可能性があるんじゃないかと。その2点が揃うとやろうってなりますね。片方だけだとやらなかったです。作品は実際に好評で、購入したのは女性の方が多かったですね」


女性の家にこのダクトの写真が飾ってあるってどういう気分なんだろう。木原氏に聞いた。


「まあ、良いと思いますけど、奇妙な感じですよね。自分でも気持ち悪いと思いつつも、ぼーっと見ちゃうというか。深く考えながら見てないですけど。なんか図形中毒みたいになって、『この形やべー』ってなるんですよ(笑)」


鍾乳洞というか、風と水で長年削られた岩みたいな世界遺産とか、そういう自然のものにも見えてくる。


「ホコリが自然に晒されて出来たものだから人工的だけど、付着する感じは自然の物理的な連続運動だから一緒かもしれないですね。でもただただ、写真になったときに、奥行きがあるのか、出っ張ってるのかも分からなくなってくる変な視覚が面白いんです」


前代未聞ともいえるこれらのダクト写真は、2016年8月6日まで展示されているので、もし間に合うならぜひ足を運んで見て欲しい。ちなみに、POETIC SCAPEは曜日によって開いてる時間が異なるので、ウェブサイトで事前にチェックをおすすめする。


Photos by (c) KIHARA Yusuke


POETIC SCAPE
東京都目黒区中目黒4-4-10
http://www.poetic-scape.com/

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